北海道新聞の5月28日付の記事「長万部-函館間 三セクで維持を JR貨物道支社長」によると、JR貨物北海道支社長は、北海道新幹線の並行在来線としてJR北海道から分離される長万部~函館間について「沿線自治体が財政負担を理由に路線を維持しなかった場合、JR貨物単独で路線保有は困難」と述べたという。
貨物列車しか走らない路線は貨物鉄道会社が維持すべきだが、それができない。なぜなら、JR貨物は「線路を借りて走る」という前提のビジネスモデルだから。JR旅客会社の線路を借り、貨物列車によって増える費用だけを使用料として支払っている。これを「アボイダブルコストルール」という。JR貨物は列車の運行に応じて、電力料金やレールの摩耗率に応じた交換費用などコスト増加費用を支払う。しかし、貨物列車が走らなくても発生する費用はすべて旅客会社が負担している。信号システム、踏切維持費、線路保守要員の人件費、固定資産税などだ。
つまり、JR貨物は鉄道会社が負担する固定費用のほとんどを払わない。家賃を払わず光熱費だけ払う下宿人ともいえる。このしくみを前提に、貨物輸送料金が安く設定されている。だから、約100kmの路線を保有するとなれば、膨大なコストが発生し、低価格な貨物料金の前提が狂ってしまう。「JR貨物の低料金のしくみはずるい」と思うかもしれないが、その安い輸送コストによって物流が支えられている。物流会社、荷主、そして運ばれたものを消費する私たちすべてが恩恵を受けている。
国鉄分割民営化のときに決められたルールとはいえ、JR旅客会社のほとんどは不満に思っているのではないか。国土交通省が開催した「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」では、JR東日本、JR東海から、アボイダブルコストルールについて「問題がある」との認識が示されている。
そもそも、トラックは道路維持費を直接負担していない。燃料税、重量税などで間接的に負担しているとはいえ、それで道路維持費をすべて負担しているわけではない。JR貨物はアボイダブルコストルールによって、トラック輸送と競争できる立場になっている。
■並行在来線である函館~長万部間の処遇が決まらない
北海道新幹線の並行在来線のうち、後志ブロックの長万部~小樽間はバス転換の方針が決まった。一方、渡島ブロックの函館~長万部間の処遇が決まらない。道と沿線自治体による渡島ブロック協議会は2021年4月に開催されたきり、1年が過ぎた。議事録を見れば、新函館北斗~長万部間の旅客廃止は濃厚だ。
2021年4月の「第8回渡島ブロック会議」では、函館~長万部間の扱いとして、「全区間を鉄道で維持」「全区間をバス転換」「函館~新函館北斗間のみ鉄道、新函館北斗~長万部間はバス転換」の3案が示されている。
「全区間を鉄道で維持」した場合、初期投資額は317.3億円。ここにはJRからの譲渡資産(線路、土地建物など)、車両購入(譲受26両、新車4両)、橋やトンネルの施設改修費用などが含まれる。単年度赤字は約20億円。在来線特急列車の利用者のうち、新幹線停車駅は新幹線に移り、新幹線駅以外から函館へ向かう人は普通列車に乗る。ただし、初年度に普通列車の利用者が増えたとしても、沿線の人口減によって利用者も次第に減り、赤字は増えていく。
「全区間をバス転換」した場合、初期投資額は30.3億円。ここには101台のバス購入費、営業所設置費用が含まれる。単年度赤字は2億~3億円。とはいえ、新函館北斗駅から函館駅までの輸送量は朝7時台に532人、8時台に185人あり、逆方向も16時台に193人、18時台に201人ある。この輸送量をバスで賄えるかといえば心許ない。
「函館~新函館北斗間のみ鉄道、新函館北斗~長万部間はバス転換」の場合、輸送量の多い区間だけを鉄道で残す。初期投資額は161億円。ここには鉄道部のJR譲渡資産、車両譲受15両、鉄道部大規模改修費用、34台のバス購入費、営業所整備費が含まれる。単年度赤字は12億~13億円となった。
函館~新函館北斗間の輸送密度は2018年度で4,261人/日。新函館北斗~長万部間の輸送密度は191人/日。どちらも将来は減少して、2060年度の予測では函館~新函館北斗間が2,963人/日、新函館北斗~長万部間が81人/日となる。函館~新函館北斗間は新幹線アクセスを考慮しても、鉄道で残す価値がある。しかし、新函館北斗~長万部間については、鉄道を維持するよりバスのほうが良い。自治体としては当然の選択だろう。
函館貨物駅から長万部駅まで、旅客列車の他に貨物列車も走る。第三セクター鉄道の場合、アボイダブルコストの他に貨物調整金が加算される。正しくは鉄道・運輸機構からJR貨物に貨物調整金が支払われ、それがアボイダブルコストに上乗せされる。それでも前出の通り、鉄道路線を維持できるだけの収入を期待できない。沿線自治体から見れば、札幌以東と本州を結び、自らの地域を通過するだけの貨物列車に費用負担する道理はない。
自治体は新函館北斗~長万部間の鉄道を放棄する。JR貨物は維持できないとなれば、路線廃止は逃れられない状況になりつつある。
■第三セクターではなく、応益者負担のPFI方式が最適解か
5月26日付の本誌記事「第2青函トンネル構想再浮上も『鉄道部は今後の検討課題』変わらず」でも紹介したように、いまや北海道の農畜産物輸送は北海道の利益だけでなく、国の食糧安全保障にとって重要になっている。しかし、このままでは第2青函トンネルどころか、その手前の北海道内で線路が途絶えてしまう。これは単なる鉄道の衰退、トラック輸送へのシフトでは済まない。
北海道の農畜産物輸送の大荷主「ホクレン農業協同組合連合会」が2020年に発表した「北海道産農畜産物の抱える物流課題と今後の対応について」によると、2015年の「北海道産農畜産物の移出数量」は北海道全体で350万トン。このうちホクレン扱いは257.8万トン。その内訳は、JR貨物が81.4万トンでシェア32%、船舶が176.2万トンでシェア68%。航空が0.2万トンでシェア0.08%だ。
北海道と本州の間は道路トンネルを持たないため、トラック輸送は産地から貨物駅や港への輸送に限られる。鉄道駅は産地の近くにあり、アクセスしやすい。港は沿岸までトラック輸送の距離が長くなる。10年後には大型トラックドライバーが18%減少するという予測があり、このままでは北海道農畜産物の物流は破綻するといわれている。とくにフェリー、貨物船の航路は限られており、多くのトラックドライバーが必要になる。
これに対し、鉄道輸送は本州内の貨物駅と青果市場が近接しているため、陸上配送距離が短くて済む。JR貨物のシェア32%は船舶の半分だが、これはダイヤの都合上、貨物列車をこれ以上増やせないことも一因になっている。
新函館北斗~長万部間の維持について、地元自治体は利点がほとんどない。しかし、JR貨物、ホクレンその他荷主、そして本州で北海道の農畜産物を消費する私たちにとって必要な線路である。それなら選択肢はひとつ。新函館北斗~長万部間の貨物輸送で利益を得る者が共同出資して貨物鉄道会社を設立し、JR貨物に貸し付ければいい。第2青函トンネル問題でも紹介した「PFI方式」だ。
PFIは「Private Finance Initiative」の略で、公共性の高い施設の運営に民間の資金と手法を活用する。たとえばホクレンなどの生産者、青果市場、大手スーパーなどの流通、小売業者が参画して「北海道貨物鉄道株式会社」を設立し、新函館北斗~長万部間を運行する。その中でローカル旅客列車を運行したいのであれば、自治体が旅客輸送の第三セクター鉄道を設立して、「北海道貨物鉄道株式会社」に線路使用料を支払う。さらに経営安定を考えるならば、いっそ函館~長万部間の全区間を「北海道貨物鉄道株式会社」とし、旅客列車を取り込んでしまう。
線路のある自治体が線路を維持する「属地主義」は、今回の並行在来線問題で破綻した。利益を受ける者が維持する「応益主義」に転換すべきではないか。
もうひとつの手立てとして、在来線の貨物輸送を放棄し、新幹線の線路を強化して、コンテナを新幹線に積み替えてしまう「貨物新幹線」が考えられる。これは「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」でJR東日本などから「問題点が多い」と指摘され、国主導で解決してほしいと要望されている。これはまた別の話で、解決にはもっと時間がかかるだろう。ひとまず2030年度末の北海道新幹線札幌延伸を解決する知恵と工夫として、PFI方式による鉄道維持を検討していただきたい。
6月3日、政府は首相官邸で民間資金等活用事業推進会議を開催した。日本経済新聞の記事「PPP・PFIの推進10年で30兆円 政府が計画決定」によると、「PPP(官民パートナーシップ)やPFI(民間資金を活用した社会資本整備)について、2022年度から10年間の事業規模目標を30兆円とする新たな計画を決定した」という。そのモデルのひとつとして、「既存の鉄道インフラの再活用」は検討に値すると思われる。函館~長万部間の鉄道維持は、国の食糧安全保障の問題である。国が率先して制度を整えるべきだろう。