4月となり、新社会人のみなさんは多くの「はじめて」を経験しているはずです。なかでも、学生時代まではほとんど触れることのなかった「ビジネスマナー」については戸惑っている人も多いと思われます。
ビジネスマナーに関して、社内の先輩や上司、社外の人たちはどこを見ているのでしょうか。書籍『ビジネスマナーと仕事の基本ゆる図鑑』(宝島社)を監修したクロネコキューブ株式会社代表取締役の岡田充弘さんに、「本当のビジネスマナー」とはなにかを聞きました。
■徐々にカジュアル化しているビジネスマナー
いま、日本におけるビジネスマナーは徐々に変わりつつあると感じています。わたし自身も、日系企業に勤めていた若い頃には、名刺交換の仕方から会食における振る舞いなど、ビジネスマナーについて徹底的に指導されました。いわゆる「お作法」ともいうべき所作を教え込まれたのです。
でも、そのあとで外資系企業に勤めるようになると、日本の企業のようにビジネスマナーについて「ああしろこうしろ」と厳しくいわれることはなくなりました。外資系企業では、そういったお作法などよりも仕事の中身そのものにフォーカスしているからでしょう。
たとえば会議をするにも、日系企業では立場による席の場所だとか発言の仕方というふうにマナーと呼ばれるものがいくつも存在します。でも、会議そのものの目的はマナーを守ることではありません。会議にはなんらかの議題があり、その議題に沿ったアウトプットを参加者の人たちに向けて行うことこそが会議の目的ですよね。
そして、スピーディーにその目的を果たせさえすれば、仮に日系企業ではマナー違反といわれるようなことをしていたとしても、少なくともわたしが勤めていた外資系企業では会議の場にいる上層部の人たちもあれやこれやと文句をいってくるようなことはありませんでした。むしろ、会議をスムーズに進めたことでよろこばれたくらいです。
いま、そういう流れは日本の企業にも及びつつあるように思います。もちろん日本の企業のなかにはいまでもいわゆる体育会系の雰囲気が強く残っていてビジネスマナーに厳しい会社もありますが、全体的に見ると徐々に外資系企業寄りというか、ビジネスマナーに関してカジュアルなスタンスになってきているように感じています。
■マナーの本質とは「相手に対するリスペクト」
もちろん、カジュアルになってきているとはいえ、それこそ敬語を使うべき相手に対していわゆるタメ口を使ってしまうようなことは論外です。でも、それはわざわざいうまでもない当然のこと。なぜなら、敬語を使うべき相手に対してタメ口を使うことは、「相手に対するリスペクト」を欠く行為だからです。
わたしは、マナーの本質とは「相手に対するリスペクト」なのだと考えています。そのリスペクトがかたちとして「こうすべき」という所作になったものが、いわゆるマナーなのでしょう。
ですから、たとえ言葉遣いや所作はきちんとしていても、肝心の相手に対するリスペクトが欠けていれば、場合によってはマナー違反といえることもあるかもしれません。
社外の人に電話をかけるケースを考えてみましょう。先方の会社に電話をすると、電話に出てくれた人が、あなたが話したい相手に取り次いでくれます。そのとき、「いつもお世話になっております。株式会社〇〇の△△と申します。□□様はいらっしゃいますか?」と、ただ敬語を使っていればよいかというと、わたしはそうは思いません。
こちらが電話をしたことで、電話対応してくれた人の時間を奪うことになるからです。そう考えれば、そのことについて「お忙しいなか、たいへん恐縮です」というふうに「申し訳ない」という気持ちをしっかり伝えるべきでしょう。
その際、敬語や日本語が多少間違っていてもいいと思うのです。ただ綺麗な言葉を使うことなどより、「申し訳ない」という気持ちを持って相手を配慮することのほうがよほど大切ですし、その気持ちは相手にも必ず伝わります。わたしは、そのような相手に対するリスペクトや配慮をかたちにして表明することこそが、本当の意味でのマナーなのだととらえています。
■これからのビジネスマナーに求められる柔軟性
つまり、ビジネスマナーがカジュアル寄りに変化しているなか、ただ決まり切ったルールのようにマナーをとらえるのではなく、ケース・バイ・ケースで考える柔軟性が必要となってくるのだと思います。
一例を挙げれば、服装についても柔軟性を持って考えるべきでしょう。男性の場合ならやはりまだまだスーツが基本だという会社も多いと思いますが、ビジネスカジュアルというスタイルも一般化してきました。
そのように自由度が高まるなかで、相手に合わせて自分なりにどういう服装が最適なのかと考えるかということが大切ではないでしょうか。
この記事の取材現場には、わたしは黒のカットソーにジャケットという服装で伺いました。仕事の場ということを考えると、本来ならやはりスーツを着るべきだったのかもしれません。
でも、取材現場にいらっしゃるライターさんもカメラマンさんもクリエイティブ職の人たちですし、わたし自身も「謎解きゲームイベント」を企画制作するというクリエイティブな仕事に携わっていますから、「わたしはこういう人間なんです」という自己紹介をする意味でも、スーツではなくジャケットスタイルが適していると判断したのです。
■場合によっては約束の時間より早く訪ねてもいい?
もちろん、そのように柔軟性を持って考えるには、基本というものを知っておく必要もあります。そのために、いわゆるマナー本にひととおり目を通しておくようなことも大切でしょう。
そのうえで、それらのマナーを絶対に破ってはいけないルールのように考えるのではなく、ビジネスマナーがカジュアル寄りに変化していくなかで、実践を通じて柔軟性を持ってほしいのです。
社外の人を訪問するケースでいえば、時間厳守というのは当然のマナーです。遅刻は当然ながら厳禁ですが、訪問が早過ぎてもよくありません。14時から打ち合わせのために訪問のアポイントをしているというケースで、10分早く到着してそのまま相手を訪ねてしまったとします。
でも、相手はもしかしたら13:50まで別の予定を入れているかもしれませんよね? そのあとの10分で休憩を兼ねて14時からの打ち合わせの最終準備をするつもりということもあるでしょう。それなのに、10分前に訪問されてしまっては休憩も準備もすることができません。
しかし、それもやはりケース・バイ・ケースです。ふだんから関係性を深めていてざっくばらんに冗談をいい合えるような相手だったらどうですか? そういう相手にだったら、「前の予定が早く終わったので、ご迷惑でなければ予定の10分前に伺ってもいいですか?」と電話で聞いてみることもできるでしょう。
場合によっては、「ちょうどこちらも中途半端に時間が空いてしまったので、早めにやっちゃいましょうか」「むしろ無駄な待ち時間がなくなってありがたいですよ」なんてことをいってもらえるかもしれません。そうして、その相手との関係性をより深めることにつながるとも考えられます。
基本のマナーはしっかり押さえつつ、柔軟性を持って考える—。そのようにビジネスマナーをとらえてほしいと思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人