いよいよ日本製の電気自動車(EV)が出そろい始めた昨今だが、ライバルは案外、近くにいるのかもしれない。韓国の現代自動車(ヒョンデ、旧ヒュンダイ)が日本再参入と同時に持ち込んだ新型車「IONIQ5」だ。試乗してみると、全方位的な完成度の高さに驚いた。
EVの本質をつかんだヒョンデのクルマづくり
IONIQ5には何度か試乗する機会があった。何度も試乗した理由は、もう一度乗りたくなる魅力があり、乗るたびに惹き込まれていくからだと思う。ヒョンデには日産自動車や三菱自動車工業のように10年以上のEV経験があるわけではないが、ここへきて各社から発売が相次ぐEVが採用している装備や、EVとして当然求められる性能を不足なく満たし、それでいて価格が手ごろであるところもIONIQ5に魅了される理由だろう。
最初にIONIQ5の実車を目の前にしたとき、素直にカッコいいと思った。比較的簡素な造形であるにもかかわらず存在感があり、それでいて嫌味がなく、スッキリとした持ち味がある。前から見ても後ろから見ても惹きつけられる姿だ。自宅の車庫にとめていれば、惚れ惚れしてしまうのではないか。近隣への自慢になるかもしれない。
ドアを開けると内装色が明るく、黒を基調とするドイツ車をはじめ、他社とは違うくつろぎの空間がある。この演出はソニーのEVコンセプトカーである「VISION-S」に通じる雰囲気だ。
EVは人生観や生活様式の転換を促すクルマでもある。環境保護のため、単にエンジン車の代替となるクルマではない。モーター駆動による力強く、それでいて静かで滑らかな走りがもたらす快さは、エンジン車ではなかなか実現しがたい。その走行感覚に浸っていると、おのずと意識に変化が訪れ、穏やかにやさしく生きたいという思いに駆られてくるのだ。そうしたEVの本質を、ヒョンデは短期間につかみ取ったのではないかと思う。
運転席に座ると目の前には横に長い液晶メーターが設置されている。この手のモニターは他社製EVでも見られるものだが、明るい内装の中で見るヒョンデのメーターは画面が白系統の背景で、独自の見栄えになっている。表示される情報はわかりやすく、安心感がある。独創の表現や表示が用いられているが、一目で伝えたい情報の意味が理解できるのだ。
テスラの「モデル3」は、初めに簡単な説明を受ければ、液晶画面ひとつでさまざまな操作と情報が手に入り、ヒューマン・マシン・インターフェイス(HMI)の完成度が実感できる。IONIQ5のメーターは、テスラ以外の競合他社と同様な仕様ではあるものの、その表現はテスラに通じ、HMIに手慣れた感じが伝わってくる。
ワンペダルでも駐車しやすい!
イグニッションを入れたあとのシフト操作はメルセデス・ベンツやBMWに似たコラム式のレバーで行うが、こなれた使いやすさがある。単に真似ただけではない、開発者の配慮が伝わってくる手法だ。感心するのは、ウィンカーのレバーが日本車と同じく右側にあること。ここは、他の輸入車と大きく異なる。ちょっとしたことだが、日本市場再上陸への強い熱意を感じた。
アクセルを踏み込んで走りだせば、これはどのEVでも共通だが、十分な出力特性で不足はない。力強く、滑らかで、静かという3拍子がそろっている。停止までアクセルペダルのみで操作する「ワンペダル」も可能だ。
ワンペダルを採用しないメーカーは理由として、停車した際にブレーキホールドが作動するため、何度も切り返し操作を必要とする駐車の操作で発進と停止がぎくしゃくしやすい、との説明を行う場合がある。だがIONIQ5は、前後へ切り替えるときも特別な違和感を覚えさせず、滑らかに発進・停止ができた。アクセルというスイッチ操作に対する電力制御が微細に、かつ適切に行えるプログラムを構築できている証といえるだろう。この自然さを実現するにはプログラム設計で苦労があったはずだが、ワンペダルを消費者に違和感なく使ってもらえるようにするとの意思を明確に持ったうえでの成果ではないか。
車幅が広いため、運転していて狭い道路へ入ると、やはり大きさを意識させられる。それでも、それほどの苦労なしに運転できたのは、四角さを残した簡素な外観の造形が、運転席からの眺めにおいて車両感覚をつかみやすくしているからではないだろうか。もちろん、前方視界の広々とした解放感はいうまでもない。
また、競合他社のEVが2輪駆動では前輪駆動(FWD)であるのに対し、IONIQ5は後輪駆動(RWD)である点も、運転に苦労しない理由のひとつだと思える。この点はエンジン車も同じだが、RWDは前輪に駆動用シャフトを取り付けていないので、ハンドル操作に対する前輪の切れ角に制約がなく、必要な角度を十分に取れる。それによって小回りが利きやすくなり、街角を曲がる際にも小さく曲がれるため、運転しやすくなる。
ウィンカーレバーを操作すると、メーター内に左右それぞれ車体側面の映像が映し出される。実際にその画像に頼る場面は限られたが、安全確認の追加手段として活用することはできる。
ドアミラーをカメラにして、ダッシュボードの左右にその画面を設ける手法に比べ、メーター内の映像は視線を大きく動かさずに見られる利点がある。一方で、ハンドルの内側の画像はやはり、画面寸法の制約によって限定的になる。だが、他社と違う手法でカメラ画像をいかすひとつの挑戦として悪くない活用方法だ。
ワンペダルで回生を十分に使えるので、運転中に走行可能距離の表示が極端に減っていくということもなく、バッテリーの電力残量に対する不安は少ない。今回試乗したのは2輪駆動の「IONIQ 5 Lounge」という車種で、バッテリー容量は72.6kWhの仕様だったが、日常的には最も廉価な58kWhの仕様でも問題ないのではないかと思う。58kWhの一充電走行距離はWLTCで498kmなので、よほど頻繁に長距離移動するのでなければ十分だ。
驚いた装備のひとつが、運転席に設けられたオットマンだ。足を支持する快適装備だが、通常は乗員の席に設置される。IONIQ5はなぜ運転席に設けたのか? 理由は、急速充電待ちで車内で過ごす際の足休めとするためだ。実際に使ってみると、ふくらはぎが支えられ、座席のリクライニングと合わせて利用すると快適だった。EVならではの着想だ。そこに気が付いたのも、EVの利用実態をよく研究しているからこそだと思う。
車両価格は479万円~589万円で、日産自動車「アリア」やトヨタ自動車「bZ4X」に比べても安い。そのうえで、EVとしての性能や装備、運転感覚に物足りなさを覚えさせないのがIONIQ5だといえる。全方位で満足度の高いEVだ。日本車だけでなく輸入車を含めても、EV選択肢のなかでIONIQ5は侮れない存在だ。