マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、トルコリラについて解説していただきます。
トルコリラがジリジリと値を下げています。対米ドルではBloombergの終値ベースで昨年12月17日につけた1ドル=16.41リラを越えてきました(6月2日終値16.47リラ)。
リラ安の背景
リラ安の主な背景は、トルコのインフレ率が高騰していること、そして、それにもかかわらずTCMB(トルコ中央銀行)が利上げを見送っていることです。
トルコの4月CPI(消費者物価指数)は前年比70.0%。世界的にインフレ率は高まっていますが、トルコのインフレ率は主要国・新興国の中でも飛び抜けているとの印象です(中南米のベネズエラやアルゼンチンは例外)。
インフレが高騰しているのは、昨年秋のTCMB連続利下げによってトルコリラが急落したことで輸入インフレが強まったためです。加えて、今年に入ってからはロシアのウクライナ侵攻を契機として、トルコがほぼ100%輸入に依存するエネルギー価格が高騰しています。
連続利下げ
エルドアン大統領は従来から「金利を下げればインフレは落ち着く」という、一般には受け入れがたいロジックを用いて、TCMBに利下げ圧力をかけてきました。昨年3月にはインフレ抑制のために利上げを続けたTCMBのアーバル総裁をわずか4カ月の在任で解任し、利上げに批判的だったエコノミストのカブジュオール氏を後任に指名。その他にも自らの意にそぐわないTCMBメンバーを更迭しました。そのカブジュオール総裁が率いるTCMBは昨年9月から12月の政策会合で4回連続して計5.00%の利下げを実施しました。
リラ防衛策
昨年12月にはトルコリラが急落。エルドアン大統領は、為替変動に対するリラ建て預金の保護などを中心としたリラ防衛策を打ち出しました。国営銀行による外貨売りリラ買いの事実上の為替介入も行われたようで、リラは人為的に安定してきました。しかし、今年5月以降、そうした対症療法の綻びが大きくなっているのでしょう。
重要なのは実質金利
インフレ率が上昇しているということは通貨の価値が下がっていることと同義です。例えば、インフレ率70%ということは、その状態が続けば10リラで買えたものが1年後には17リラになっているということなので、リラの価値は41%の下落(10÷17)です。
ただし、同じ1年間に80%の金利が付くならば、10リラは1年後には18リラになっているはずです。リラの価値は下がっても、10リラを保有し続けた人の資産価値は増加したことになります。こうして、金利からインフレ率を引いた、いわゆる実質金利が投資家にとって重要だということがわかります。
トルコの実質金利は大幅なマイナス
また、為替レートは2国間の通貨の交換レートなので、実質金利の差が重要です。トルコの政策金利は昨年12月以降14.00%に据え置かれています。上述したように4月のインフレ率(CPI前年比上昇率)は70.00%なので、実質政策金利はマイナス56%と、途方もなくマイナス幅が大きくなっています。なお、米国の実質政策金利は5月末時点でマイナス7%程度です。
トルコの実質金利はマイナスが続く?
TCMBは4月28日に公表したインフレ報告の中で、インフレ率予想を22年末42.8%、23年末12.9%、24年末8.3%としました。TCMBのインフレ目標は5%なので、見通し期間中(24年末まで)に目標は達成できないと諦めていることになります。また、現在の政策金利(14.00%)が変わらないのであれば、23年の終盤まで実質政策金利はマイナスに沈んだままでしょう。
結局のところ、トルコリラに下落圧力が加わっているのは、単にインフレ率が飛び抜けて高いというだけでなく、政策金利がそれを相殺できるような水準には全く届いていないということでしょう。
リラ安に歯止めはかからず!?
トルコの外貨準備は外国中銀とのスワップ分を除けば事実上はマイナスだとの指摘もあります。リラ防衛の手段は徐々に乏しくなっているようです。エルドアン大統領は5月27日、財界人の前で講演し、「政策金利とインフレ率を関連付けようとするのは、売国奴か無知な者だけだ」と述べました。エルドアン大統領が低金利批判を攻撃し続ける限り、リラ安に歯止めがかかりそうにありません。