フィアットの人気者「500」(チンクエチェント)が電気自動車(EV)となって登場した。同社初のEVとなる「500e」だ。見た目も走りも個性が際立っていた500だが、電気で動く新顔はがらりとイメージを変えたのか、それとも持ち味を継承したのか。早速試乗してきた。
日本で唯一の5ナンバーサイズEV
イタリア最大の自動車メーカーであるフィアットが初の電気自動車(EV)「フィアット 500e」(チンクエチェントイー)を発売した。「500」はイタリア語で数字の500を意味する「チンクエチェント」の愛称で日本でも親しまれ、老若男女を問わず愛好者が存在する。本来はイタリアで庶民の足となる廉価な車種だが、「アバルト」という高性能仕様も存在するなど選択肢は幅広い。そんな500の新型は全てEVになる。フィアットの大きな決断だ。
500eは新設計で、長く親しまれた500の愛嬌を湛えた姿をEVならではの造形に進化させている。EVになっても、親しみやすい外観は継承されていると感じた。車体寸法は路地の残るイタリアでも使いやすいサイズ。5ナンバー規格に収まるので、日本でも扱いやすいはずだ。
実は日本には、ほかに5ナンバーのEVが存在しない。この先、日産自動車と三菱自動車工業が軽自動車のEVを発売する予定だが、多くの人に使い勝手のよさを提供するEVとして、500eは軽EVに次ぐ存在として注目すべき1台だ。
500eは「ポップ」「アイコン」「オープン」の3グレードから選べる。標準の3ドアハッチバック2車種とキャンバスルーフを大きく開けられるカブリオレだ。価格は廉価車種といえるポップが450万円、上の車格となるアイコンが485万円、カブリオレが495万円。既存のエンジン車が236~300万円なので1.5倍以上、廉価車種比較では2倍近い開きとなる。エンジン車時代の高性能仕様であるアバルトでも、400万円を切る価格だった。
ガソリン車とEVの価格帯の違いを考えると、ステランティスは500eの顧客が、これまでとはやや違った消費者になるのではないかと見ているようだ。
とはいえ、500eを購入する場合は補助金の対象となり、65万円が割り当てられることになるため、ポップであれば価格は400万円を切ることになる。
500は乗って楽しいクルマでもあった。EVになって、乗り味はどう変わったのか。500eのアイコンとカブリオレに早速試乗してきた。
対面した500eはこれまで通り、見ていると笑みがこぼれてしまうような愛らしい姿で、すぐに親しみを感じた。早く運転してみたいという気持ちになるクルマだ。
動力性能はどのグレードも同じ。最高出力87kW(118馬力)はエンジン車に比べ高性能だ。車体重量はエンジン車が1トン前後であるのに対し、500eは1.3トンを超えるものの、モーターはトルクが大きいので問題ないはずだ。
車載のリチウムイオンバッテリーは総電力量42kWh。日産「リーフ」の標準車と同等の水準なので、十分な容量といえる。一充電走行距離は335km(WLTCモード)。これも日常的な使い方なら全く問題ないし、たとえ遠出をするとしても、途中で1回急速充電すれば心配ないだろう。
イグニッションスイッチを入れ、ダッシュボード中央に設置されたシフトボタンの「D」を押せば走りだせる。走行モードには「ノーマル」「レンジ」「シェルパ」という3つの選択肢がある。
「ノーマル」は今まで通りの運転の仕方で、モーター特有の滑らかな走りを体感できる。回生の効きはそれほど強くなく、流れに乗って巡行する感覚だ。
「レンジ」は回生を積極的に使う制御が入っており、いわゆるアクセルの「ワンペダル操作」ができる。アクセルペダルを戻していくとクルマを停止させることも可能。アクセルから足を離してもブレーキホールドで停止し続けるので、ブレーキペダルをほとんど操作しない文字通りのワンペダル運転ができる。これが実に便利だ。回生の効き具合もほどよく、私は個人的に、市街地から高速までレンジモードで堪能し、満足を得た。
「シェルパ」は省エネルギーに徹するモードだ。アクセル操作への応答やシートヒーターの停止など、電力消費をできるだけ抑える。例えばバッテリー残量が少なくなって、充電拠点までの距離が不安な場合などに役立つ。このモードでもワンペダル操作が可能。最高速度は時速80キロ程度に抑えられる。したがって、高速道路を走行する際には選択しないよう注意が必要だ。欧州には郊外の道路でも時速80キロで走れるところがあるので、そこで不自由しないモードでもある。
クルマとしての走行感覚は、前輪駆動の500と同じくキビキビとして俊敏。元気いっぱいに駆け回る愉快さにモータートルクによる瞬発力が加わり、「フィアット500」ならではの喜びを味わえる。こんなに楽しいEVがあるのかと感動してしまうほどの運転感覚だ。
そのうえで、EVならではのシフトスイッチの割り切りやシートヒーターの設定(ただし、ポップには装備がない)、モード選択による明確な走行感覚の違いなど、EVを好む人が求める性能や装備は抜かりなく設定している。かなり充実した内容だ。
あえていえばタイヤが偏平な寸法(アイコンとカブリオレは17インチ)なので、少なくともポップの寸法(16インチ)のほうが、よりしなやかで快適な走行感覚になるのではないかと想像する。偏平タイヤによるゴツゴツとした乗り味はエンジン車時代の産物であり、モーターによる瞬発力や滑らかな加速、そして静粛性の高い快適さといったEVならではの特性には、しなやかな乗り心地が適していると考える。
とはいえ500eは、次世代の500をEVに絞るというフィアットの決断が背景にあるだけに、EVのよさを存分にいかした1台に仕上がっている。エンジン車を愛用してきた人を失望させることは、おそらくないだろう。
急速充電については「CCS」という欧米仕様で、日本のCHAdeMOには専用のアダプターでつなげる。これは輸入車として初の試みだ。特に支障なく全国で急速充電がこなせるのか、そこは今後の動向を見守りたい。