マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の景気について解説していただきます。
米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)がインフレ抑制を最優先する姿勢をみせるなか、金融市場は米国景気の先行きに対する懸念を強めています。
5月17日、パウエルFRB議長は講演で、「インフレが落ち着く明確な証拠がみえるまで利上げを継続する」と述べ、さらに「物価安定を達成するための幾分かの痛み、例えば失業率の少々の上昇は払ってもいいコストだ」と付け加えました。経済成長を犠牲にしてでもインフレ抑制に力を入れるというのは、中央銀行トップの発言としてかなり重みがあると言えるでしょう。
5月19日には、NYダウが1月4日の高値から15%超の下落となり、NASDAQ総合指数、S&P500株価指数に続いて定義上の「弱気相場」に入りしました(ただし、NYダウはその後に反発して「弱気相場」を脱出した形)。FRBのアグレッシブな利上げによって、米国景気は腰折れしないでしょうか。以下に金利面から考察してみましょう。
米国の政策金利の中立水準は2%台半ばとみられています。中立水準とは、実際の政策金利がそれを下回れば景気を刺激し、逆に上回れば景気を抑制するような水準です。現在の政策金利は0.75%-1.00%なので、中立水準までにはまだ距離があります。仮にFRBがしばらく利上げを続けても、政策金利が中立水準を下回っている限りは、車に例えればアクセルを踏む力を弱める程度であり、ブレーキを踏むまでには至りません。
さて、4月のCPI(消費者物価指数)上昇率は前年比8.3%。景気に影響を与えるのは、名目金利ではなく、インフレ率を引いた実質金利との見方に立てば、現在の実質政策金利は大幅なマイナスであり、むしろアクセルを踏み込んでいる状態ととらえることもできます。
さすがに足もとの高インフレは徐々に鈍化するでしょう。より長い目では、インフレ連動国債利回りを実質金利と考えることができます。10年物インフレ連動国債利回りは26日時点で0.12%。コロナ・ショック以降はマイナス1.00%近辺での推移が長く、そこからかなり上昇してきました。ただし、コロナ・ショック以前と比べれば決して高いとは言えないでしょう。
米国経済の3分の2を占める個人消費のなかで、金利の影響を受けやすいのはローンを利用する自動車や住宅の購入でしょう。自動車販売台数はコロナ・ショックから持ち直した後に21年半ばに半導体不足で大きく落ち込みましたが、足もとで回復基調にあるようにみえます。
中古住宅販売件数(米国では住宅販売の中心)は2‐4月に3カ月連続で減少しており、やや気がかりです。ただし、それでも16‐19年の平均的な水準を上回っており、コロナ・ショック後の超低金利で吹き上がった分がなくなったという程度でしょう。
もちろん、株安が続いて、逆資産効果や企業や家計のマインド悪化が自己実現的に景気を落ち込ませるリスクは否定できません。ただ、それと同等かそれ以上に行き過ぎた不安心理がいずれ改善する可能性がありそうです。