稀少RIリングは、磁場や静電場内に荷電粒子(電子や陽子、重イオン、分子イオン、クラスターイオンなど)を回し続けるための円形状の蓄積リングと呼ばれる装置の一種である。
蓄積リングを用いた従来型の質量測定法には、測定時間が1秒を超える場合や、RIビームファクトリーのようなサイクロトロン加速器施設には適用できないという短所があったが、今回確立された超高速質量測定法では、サイクロトロン加速器で生成される特定の時間構造を持たず、ランダムに飛来する不安定核ビームに対して、質量を1ミリ秒以下で決定できるという優れた点を有しているところが特徴となっている。従来の1000倍の短時間で質量を決定できるのであれば、124Pdから中性子数82の128Pdの辺りまでは寿命が40~60ミリ秒などの質量測定も原理的には可能ということになる。
稀少RIリングは、超高速質量測定に必要な「等時性」環境を広いエネルギー範囲で作ることが可能だという。等時性とは、粒子がリングを1周するのにかかる時間が、粒子の持つエネルギーによらずに質量だけに依存するという性質である。大まかにいうと、粒子がリングの回りを1周するコースが、内側、中央、外側の3つのラインがあったとする。粒子が同じ質量だった場合、リングの内側のラインを回る粒子の速度は中央よりも若干遅く、外側は反対に中央よりも若干速いという具合で、3つのラインのどれで飛んでも、結局は中央と同じ時間、ということになるとされている。
「等時性質量測定」はこの性質を利用した手法で、従来型の蓄積リングを用いた質量測定で必要だった長時間のビーム冷却がいらなくなったため、極めて短時間で質量を決定することが可能となった。実際には、粒子(RI)をリング内で約2000周飛行させ、粒子の種類による周回時間の差(ズレ)から粒子の質量が決定された。2000周もするのにかかる時間は約0.7ミリ秒であり、これがより正確な測定時間となるという。
また等時性に加え、「個別入射法」の確立も超高速質量測定の実現には必須だったとする。RIビームファクトリーの大強度重イオンビームを用いたとしても、r過程核は極めて希にしか生成されない。極めて希というのは1分間に1個以下、最も稀少な核では1日に1個程度の頻度でしか生成されないという。さらに、生成のタイミングは確率的に決まるため、いつ生成されるかを事前に予測することも不可能だとする。
従来型の蓄積リングでは、粒子が入射するタイミングを事前に決めておく必要があったことから、従来型の質量測定法をRIビームファクトリーの重イオンビームに効率的に適用することはできなかった。今回、この困難を乗り越えるため、RIを1個ずつ識別しながらリングに入射する方式の個別入射法が開発された。
その仕組みは、まずRIビームファクトリーの主加速器である超伝導リングサイクロトロン(SRC)からの重イオンビームと生成標的との反応により、r過程核を含む大量の同位体がランダムに生成されるところから始まる。
その粒子群から超伝導RIビーム分離発生装置BigRIPSを用いて、研究対象粒子の周辺同位体だけを分離・選択。その後、生成標的の約30m下流に置かれた粒子検出器により、到達した粒子が研究対象粒子かどうかの識別が行われる。
識別された粒子は光速の55%の速度で飛行し、約1マイクロ秒後に稀少RIリングの粒子入射システム(キッカーシステム)に到達。粒子入射システムは、到達した粒子が稀少RIリングの安定軌道に入るように飛行方向を変える役割を果たす。
一方、粒子検出器からの識別信号は光速の95%で伝送できる同軸管を用いて、0.5マイクロ秒で粒子入射システムまで伝送される。つまり、粒子入射システムは粒子飛行時間の約1マイクロ秒から信号伝送にかかる時間の0.5マイクロ秒を差し引いた0.5マイクロ秒弱で動作する。この粒子入射システムの実現により、ランダムに飛来する稀少粒子を検出器で選別した上で、粒子自身のタイミングで稀少RIリングに入射させることが可能になったという。
実験では、SRCで光速の70%まで加速させたウランのビームをベリリウム標的に衝突させ、生成された166個の123Pdを稀少RIリングに入射し、100万分の1以下の精度でその質量を決定することに成功したとする。
太陽系で観測されている組成の再現に成功
そして、得られた123Pd核の質量が重元素合成に与える影響の調査が行われた。宇宙物理学計算を用いて、r過程が起こるとされる中性子星合体現象内部のさまざまな環境に対してコンピュータ・シミュレーションが行われ、r過程核が中性子を捕える確率やベータ崩壊後の中性子を放出する確率など、r過程を支配する量に対する123Pd核質量の影響が定量化された。
その結果、質量数122の元素が質量数123の元素に比べて過剰に生成されるという、太陽系で観測されている組成を再現することができたとする。
なお、今回123Pd核が選ばれた理由は2つある。まず、r過程の研究において、調べるべき重要な原子がある程度決まっており、1つは原子番号40番台半ばから50番台にかけての元素で、もう1つは原子番号82の鉛(Pb)の少し下、原子番号70~80辺りの元素が重要だという。これらの中で、パラジウムは現時点で最も軽いのでr過程核を作りやすかったことから選ばれたとした。
また、研究チームによると今回の研究成果により、稀少同位体である123Pd核の質量が決定されたことで、宇宙における重元素合成の理解が大きく進むことになるとするほか、稀少RIリングを用いた超高速質量測定法が極短寿命なr過程核に対し、極めて有効であることも示されたという。
r過程に関与する同位体は数百種類を大きく超え、その性質は宇宙での重元素の成り立ちを理解する上で重要だとする。今回確立された超高速質量測定法は、RIビームファクトリーにおける稀少同位体質量測定の新時代を開くものであり、今後、r過程の理解に大きく貢献するものと期待できるとしている。
ちなみに、今回の研究施設はその一部をSRCやBigRIPSなど共有しているが、119番以降の新元素探索の研究とは方向性が異なるので、直接は関係ないとする。ただし、119番以降の新元素探索においては、「安定の島」探しが重要視されており、α崩壊をしないような超重元素の重さを計測するのに、今回開発された技術は重要になるだろうとしている。