マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の「イールドカーブ」について解説していただきます。


現在、金融市場で話題になっているのが、米国のイールドカーブが逆転しそうだ、あるいは一時的に逆転したということです。イールドカーブの逆転はリセッション(景気後退)の前兆とされているからです。どういうことでしょうか。

イールドカーブとは?

まず、イールドカーブとは債券の利回り曲線のこと。縦軸に利回り、横軸に期間をプロットしてつないだものです。通常は国債利回り(市場金利とも呼びます)を用います。

  • イールドカーブ(利回り曲線)のイメージ

イールドカーブは通常、緩やかな右肩上がりとなります。資金を固定する期間が長いほど高い利回りを要求されるからです。普通預金より定期預金の方が金利は高いのと同じ理屈です(今の日本では金利はほとんど付きませんが・・)。

国債利回りは、該当する期間における短期金利(主に中央銀行がコントロールする政策金利)の市場予想を反映するという性質もあります(金融市場の参加者は各自で予想を立てますが、その中の中心的な予想を市場予想と呼びます)。

イールドカーブの形状変化

例えば、政策金利が10年間据え置かれると多くの市場参加者が予想すれば、イールドカーブはほぼフラットで、緩やかな右上がりとなります。中央銀行が利上げを続けると予想されれば、イールドカーブは上方にシフトします。また、中央銀行が利下げに踏み切るだろうと予想されれば、イールドカーブは右肩上がりから徐々にフラット(平坦)になり、利下げを続けると予想されれば、右肩下がりへと変化します。そして、利下げが打ち止められる時には緩やかな右肩上がりとなります(下図)。

市場予想の変化は期間の長いところから反映され始める傾向があります。例えば、景気の状況がなんとなく悪くなってきたようにみえるから、すぐにではないけど次の一手は利下げになりそうだと市場参加者が考え始めれば、長期の利回りから下がり始めるということです。

  • イールドカーブの形状変化

イールドカーブの逆転とは?

さて、イールドカーブの形状は様々に変化する可能性がありますが、簡便的には長短金利差でその形状を表すことができます。候補はいくつかありますが、2年物国債利回りを短期金利、10年物国債利回りを長期金利とするのが一般的です。そして、長期金利から短期金利を引いた長短金利差が拡大すれば、イールドカーブは右肩上がりが急になっています(スティープニングと呼びます)。逆に長短金利差が縮小すれば、イールドカーブは平坦になっています(フラットニング)。そして、長短金利差がマイナス(=長期金利<短期金利)の場合には、イールドカーブは右肩下がりになっており、その現象を「イールドカーブの逆転」あるいは「逆イールド」と呼びます。

リセッションの前兆?

上述したように経験的にイールドカーブの逆転はリセッション(景気後退)の前兆とされています。米国では80年以降の5回のリセッション(※)に際して、その10~23カ月、平均16カ月前に、2年物と10年物の利回りでみたイールドカーブの逆転が起きました。

(※)19年8月に5日間だけイールドカーブが逆転。その6カ月後の20年2月にリセッションになりました。しかし、リセッションが「コロナ・ショック」という特殊要因によって引き起こされたこと、またリセッションが2カ月間の極端に短いものだったことから、ここでは計算から除外しています。

  • 米イールドカーブと景気動向

短期のイールドカーブが重要!?

もっとも、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)はリセッションをさほど懸念していないようです。パウエル議長は3月21日の講演で、「率直に言って、スタッフの素晴らしい研究によれば、18カ月までの短期のイールドカーブを注視すべきだ」と述べ、「イールドカーブの説明力の全てがそこに凝縮されている。そこで逆転が見られれば、経済が弱く、FRBが利下げに動くと解釈できるからだ」と続けました。

パウエル議長が言及したスタッフの研究によれば、3カ月物TB(短期国債のこと)利回りと18カ月先の3カ月物TB利回り先物の差でみた短期イールドカーブがリセッションの予測精度が高いとのことです。

データの制約があるため、3カ月物TB利回りと2年物国債利回りの差で短期イールドカーブをみると、上述した5回のリセッションの7~17カ月、平均11カ月前に短期イールドカーブの逆転が起きました。そして、現在の短期イールドカーブは急な右肩上がりとなっており、リセッションの懸念が不要であることを示しています。

  • 米イールドカーブと景気動向

  • 短期イールドカーブ逆転と景気後退

国債利回りは期間が長いほど、短期金利の予想以外の要因にも強く影響を受けます。現在、長期の利回りを押し下げていると考えらえる要因はいくつか存在します。

  • ウクライナ情勢が不透明であり、安全資産とされる米国の長期国債に資金が集まっている(=利回りが低下する)

  • 日本やドイツの長期国債の利回りは1%未満の低い水準にあり、代替的な投資対象である米国の長期国債の利回りにも低下圧力が加わっている。

  • 低インフレ環境が長く続いたこともあり、足もとの高インフレは早晩落ち着くとの市場関係者の見方が根強くある。

現在は、一般的なイールドカーブ(10年と2年の金利差)と短期のイールドカーブ(3カ月と2年の金利差)が真逆の方向を示している稀有なケースかもしれません。

短期決戦型の利上げ?

なお、3月31日時点のイールドカーブは、2年以下の部分が急な右肩上がりであり、前回の利上げ開始時点の15年12月16日のイールドカーブの形状と似ています。一方で、3年以上の部分はフラットになっており、前回の利上げの最終段階の18年12月19日のイールドカーブの形状に似ていると言えます。今回の利上げが短期間にアグレッシブに行われるという市場予想を反映している面もありそうです。

  • イールドカーブ(利回り曲線)