多くの経験を積んできた中堅社員やベテラン社員ならともかく、まだ経験の浅い若手ビジネスパーソンの場合、重要な商談やプレゼンといった場に臨むときにはどうしても「緊張」しがちです。

緊張のために思うような結果を残せず、商談やプレゼンに苦手意識を持ってしまったという人もいるかもしれません。なぜわたしたちは緊張してしまうのでしょうか。緊張にうまく対処するための方法を、最新刊『自己肯定感が高まる うつ感情のトリセツ』(きずな出版)を上梓したばかりの心理カウンセラー・中島輝さんに聞きました。

■緊張に対する人間の行動は3パターン

——そもそもの話になりますが、「緊張」とはどういうものですか?
中島 緊張というと、一般的には「心」の状態をイメージすることが多いと思いますが、もちろん「体」も緊張します。たとえば、足がつるのは、極度の負荷などによって筋肉がこわばって緊張状態に置かれることが主な原因です。極度の負荷ですから、これは「想定外の負荷」といい換えてもいいかもしれませんね。

そして、体の場合と同じように、心にとっての「想定外の負荷」を課せられた場合に心が緊張するのです。たとえば自動車事故に遭うようなことは、まさに想定外のことでしょう。そういう状況に置かれると、心はもっとも強い緊張状態ともいえるパニック状態に陥ることもあります。あるいは、資格試験会場に向かっているときになんらかの原因で乗車中の電車が遅延しまったというようなことも想定外のことです。そういうときも、パニック状態とまではいいませんが、やはり心は緊張します。

——心が緊張すると、わたしたちはどのようにその緊張に対処しているのでしょうか。
中島 心理学においては、3つのパターンがあるとされています。それは、「固まる(Freeze)」「逃走(Flight)」「闘争(Fight)」の3つ。「固まる」というのは、「もう無理」というふうにものごとを投げ出してしまうような状態です。寝坊してしまって、これからどれだけ急いでも出勤時間に間に合わないというようなときに、そんな状態になってしまったという経験がある人も多いのではないですか?(笑)。

——ありますね。最初は「やばい!」と思って緊張しても、「もうあきらめてゆっくりコーヒーでも淹れちゃおう」みたいな。
中島 「ゆっくりシャワーでも浴びちゃおう」とか(笑)。本当ならロジカルにいち早く状況を分析し、適切な行動をとらなければならないところですが、心が固まってしまって行動もできなくなるというわけです。

——残るふたつの「逃走」「闘争」はどういうものでしょう?
中島 これらは、いまいったところのロジカルに状況を分析した結果の適切な行動といえます。現代社会ではなかなかないことですが、たとえば突然猛獣に出くわしたとします。まさに心には想定外の負荷がかかります。そこで固まってしまったとしたら、自分を死に限りなく近づけてしまうことになるでしょう。

でも、状況を分析した結果、「この猛獣とは闘っても勝てない」「こういうルートを使えば逃げられる」と判断すれば逃走、すなわち逃げることを選択します。あるいは、「この猛獣は足も早そうだし逃げるのは難しい」「だったら闘うしかない」と判断すれば闘争、すなわち闘うことを選択するでしょう。

■緊張があるからこそ、パフォーマンスを発揮できる

——そうであれば、緊張への対処としてはやはり「固まる」ことがNGということになりますよね?
中島 そうなります。固まってしまってはなにも行動できなくなってしまうのですから、先の猛獣の例ではありませんが、待っているのは「悪い結果」だけです。ただ、場合によっては「逃走」も好ましいものではありません。

——どういうことでしょう?
中島 猛獣と出くわしたのであれば逃走してもいいのですが、社会人にとっては逃げてはいけない緊張する場というものもたくさんあるからです。緊張するからといって、重要な商談やプレゼンの場から逃げ出すわけにはいかないでしょう? ですから、やはり緊張に対して闘うという選択をするのがベストだと考えます。

——では、その緊張と闘う方法を教えてください。
中島 そのためには、緊張が持つ働きを知ってほしいと思います。緊張というものが人間に備わっている以上、それには大切な働きがあるのです。その働きとは、場合によってはその人が本来持っている以上のパフォーマンスを発揮させるというものです。

スポーツなどでは、「緊張感を持って臨め」なんてことをよくいいますよね。それも、本来のパフォーマンスを緊張が発揮させてくれるからです。どんなに優れたアスリートでも、重要な本番の場を迎えているのに「どうでもいいや」とまったく緊張していなかったとしたら、せっかくの高いパフォーマンスを発揮することはできません。

つまり、緊張するのは、「どうでもいいや」ではなく「ものごとに真剣に取り組む」力を持っていることの証ともいえます。このことを知れば、大事な商談やプレゼンを前に緊張していたとしても、「緊張しているのは、自分が仕事に真剣に取り組んでいるからなんだ!」「そして、この緊張がパフォーマンスを上げてくれるんだ!」と思えて、緊張をうまく力に変えられるはずです。

■「手のひらに『人』という字を3回書いて飲み込む」も効果あり?

中島 また、「緊張している自分を許容してあげる」ことも、緊張とうまくつき合っていくコツです。

——それはなぜですか?
中島 そうすることで、緊張し過ぎている自分を「手放す」ことができるからです。たしかに一定程度の緊張はパフォーマンスを発揮するために欠かせないものです。でも、交通事故に遭ったときのパニック状態の話ではありませんが、やはり過剰に緊張してしまってはパフォーマンスを発揮することはできません。

そこで、緊張している自分を許容してあげることを考えてほしいのです。そのためには、緊張している自分を見下ろすように客観視するイメージを持ちましょう。そして、「あ、自分はいまとても緊張している」と自覚するのです。

そのような客観視できている状態は、強い緊張にただ身を任せている状態とはまったく異なります。緊張している自分を客観視し、そしてそんな自分を許すことで「とても緊張している自分」とのあいだには心理的な距離が生まれます。そうすると、緊張の度合いがパフォーマンスを発揮するために適切なレベルにまで低減してくれるでしょう。

あるいは、むかしながらの「手のひらに『人』という字を3回書いて飲み込む」というおまじないをしてみてもいいと思います。

——有名なおまじないですが、それには本当に効果があるのですか…?
中島 これはいまの話にまさに直結しています。緊張が生む「怖い」「不安」といった感情に飲み込まれてしまっては、緊張している状態にありながら冷静に自分を客観視することなどできません。これは、感情を司る右脳ばかりを使っている状態。ですから、右脳ではなく論理的思考を司る左脳を意図的に働かせて、右脳と左脳のバランスをとることが大切です。

そして、左脳が司る論理的思考には、言語を使った思考も含まれます。そのため、「人」という字を書くたびに左脳を働かせることになり、結果として冷静に自分を客観視できるようになるというロジックです。むかしながらのおまじないには、現代の科学をもって分析してみると論理的に説明できるというものも多いものですよ。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/川しまゆうこ