「まわりに迷惑をかけてはいけない」。多くの人が、親など周囲の大人からそのようにいわれて育ったはずです。たしかにその精神は日本人の美徳のひとつですが、あまりにそう考えるばかりに自分の心を傷つけてしまう人もいます。
多くの仕事に追われ、ひとりでは解決できそうにない問題を前にしていても、「まわりに『助けて』といえず強がってしまう」—。あなたにも心当たりがあるかもしれません。著書『自己肯定感が高まる うつ感情のトリセツ』(きずな出版)が話題の心理カウンセラー・中島輝さんが、「助けて」といえない人に向けてアドバイスをくれました。
■コロナ禍によってうつ病・うつ状態にある人が急増
——中島さんはご著書などで「うつ感情」という言葉を使っていますが、これはどういうものですか?
中島 わたしは「うつ感情」を、「ストレス以上うつ病未満」というふうに表現しています。うつ病とまではいえないものの、漠然とした不安感や孤独感、あくせく感といったネガティブ感情のことです。
——そんなうつ感情に悩む人は増えているのでしょうか。
中島 新型コロナウイルスのパンデミック以降、うつ病・うつ状態にある人の割合が日本国内で2倍以上に増えたことが明らかになりました。OECD(経済協力開発機構)の調査によれば、2013年に7.9%だったその割合は、2020年には17.3%になったのです。
ただ、これは実際に医療機関で受診した人の数字です。受診しないままうつ症状を進行させている「うつ病予備軍」ともいうべき人たちも含めると、もっと多くの人がうつ感情を抱えていると推測します。
——先にパンデミックについて触れられましたが、うつ感情を抱えている人が増えている要因は、やはりコロナ禍でしょうか。
中島 そう考えていいでしょう。ウイルスは目に見えません。「先が見えない不安」という言葉もありますが、見えない不安と戦わなければならない状態は、わたしたちに大きなストレスを与えます。そのストレスが、知らず知らず心をむしばんでいるのでしょう。
■そもそも日本人は助けを求めることが苦手
——うつ感情が引き起こす問題となるとさまざまだと思いますが、たとえばどんな問題がありますか?
中島 忙しい社会人でいうと、「まわりに『助けて』といえずに強がり、疲弊してしまう」という問題も代表的なものでしょう。
——たしかに、「迷惑になるんじゃないか…」と考えて、助けを求められない人は多そうです。
中島 まさにそのとおりで、そもそも日本人はまわりに助けを求めない性質が強いのです。心理学には「ビッグファイブ」という、外向性、情緒安定性、開放性、勤勉性、協調性という5つの因子で人間の性格特性を表す理論がありますが、日本人はそのなかの協調性という特性がとても高いことが研究で明らかになっています。
協調性が高いがゆえに、「迷惑をかけるんじゃないか…」「場を乱してしまうのではないか…」と考えて、どんなにしんどくても助けを求められない人が日本人には多いのです。
——とはいえ、それにはもちろん個人差もありますよね?
中島 そうですね。わたしの実感では、「まわりに『助けて』といえず強がってしまう人」には、正義感が強くて努力家、そしてリーダーの資質が高い人が多いように思います。リーダーとしてチームをまとめてメンバーみんなで協力し合う体制を整えるようなことには長けていますが、個人的に困ったときには「リーダーなんだから、メンバーの迷惑になっては駄目だ」と考えてしまって、助けを求められないのです。
——そういう状態が続くのは、もちろんいいことではありませんよね?
中島 要は心身ともに無理をしているということですから、それこそうつ病になってしまうことだって十分に考えられます。
■逆に助けを求められたときのことを想像する
——助けを求めることが苦手な人も、素直に助けを求められるようにならなければなりませんね。
中島 そうなるには、逆に「まわりから助けを求められた場面を思い浮かべる」ことをおすすめします。うつ感情を抱えている人には、視野が狭まっているという特徴が見られます。「助けを求めたら迷惑になる」というひとつの思い込みから抜け出せないのです。
でも、まわりから助けを求められた場面を想像してみたらどうでしょう? 自分自身がいま困っていることについて誰かが自分に助けを求めてきたら、「迷惑だ」なんて感じるでしょうか? むしろ、「自分を頼ってくれてうれしい」という気持ちも出てきて、「絶対に力になってあげよう」と思えるはずです。
そのことをしっかりと認識できたら、視野が広がって「助けを求めたら迷惑になる」という思い込みから抜け出し、困ったときには素直にまわりに助けを求められるようになると思います。
——たしかに、誰かに頼りにされるのはうれしいことかもしれません。
中島 人間は多くの他人と社会生活を営む生き物ですから、他人から頼られたり感謝されたりすること、誰かの役に立っていると思えることに対して、本能的によろこびを感じるのです。
■助けてくれそうな人を明確化する「問題解決ノート」
中島 もうひとつ方法を挙げるなら、以下のような「問題解決ノート」というものをおすすめします。
中島 これは、解決したい問題に対して周囲の人たちからどんな助けを得られるかを明確にするワークです。まず、ノートの中心にいま解決したいと思っていること、困っていることを書き込みます。そのまわりには、問題解決に向けて、家族や専門家、友人、職場や学校の関係者のなかで誰がどんな助けをしてくれそうなのかを書き出します。
すると、自分が思っていた以上に多くの「助けてくれそうな人」がいることに気づけるでしょう。実際にその人たちを頼るかどうかは別にして、「自分にはこんなにたくさんの頼れる人がいる」と思えるだけでも、精神状態はかなり安定します。
また、誰がどう助けてくれるかがわかると、自分にしかできないこと、自分がやるべきことも明確になります。そのため、「いざとなったらまわりを頼ろう、でもこれだけは自分でやらなければならないぞ!」と高いモチベーションを持って問題解決に取り組めるようになります。
最後のポイントは、「解決したらしたいこと」も忘れずに書いておくということ。問題が解決したあとのことですから、多くは楽しいことなどポジティブなことになるでしょう。そのイメージを持つことで、深刻になり過ぎることなく問題解決に向けて行動できるようになります。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/川しまゆうこ