個人事業主として開業したいと思ったら、まずは何をするべきなのでしょうか。法人ほど複雑ではないにせよ、個人事業主として開業する場合も、開業届の提出や各種の手続きが必要となります。
ここでは、個人事業主とはどのようなものか解説し、開業届の提出やその他の手続きはどのように行うのかをご紹介します。個人事業主になるための基本的な情報をまとめましたので、ぜひ参考にしてください。
■個人事業主とは何か?
<個人事業主の概念>
まず、個人事業主とは何なのか、その概念から確認してみましょう。個人事業主とは、文字通り、法人を設立せず、個人で事業を営む人のことです。
国税庁のウェブサイトでは、医師、弁護士、公認会計士、税理士のほか、小売業や卸売業、賃貸業や取引の仲介、運送、請負、加工、修繕、清掃、クリーニング、理美容などの業を営む人が、個人事業主の例として挙げられています。
しかし、これらに当てはまらない職種でも、法人以外で「反復」「継続」「独立」して仕事をしている場合は、個人事業主となります。
ここでいう反復とは、同じ仕事を繰り返し行うことを意味します。継続とは、一度きりではなく、その仕事をずっと行うことです。そして、独立とは、会社や団体などどこの組織にも所属していないことを指しています。
なお、個人事業主になるためには、税務署に「開業届」を提出しなければなりません。提出していなくても個人事業主を名乗ることは可能ですが、正式に認められるためには、やはり開業届を提出しておく必要があります。
ちなみに、個人事業主でも従業員を雇うことは可能です。従業員を雇っていても、法人化していない限り、原則として個人事業主として扱われることになります。
<フリーランスとの違い>
「フリーランス」も、個人事業主と同じような意味合いで使われることがあるでしょう。しかし、フリーランスは働き方を指し、個人事業主は税務上の区分であるため、実際には意味が異なります。
フリーランスとは、特定の会社や団体と雇用契約を結ばず、独立して仕事をする働き方です。案件ごとに契約し、自分の知識やスキルを活用して業務を行います。たとえば、ライターやイラストレーター、翻訳家、プログラマー、エンジニアなどの職種が代表的です。
一方、個人事業主とは税務上の所得区分のことで、先述の通り、法人を設立せず個人で事業を営む人です。つまり、たとえば個人で独立しているイラストレーターであれば、働き方としては「フリーランス」ですが、行政手続きの際には「個人事業主」という言い方をします。
ちなみに、フリーランスであっても、「一人会社(社長が一人で経営している会社)」を設立しているケースもあります。そのため、必ずしも「フリーランス=個人事業主」ではない点に注意しましょう。
■開業届の提出方法やその他の手続き
次に、個人事業主になるための手続きについて解説します。個人事業主となるために必要なのは、税務署へ「開業届」を提出することです。ただし、場合によってはほかにも行うべき手続きがありますので、一つずつ確認していきましょう。
<開業届>
個人事業主として活動を始めるには、まず、開業から1カ月以内に、開業届(個人事業の開業・廃業等届出書)を納税地の税務署に提出します。
開業届に記載する主な項目は、以下の通りです。
・氏名
・生年月日
・納税地
・個人番号(マイナンバー)
・職業
・屋号
・届出の区分(開業か廃業か)
・所得の種類(不動産、山林、事業(農業)所得)
・開業日
・青色申告の承認申請の有無
・消費税の課税事業者選択届出の有無
・事業の概要
・給与等の支払の状況
・源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請の有無
・給与支払を開始する年月日
このうち屋号については記載がなくても構いませんし、開業届を提出した後に屋号を付けても問題ありません。従業員を雇わない場合も、給与に関する項目は記載してなくて結構です。
開業届は税務署でもらえるほか、国税庁のウェブサイトからダウンロードすることもできます。提出方法は、税務署の窓口、税務署の時間外収受箱への投函、郵送の3通りです。
なお、補助金の申請等で必要となることがありますので、郵送で提出する場合は、開業届の控えを送ってもらうための返信用封筒を同封しましょう(返信用封筒には切手を貼ること。控えの返送が可能かどうか税務署に事前確認が必要)。税務署で提出する場合は、窓口で控えをもらうことができます。
税務署に直接出向いて提出する時は、マイナンバーカード(もしくはマイナンバーが確認できる書類と身元確認書類)とはんこを持参しましょう。時間外収受箱や郵送の場合は、マイナンバーカードの表面と裏面のコピーなどを所定の台紙(ダウンロード可)に貼り、押印も忘れないよう気を付けてください。
<事業開始等届出書>
「事業開始等届出書」とは、都道府県税事務所に個人事業の開業を申告するための書類です。
税務署への開業届とは別に、都道府県税事務所にも開業を申告する理由は、税金の種類と管轄の違いにあります。税金には国税と地方税があり、国税を管理するのが税務署で、地方税を管理するのが都道府県税事務所だからです。
なお、「事業開始等届出書」は自治体によって名称がまちまちです。提出先や提出期限、書類の入手方法など詳細もそれぞれ違いますので、都道府県税事務所に問い合わせるなどして確認してみましょう。
また、開業届、事業開始等届出書ともに、提出しないことによる罰則はありません。しかし、特に開業届は、提出することで青色申告特別控除が受けられるなどのメリットもありますので、届け出ておきましょう。
<青色申告承認申請書>
「青色申告承認申請書(所得税の青色申告承認申請書)」を提出すれば、青色申告特別控除を受けることができます。青色申告特別控除では、最大65万円の控除が可能となるため、節税に役立つというメリットがあります。
青色申告承認申請書は税務署に提出しますが、申請書を受理してもらうためには、開業届の届出が必須です。もしくは、青色申告承認申請書を開業届と同時に提出しましょう。
提出期限は、申告する年の3月15日です。ただし、その年の1月16日以後に新たに事業を始めた場合は、事業開始から2カ月以内に提出します。提出期限を過ぎてしまうと、その年は自動的に白色申告事業者となりますので、気を付けましょう。
なお、65万円の控除を受けるためには、複式簿記で記帳した帳簿と貸借対照表・損益計算書を用意し、e-Taxによる電子申告か、電子帳簿保存が必要です。これらの条件を満たせないと、控除額は最大55万円となります。
<青色事業専従者給与に関する届出書>
事業を配偶者や親族に手伝ってもらう場合は、「青色事業専従者給与に関する届出書」を税務署に提出しましょう。
通常、事業を手伝う配偶者や親族など家族従業員に支払う給与は、そのままでは経費にすることはできません。
しかし、「青色事業専従者給与に関する届出書」を税務署に提出すると、家族従業員に対して支払う給与を青色申告で経費として計上することができるようになり、節税効果が見込めます。
この届出書が受理されるには、青色申告承認申請書を提出していることが前提となります。
<源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書>
従業員を雇用するなら、税務署に「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出しておくといいでしょう。
源泉徴収税は、本来なら翌月10日までに納付しなければなりません。しかし、この申請書を提出すれば、従業員10人未満の小規模な会社であれば半年ごとの納付に変更することができます。
<社会保険の手続き>
同じく従業員を雇う場合は、労働保険(労災保険と雇用保険)に加入する必要があります。提出する書類とその提出先は、以下の通りです。
・労働基準監督署…労働保険関係成立届、労働保険概算保険料申告書
・公共職業安定所…雇用保険適用事業所設置届、雇用保険被保険者資格取得届
また、原則として、常時5人以上の従業員を雇う場合は、健康保険(協会けんぽ)と厚生年金に加入する義務が生じます。その際は、年金事務所に「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」また、事業主の世帯全員の「住民票」などを提出します。
<給与支払事務所等の開設届出書>
青色事業専従者も含め、初めて従業員を雇用し給与を支払う場合、この届出書を税務署に提出します。提出期限は、従業員を雇用してから1カ月以内です。
<国民健康保険、国民年金への加入>
会社員を辞めて個人事業主になったら、退職から14日以内に、国民健康保険と国民年金へ加入しましょう。
ただし、健康保険については、会社で加入していたものを「任意継続」することも可能です。任意継続を利用するには、退職後20日以内の手続きが必要で、2年間は入り続けることが原則でした。しかし、2022年1月からは2年という条件がなくなり、国保に移る時期を自由に決められるよう変更されています。
<小規模企業共済>
小規模企業共済とは、個人事業主や小規模企業の経営者が加入できる共済制度です。廃業時に共済金を受け取れ、退職金のように活用することができます。
掛金の全額を所得控除できるなどのメリットがありますが、240カ月(20年)未満で任意解約した場合、受け取る解約手当金は支払った掛金の合計額を下回る点には注意が必要です。
また、個人事業主になり厚生年金から国民年金に切り替わると、将来受け取る年金が手薄になります。個人型確定拠出年金(iDeCo)など、自分で年金を備えられる制度も検討するといいでしょう。
■自分に必要な手続きを確認しよう
個人事業主は、法人の設立と比べれば、はるかに簡単な手続きで済んでしまいます。しかし、特に従業員を雇用する場合などは、それなりに提出書類が必要であることを頭に入れておきましょう。
多くの人にとっては、まずは「開業届」、そして、青色申告特別控除を受けるための「青色申告承認申請書」の2つは最低限、提出することになるでしょう。そのほか、必要な手続きをしっかり確認し、後から困ることのないよう準備しておくことが大切です。