近畿日本鉄道の新たな観光特急「あをによし」が4月29日にデビュー。地元利用者や鉄道ファンらの注目を集めている。近鉄の数ある観光列車の中で、「あおによし」は同社が培った観光列車づくりの技やアイデアが結集した車両といえる。
観光特急「あをによし」は大阪難波~近鉄奈良~京都間で運行予定。列車名に採用された「あをによし」という言葉は、万葉集などで「奈良」にかかる枕詞として用いられ、平城京の華々しい様子を表していたという。日本屈指の世界遺産や国宝建造物を有する奈良を象徴する観光特急になることを願い、命名された。
車両は新造ではなく、12200系1編成(12256編成)を改造した。12200系は1969(昭和44)年にデビューし、約50年間にわたって汎用特急車両として活躍。昨年11月のラストランをもって引退した。
「あをによし」に改造された編成は1974(昭和49)年の製造。1975(昭和50)年、1号車(改造後の19301号車)に英国のエリザベス女王が乗車した歴史を持つ。編成は4両からなり、1・3・4号車は横2列(1列+1列)のツインシート、2号車が3~4名利用のサロンシートとなっている。2号車に軽食・飲料等を提供する販売カウンターを設置した。
4月29日以降のダイヤは、原則として木曜日を除く毎日運行となる(5月第1・2週は木曜日も運行)。1日6便を設定し、朝夕の第1・6便は大阪難波~近鉄奈良~京都間を往復。第2~5便は京都~近鉄奈良間を往復する。乗車の際、乗車券・特急券の他に特別車両券が必要になる。参考までに、ツインシートを2名、サロンシートを3名または4名で利用する場合、料金は大人1名あたり大阪難波~京都間1,960円、京都~近鉄奈良間1,370円となる。
■12200系の面影を残しつつ、紫色が目立つ外観
筆者は4月16日に行われた「あをによし」の試乗会と、4月17日に宮津車庫で開催された「あをによし」の撮影会を取材。試乗会で車内を見学し、撮影会で外観を撮影した。「あをによし」の外観は、12200系の面影を色濃く残しており、とくに1・2・4号車側面扉の折り戸や、側面の行先方向幕に懐かしさがこみ上げてきた。
一方、塗装は大きく様変わりし、「紫檀(したん)メタリック」と呼ばれるカラーリングが基調となっている。天平時代に高貴な色とされ、聖徳太子が制定した「冠位十二階」の最高位を表す紫色をメインカラーに採用。2020年デビューの名阪特急「ひのとり」と同じくメタリック塗装となり、抜群の存在感を持った車両となった。
前面のエンブレムは、天平文様にも使われた幸せのシンボル「花喰い鳥(はなくいどり)」を参考にしたとのこと。国鉄時代の特急列車に掲げられた逆三角形のマークのように、前面を引き締める。
側面は「紫檀メタリック」を基調としながらも、正倉院の宝物をイメージしたラッピングが目立つ。中国を感じさせる装飾により、「和」をメインとしつつもインターナショナルな雰囲気を感じさせる車両に仕上がった点が興味深い。2号車に設置した横2m・縦1.2mの大型窓もよく目立つ。
全体的な印象として、12200系の雰囲気を残しつつ、「あをによし」のイメージを強く印象づける外観に仕上がったと感じる。その一方で、改造車ということもあり、近鉄南大阪線・吉野線で活躍する観光特急「青の交響曲(シンフォニー)」に似ているとの印象も持った。
■車内はまるで「走る正倉院」
車内については、かつての12200系とまったく異なる雰囲気と言っていい。乗車した瞬間、古都・奈良を旅しているような感覚を味わえるように、内装は「和」を中心としたデザインとなっている。正倉院宝物にも使用された天平文様を各所に散りばめた。
ツインシートは1・3・4号車とも向かい合わせタイプと窓向きタイプの2種類のシートを用意。大阪難波~近鉄奈良~京都間の便は近鉄奈良駅で方向転換するが、シートを転換する必要はない。シート配置を考える際、方向転換の作業を省くことが至上命題だったという。
実際にシートに座ると、後ろから包み込むような安心感がある。シートは家具メーカーの特注とされ、シートのつくりは全席バックシェルが特徴となった「ひのとり」のシートを想起させる。座面の硬さもちょうど良いと感じた。調整を繰り返したとのことだが、リクライニングシートでなくても大阪難波~京都間約90分の旅路を快適に過ごすことができるだろう。
窓向きシートにあるテーブルの角度は45度に調整。設計上の限界値と、2人が座った際の足もとのスペースから割り出された数値とのことだ。
シートから見渡すと、荷物棚の上の装飾された天井に目が止まった。正倉院宝物からヒントを得たオリジナルデザインだという。照明も正倉院を意識しており、まさしく「走る正倉院宝物」と表現してもいいだろう。
2号車のサロンシートは3名または4名で利用可能。パーテーションで仕切られた半個室となっており、シートに座ると想像以上に空間的なゆとりを感じさせる。ゆとりをもたらしている一因として、シートの背が低い点にある。横2m、縦1.2mの大型窓も、ギリギリまで位置を低くし、より迫力ある眺望が楽しめるように工夫している。その他、さりげなくスーツケースを置けるスペースを用意するなど、細かな配慮に余念がない。このあたりは特急列車・観光列車を導入し続けてきた近鉄の経験が生きているのだろう。
同じく2号車に設置された販売カウンターでは、「まほろば大仏プリン」(スタンダード)や「大和醸造クラフトビール」(生樽)など、沿線にちなんだ軽食やドリンクを購入でき、各座席で楽しめるようになっている。販売カウンターは正倉院の校倉造(あぜくらづくり)を意識したという。照明灯のデザインも相まってレトロモダンな印象を受けた。
4号車のライブラリーでは、沿線地域に関する書籍等が並んでいる。トイレに隣接する洗面台の手洗い鉢に信楽焼を採用した点も興味深い。
ところで、近鉄が4月15日に発表した「運賃改定の申請について」の補足説明資料によると、輸送密度(千人/キロ・日)は2018年度の「59」から、2020年度はコロナ禍の影響もあって「39」に落ち込んだという。近鉄沿線では、生産年齢人口の減少も見込まれることから、乗ること自体が目的となるような新たな需要の創出は急務といえる。
観光特急「あをによし」は、近鉄の新たな需要を掘り起こすトップバッターとして活躍できるのか。今後のインバウンド復活による外国人観光客の利用も期待しつつ、「あをによし」のデビュー後の活躍に注目したい。