6月6日(現地時間)に開催されたWWDC22の基調講演では、iOS、macOSなどと並んでwatchOSの最新版「watchOS 9」のプレビューが紹介されました。新たな文字盤やコンプリケーション、ワークアウトやヘルスケアなどの新機能が挙がりましたが、全体としては現状ある機能が部分的に、あるいは細かく強化されている印象です。そして、watchOS 9に対応するのはApple Watch Series 4以降。長らく廉価モデルの役割を果たしてきたApple Watch Series 3がなくなることは、何を意味するのでしょうか。
watchOSは、そしてApple Watchは何を目指して進化しているのか。これまでの軌跡と現状から考えます。
ミッションから考えるApple Watchの役割
Apple Watchは、いま何を目指して進化しているのでしょうか。基調講演にあわせて掲載されたAppleのプレスリリースには、AppleのCOO、ジェフ・ウィリアムズの発言として次のようなことが書かれていました。
大切な人とつながり続け、よりアクティブな毎日を過ごし、健康をより良く管理するために役立つApple Watchは、世界中のユーザーに愛されています。
過去のプレスリリースにも同様の言葉が並んでいます。
watchOS 8は、Apple Watchユーザーがつながり続け、よりアクティブに過ごし、総合的な健康とウェルネスについてより理解を深めるために役立つパワフルな機能を搭載しています。(2021年 watchOS 8)
お客様の健康、フィットネス、ウェルネスをサポートする新しく意味のあるツールをお届けできることにわくわくしています。(2020年 watchOS 7)
さらにさかのぼると、この発想がApple Watchの初期から続いていることがわかります。
フィットネスと健康の習慣を変えるうえで、社会との関わりは重要な要素です。(2016年 watchOS 3)
「人とつながる」「アクティブに過ごす」「健康を管理する」。繰り返し出てくる言葉から、Apple Watchはユーザーにこれらを提供する存在であることを目指していると思われます。そう仮定して最近のアップデートを振り返ると、それぞれが「目的」達成のための「手段」を構成する要素であることが見えてきます。
スペックや機能を「手段」で分解してみると
3つの目的を達成するために、デバイスはどんな役割を果たすべきでしょうか。例えば、「日常的に、簡単に、快適に使える」「身体や活動のデータを計測する」「必要なデータを確認する」といったものが考えられます。
「日常的に、簡単に、快適に使える」デバイスであるためには、チップ・バッテリー・通信機能といったスペックが要求されます。より幅広い人に使ってもらうには、耐久性を高め、操作性・アクセシビリティへの配慮が必要です。
「身体や活動のデータを計測する」ためには、心拍センサー・加速度センサー・GPSといった各種センサー類が必須で、計測値をデータベースに保存する仕組みもなくてはなりません。
「必要なデータを確認する」ためには、見やすく扱いやすいUIや画面サイズ、またユーザーが自分に必要な項目を選べるパーソナライズも求められます。それらがリアルタイムに、常に視認できるのが望ましいでしょう。
このように、機能の追加・強化をピースとしてデバイスに求められる手段を組み上げているのが、現状のApple Watch/watchOSの開発であると言えます。
そしてこの1〜2年、「必要なデータを確認する」の延長線上に「行動変容を促す」が加わっています。データの蓄積・表示だけでなく、分析して変化の兆候を捉え、それに基づくメッセージを出すことで、ユーザーがより良い方向へ進むことに役立てようというものです。
例えば、アクティビティリングやヘルスケアの「トレンド」「ハイライト」がそれです。直近のデータを過去と比較して、どう変化しているかが示されます。「何となく運動不足かも」などの曖昧だった感覚がデータで裏付けられ、具体的な行動に結びつけやすくなりました。現状あまり注目されていない「歩幅」「歩行時両足支持時間」などの地味な指標も、5年10年単位でデータが収集されることで将来の健康管理に意味を持ってくる可能性があります。
watchOS 9の新機能を「手段」で分解すると
この枠組みを通してみると、watchOS 9の主な新機能は下記のように整理することができます。
文字盤のカスタマイズ強化、集中モード連動
より個人に合わせた使い方に対応するためのパーソナライズワークアウトの指標追加、トレーニングのガイド
アクティブであることをサポートする情報分析・提案睡眠ステージ、服薬、心房細動履歴機能
健康管理の手段としての情報分析・提案QWERTYキーボードの言語追加、リマインダー/カレンダーの入力強化
個人に最適な形での情報入力・閲覧
個々の機能が必要か不要か、人によって評価は異なるでしょう。しかし、Apple Watch/watchOSは「人とつながる」「アクティブに過ごす」「健康を管理する」目的に向かって堅実に進んでいると言えます。
大きなターニングポイントと言うべきは、Apple Watch Series 3のサポートが終了することです。Series 4のチップ(S4)以降に搭載されている加速度センサーとジャイロスコープが、watchOS 9の「睡眠ステージ」計測に必要になることも一つの理由でしょう。加えて、同じくS4以降に搭載されているニューラルエンジンは、特に近年のiOSにおいて重要な役割を果たしています。今後Apple Watchにおいても、機械学習を用いてデータの分析・提案を充実させていく開発が加速するのではないでしょうか。
昨年、Apple Watch Series 7発売を前に「近年のiPhoneやiPadのようなフラットエッジにリニューアルするのでは」というウワサが広く流れました。それは空振りに終わりましたが、Series 8で実現される可能性もあります。Apple Watchにその必然性はあるでしょうか。あるとしたら、Apple Watchのミッションよりも上位に「Appleのミッション」(またはブランディング)という概念の存在が想像できます。
iPhone、iPad、Macは、ハードウェアのデザインだけでなく、OSのUIや機能も各デバイス間で共通する点が増えてきています。Apple Watchもその一角として、各デバイスとの連携強化が一層進んでいく可能性があります。統一的なAppleのミッションの中で、Apple Watchが独自のミッションをどう体現していくのか、注目したいポイントです。