ウクライナ情勢や円高による物価上昇を受け、各所で「住宅ローンの変動金利が上がるのでは?」と取り沙汰されています。

住宅ローン比較サービス『モゲチェック』を運営する株式会社MFS 取締役COOの塩澤崇氏によれば、変動金利がいつ上がるのかは、「マイナス金利政策がいつ解除されるのか」によるところが大きいとのこと。

「マイナス金利はいつ解除されるのか」「変動金利はいつ・どのくらい上がるのか」について、詳しくお話を聞きました。

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■マイナス金利政策解除は2030年頃

――変動金利が上がるきっかけとなるマイナス金利政策はいつ解除されると考えていますか?

マイナス金利政策の解除には、『賃金上昇→需要増大→インフレ』というサイクルが安定的に回っている状態になる必要があります。ここでの肝は『賃金の上昇』です。現在のような資源価格の高騰や円安を背景としたコストプッシュ型のインフレでは『持続的なインフレ』とは言えません。

したがって、「マイナス金利政策はいつ解除されるのか?」という問いに答えるためには、「賃金がいつ上がるのか」を考えることが重要です。私はそのタイミングを2030年頃と予想しています。2030年頃から就労者数の多いバブル世代が退職し始めます。バブル世代が抜けると労働力がひっ迫するため、労働者の奪い合いになるでしょう。

しかも、いまの若手やミドル層は転職をいとわない世代です。こうしたことから、労働力を確保する、あるいは引き留めるために、経営陣が「賃金を上げなければならない」と考え始めると思います。

バブル世代以上は終身雇用が前提だったので、経営層には「1度入社した人はそれほど賃金を上げなくてもずっと会社にいてくれる」という安心感があったと思いますが、世代交代によって安心感が緊張感に変わり、賃金の引上げにつながるのではないかと考えています。

■円安による金融緩和解除は本末転倒

――円安が進行していますが、その是正のために日銀が金融緩和を解除するということは考えられないのでしょうか?

結論からいえば、円安是正のために金融緩和政策を解除することはないと考えています。

アメリカが利上げをしたことによって、日米の金利差がどんどん開いているため、「円安プレッシャーを弱めるために、日本も利上げをして日米の金利差を縮めるべきだ」と主張する人もいます。しかし、最近の円安は、日本の経済成長率が諸外国と比べて低いことがそもそもの原因です。

欧米がコロナ禍での経済破壊から回復しつつある一方で、日本はまだ回復しきっていないため、日銀は不本意ながらも金融緩和を続けざるを得ないのです。

まだ景気回復してない状況で、「円安が問題だから、金融緩和を止めろ」というのは、日本経済全体を冷やしかねない施策であり、本末転倒です。金融政策は為替や輸入物価の抑制のためだけにあるわけではないのですから。ちなみに、IMF(国際通貨基金)も「日本が緩和的金融政策スタンスを変更する必要性は見られない」とコメントしています。

もし、経済政策に意見したいのであれば、その矛先は日銀ではなく、経済を軌道に乗せることに手間取っている政府に向けられるべきだと思います。

――いまの円安の状況はいつまで続くとお考えですか?

インバウンドによる海外需要の取り込みがポイントのひとつになると思います。外国人観光客は自国通貨を売って円を買うという行動を取るので、本格的に外国人観光客の受け入れが再開すれば、円安もある程度落ち着くのではないかと考えています。

■変動金利はいつ、どれくらい上がる?

――マイナス金利政策が解除されれば、変動金利はすぐに上がるのでしょうか?

マイナス金利政策が解除されてもすぐに変動金利が上がるわけではなく、タイムラグが発生すると考えます。

住宅ローンの変動金利は、民間銀行が設定する基準金利がもとになっており、基準金利が下がれば変動金利も下がりますし、基準金利が上がれば変動金利も上がります。

マイナス金利政策が解除されて市場金利が上がり始めると、一定程度まで市場金利が上昇した後に、はじめて基準金利も上がります。実際、2006年に日銀が利上げをした時期があったのですが、市場金利が0%から0.3%程度に上昇した後、ようやく基準金利が上がり始めています。

基準金利が上昇するまでにある程度の時間がかかるため、マイナス金利政策が解除された後すぐに変動金利が上がることはありません。

これらのことから、本格的な金利上昇は早くても2035年以降になるのではないかと私は考えています。

――2035年以降、変動金利が上昇する可能性があるということでしたが、もし変動金利が上昇したら何%程度になると思われますか?

現在よりも1%上がる程度にとどまるというのが私の見立てです。基本的に金利は経済成長率の将来見通しと連動します。そのため、日本の経済成長率が今後どれぐらいで推移するかがポイントになります。

さまざまなシンクタンクが経済予測をレポートに取りまとめていますが、2030~2050年代の日本の経済成長率は約1%です。ざっくりとした試算にはなりますが、その程度の低成長率ですので、変動金利の上昇幅も1%程度にとどまるのでは、と考えています。

おすすめの金利タイプはズバリ『変動』

――これまでのお話を踏まえると、変動と固定でおすすめの金利タイプはどちらになりますでしょうか?

借り換えはもちろん、いま新規で借り入れる場合も変動金利をおすすめします。住宅ローンで元利均等払いを選択した場合、最初の10年間で35年分の利息総額の半分を払うことになります。利息負担の大きい最初の10年間ほど安い金利で借り入れるべきであって、最初からわざわざ高い金利の固定金利にする必要はありません。

今後変動金利が上がったら総返済額が増えるのではないかと不安になる人もいると思いますが、仮に35年払いの3500万円の住宅ローンを借りたとします。「1.5%の固定金利」と「最初の10年間は0.5%で、11年目から2%になる変動金利」を比べると、後者のほうが総返済額が少ないのです。

2%に上がるというのは相当なジャンプだと思いますが、そうなったとしても変動金利のほうが安いということを踏まえると、変動金利を選ぶべきだと思います。

固定金利は「金利が上がらない」という安心感はあるものの、金利が高いため、変動金利に比べて年間20万円、35年間なら700万円も多く払うことになります。金利上昇のリスクに備える保険としては高すぎる金額だと私は思います。

特に借り換えユーザーは元本も返済期間も減っているはずなので、新規借り入れ時よりも金利上昇に対するリスク許容度が増しているはずです。

――最後に今後の金融政策についての考えをお聞かせください。

『モゲチェック』の試算では、変動金利が1%上がると、600万世帯の変動金利ユーザー全体で金利負担が年間1兆円増加します。金利上昇はそれほどの金利負担を引き起こしてしまうため、負担増がまかなえる賃金上昇が起きてから金融緩和を解除すべきだと考えています。

私が一番望んでいるのは『賃金上昇』にフォーカスした議論です。円安のような目の前の状況にいちいち反応した議論を展開するのではなく、そもそもの金融緩和の目的に立ち返って、「日本の経済力をいかに伸ばすか」という本質的な議論をしっかりとしていただきたいですね。

塩澤崇(しおざわ・たかし)/株式会社MFS 取締役COO

2006年に東京大学大学院情報理工学系研究科修了後、モルガン・スタンレー証券株式会社にて住宅ローン証券化ビジネスに参画。モーゲージバンクの設立やマーケティング戦略立案、当局対応を担当。2009年、ボストン・コンサルティング・グループで、メガバンク・証券・生保の国内営業戦略・アジア進出ロードマップ等の経営コンサルティングに従事した後、2015年9月より現職。