日本テレビ系バラエティ番組『有吉の壁』(毎週水曜19:00~)で、架空の映画作品の出演者になりきって、有吉弘行からのムチャぶりに即興で対応してスピーチを行う名物企画「スピーチの壁を越えろ! 日本カベデミー賞」。これが実際に映画化され、『有吉の壁カベデミー賞 THE MOVIE』と題して6月11~12日に全国公開される。

即興スピーチから実際に映画製作をするハメになる……まさに「口は災いのもと」を体現するかのようなプロジェクトだが、出来上がった作品をひと足先に鑑賞すると、いわゆる“お笑い映画”にとどまらない、人生や生き方について考えさせる内容だった――!?

  • 『万引き裸族』監督・脚本・主演の鈴木もぐら(空気階段) (C)有吉の壁 カベデミー賞 THE MOVIE

    『万引き裸族』監督・脚本・主演の鈴木もぐら(空気階段) (C)有吉の壁 カベデミー賞 THE MOVIE

■「くだらない」ことにお金と情熱をかける

この映画は、監督・脚本をみちお(トム・ブラウン)が務める『ドライブ・アイ・サー』、鈴木もぐら(空気階段)の『万引き裸族』、友近の『秋定麗子物語~ A Pioneer of all things~』、尾形貴弘(パンサー)の『まっぱ MAPPA』という4作品のオムニバス形式で構成。それぞれの冒頭で即興スピーチした際の映像が流れるため、自ずとストーリーの概要を把握した上で本編に入ることができる。

どの作品も、カメラワークからカット割り、映像の質感に至るまで本格的な映画に仕上げられており、「くだらない」ことにお金と情熱をかける構造の面白さに終始ニヤつきながら鑑賞したが、中でも特に引き込まれてしまったのが、『万引き裸族』だ。

金も家も服もない主人公が、ただただ全裸で万引きを繰り返していく様をカメラに収めたというドキュメンタリータッチの同作。裸で登場する芸人たちの滑稽な姿を笑う作品だと思いきや……。

  • 全裸で身柄を拘束される鈴木もぐら(下)と、それを見つめる相田周二(三四郎) (C)有吉の壁 カベデミー賞 THE MOVIE

■常識を疑い始めると見えるものが変わってくる

ファーストカットから「この撮影、大丈夫だったのか!?」と見てる側が心配になってしまう“裸族”を象徴するシーンに衝撃を食らわされる『万引き裸族』。このタイトルは、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『万引き家族』からもじっただけと侮ってはいけない。

本編を見ていると、「万引き」は未会計の商品を衣服のポケットやカバンにそっと入れるというのが常套の手口であるため、全裸で手ぶらの「裸族」が実行できるはずがないという事実を突きつけられる。つまり「万引き」と「裸族」は相容れない言葉―――そう、あの不朽の名作『美女と野獣』と同じ系譜なのだ。

そんな不可能に挑む彼らの生活を追っていると、「人はなぜ服を着るのか」「罪悪感とは何か」「愛の意味とは」といった哲学的なテーマに迷い込まされる。こうして今までの常識を疑うようになるうちに、不摂生な生活の結晶である贅肉だらけのもぐらの全裸姿が、芸術的な肉体美に見えなくもない…という感覚になっている自分がいた。もぐらは万引きするスーパーに入店するにあたり、毎回入口の前で丁寧に服を脱いでいくのだが、これが神聖な儀式にすら思えてくるのだ。

劇中では、もぐらがスーパーの中を全裸でウロウロしているにもかかわらず、他の客が誰も注意しない様子が描かれており、このシーンでも、自分が社会生活において「見て見ぬふり」をしていないかと、ふと考えさせられる。ビジュアルは、全裸の芸人たちが次々に登場し、時に喜び合い、悲しみ合い、怒りをぶつけ合うというどう考えても“頭のおかしい”映像だが、「実はメッセージ性の高い作品なのでは?」と受け止めてみるのも楽しいだろう。

即興スピーチ直後、まだ脚本も完成していない状況で行われた製作発表記者会見で、もぐらは今作のキャッチコピーを「『財務省が泣いた』。貨幣とは?みたいなところにも切り込んでいけたらと思います」と話していたが、果たしてその思いを込めることはできたのか……。

  • じろう(シソンヌ)

  • 小宮浩信(三四郎)

  • (C)有吉の壁 カベデミー賞 THE MOVIE

この『万引き裸族』に加え、『まっぱ MAPPA』も裸の主人公が活躍する作品であり、『ドライブ・アイ・サー』と『秋定麗子物語~ A Pioneer of all things~』では、ベッドシーンが登場するなど、実に裸率が高いラインナップとなった。『ドライブ・アイ・サー』と『まっぱ MAPPA』では、子役が重要なキャラクターを担っているが、卑わいなシーンには登場しないのでご安心を。

“壁芸人”総出演に加え、まさかのサプライズゲストもそれぞれに登場している今作。おそらく何年経っても『金曜ロードショー』で放送されることはなさそうなので、劇場もしくはHuluストアでぜひ目撃してほしい。

ちなみに、公開1日目の11日は、偶然にもフジテレビで映画『万引き家族』が放送されるので、くれぐれもお間違えなきよう。

  • 『ドライブ・アイ・サー』

  • 『秋定麗子物語~ A Pioneer of all things~』

  • 『まっぱ MAPPA』

  • (C)有吉の壁 カベデミー賞 THE MOVIE

■バラエティ発映画の新たなチャレンジ

バラエティ番組発の劇場版映画と言えば、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』(日本テレビ)から生まれた『ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説』(2000年)、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ)から生まれた『矢島美容室 THE MOVIE ~夢をつかまネバダ~』(10年)といった番組の人気キャラクターを主人公したストーリー系と、テレビ東京の『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』(13年)、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』(16年)といった番組企画の豪華版系に分類されるが、今回はそのどちらにも属さない新たなチャレンジと言える。

2020年春のレギュラー放送開始当時、若い世代が見ないと言われていた平日19時台でゴリゴリのお笑いバラエティを成功させ、昨今のテレビ界のお笑いブームの突破口を開いた『有吉の壁』。YouTubeやHuluといった展開にとどまらず、「ブレイク芸人選手権」から生まれたKOUGU維新によるオンラインミュージカル、「ブレイクアーティスト選手権」に登場したキャラクターたちによる日本武道館ライブと、テレビ番組の壁を越えるチャレンジ精神が止まらないスタッフたちだけに、今後もまた予想のつかない挑戦を見せてくれるに違いない。

  • (C)有吉の壁 カベデミー賞 THE MOVIE