これからの自動車メーカーは家電やITなど、異業種から参入してくるライバル達を相手にしなければならない。自動車メーカーとしてのDNAが問われる時代だが、日産自動車は何を武器に戦うのか。電気自動車(EV)の心臓部(パワートレイン)と走りを担当する日産 パワートレイン・EV技術開発本部 エキスパートリーダーの平工良三さんに話を聞いた。
「他がやらぬこと」ができる理由
マイナビニュース編集部(以下、編):これからの自動車メーカーは、電気自動車(EV)中心のラインアップを構築して、Z世代を含む若い人たちからも支持を得られるようなモノづくりを進めていく必要がありそうですね。今の若い人たちがEVのお客さんになるわけですから。
平工さん:もともと日産のブランドといえば、「Z」「GT-R」「シルビア」といったクルマが作ってきたものですが、そういったものが通じなくなるとすれば、どうやって戦うかというのは難しい問題になるでしょうね。
編:EVの時代に核となりそうな日産のDNAとは、どんなものでしょうか?
平工さん:日産のDNAとしては「他がやらぬことをやる」といっているのですが、自動車メーカーや家電メーカーなど、ほかのモノを作る会社と比べると相当、自由なのではないでしょうか。日産には、やろうとしたことをやらせてくれる文化があります。他がやらぬことをやるつもりは全くないのですが、自分がやりたいことをやると、結果的に人と違うことになります。
(やりたいことを提案し、やろうとする)私みたいな人間を、日産は飼っておいてくれるんです。放し飼いですね。そういう存在を許す会社。それが、日産のDNAだと思います。そういう人がいないと、今までの日産の技術は出てきていないでしょう。こういう風土はいいところでもあり悪いところでもあるので、まさにDNAだといえますね。
編:これまでの日産の技術で、誰かがやりたいといったアイデアから具現化したことって、けっこうあるんですか?
平工さん:ありますよ。逆に、主流の部隊が計画的に考えて具現化したものは、ほどんどないと思います。
編:「これをやりたい」という社員がいて、それにGOを出す上司がいると。
平工さん:GOも出さないですね。勝手にやらせておくんです。ただ、簡単にやらせてくれると思ったら大間違いで、「絶対にやりたいんだ!」というのを突き通すと、初めてやらせてくれる。意志が弱いとへこんでしまうこともあると思います。やりたいということをしっかりと訴求して、説明できるとやらせてくれます。
編:ガソリン臭いクルマが好きで、日産が好きで入ってきた平工さんたちの世代の人たちには熱意があるでしょうから、やりたいことを主張しとおせるんだと思うんですが、就職先として人気だから自動車業界、あるいは日産に入ってくる人たちも、若い世代には結構いると思います。その世代こそEV時代に主役になると思うんですが、彼らの熱意はいかがですか?
平工さん:そのあたりは、私たち世代の責任だと思います。いかに「こうやりたい!」といわせるか、それはかなり意識しています。「いわない方が早く出世できるのではないか」という雰囲気も、無きにしもあらずなので。
編:どこの世界でも、そうした雰囲気はありますよね。
平工さん:どうやってものをいわせるか、それが責任です。いってきたからといって何でもやらせるわけではないのですが、いわなくなったら終わりですから。アイデアが10個あれば1個くらいは、やらせたいもの出てきます。その1個にたどり着く前に、はじかれ続けていわなくなってしまうと、その大事な1個が出てきません。私も好きなことをやらせてもらいましたが、それでも10分の1くらいです。
ただ、身もふたもない話になりますが、発言の人ばかりだと暑苦しい会社になってしまいます。だから、そういう人が引っ張っていく会社なんだと思います。各所にそういう人がいて、それぞれの分野をけん引するのですが、そうじゃない人が日産で戦えないかというと、そうではありません。例えば、上司が提案したことが通れば、部下も嬉しいじゃないですか。そういうチームワークも必要ですよね。
編:自由にものがいえて、いいアイデアなら採用してもらえて、好きにやらせてもらえるのが日産のDNAだというわけですね。ただ、自動車業界に参入してくるアップルとかソニーにも、そういう土壌ってありそうですね。
平工さん:ただ、カリスマ的な上層部が引っ張っているイメージもありますからね。ですが日産は、歴史を見ると比較的、そういう会社ではありませんでした。上に立つものは社員がやることを見ている感じです。トップダウンというより、現場からの提案を受けてやらせる方が日産的ですね。
編:リーダーの度量も求められるでしょうね。ドーンと構えていられるかどうか。
EV時代の顧客に日産の熱意は通じるか
編:EVの時代になったとき、顧客は今のZ世代とかになると思うんですが、クルマに対してはどんな思いがあるんでしょう。単なる移動手段と捉える顧客が多くなってきたとすれば、日産の社員が熱意をもって作った商品の魅力も、なかなか通じないのではないでしょうか。
平工さん:自動車という製品のライバルは何かと考えると、電車や飛行機などの公共交通機関だと思っていたらダメだと思います。これらは移動手段ですが、クルマは移動の過程にいかに価値を作るかが重要です。移動するのに便利な道具と考えると、代替手段はたくさんあります。自分のクルマ、自分の空間が移動するという価値、それをどうやって作り込むか。それが自動車の価値なのではないでしょうか。
編:それは例えば車内のエンタメですか? それとも運転自体の楽しさでしょうか。
平工さん:我々は自動車メーカーとしてやってきた会社です。単純なエンタメであれば、それは家で、ゲーム用パソコンを買ったりするなどして楽しめばいい話。移動することに価値があって、しかも安全に移動できる空間で、しかも所有物というところが大事です。
編:Z世代はモノを所有することに前向きじゃないかもしれませんよね? シェアリングとか。
平工さん:シェアカーが増えているのは確かですが、私は個人的に、その方向ではないと思っています。もちろん、ある程度のボリュームにはなると思いますが、自動車メーカーが全力投球すべき分野ではないのではないでしょうか。
編:確かに、シェアカーに向いたクルマを大量生産するだけのブランドって、あまり魅力的ではないですね。
編:平工さんはEVがご専門だと思いますが、EVで移動の楽しみは追求できそうですか?
平工さん:少なくとも、ガソリン車よりは移動の楽しみを出せると思いますよ。
編:少なくとも? 既存のガソリン車に比べて、そんなに圧倒的なんですか?
平工さん:圧倒的に違います。移動空間として見ると、EVの方が落ち着いた空間にできます。
編:音とか振動が少ないから?
平工さん:そうですね。日産の「e-4ORCE」(電動化技術、4WD制御技術、シャシー制御技術を組み合わせたEVの走りに関する技術)では、乗っている人に加減速が気づかれないようにすることにこだわっています。
これまでのクルマは、自分で運転しているので、アクセルに対してレスポンスが欲しかった。だから、加減速をはっきりと体感させていました。ところが、EVとか自動運転になると違ってきます。乗っている人は、例えば流れていく景色を楽しみながら移動しようなどと思っているわけですから、加減速は意識させないようにしたい。減速に気づかせずにクルマを止めるような制御は、モーターじゃないとできません。
クルマのブレーキを踏んだとき、減速していると感じるのはなぜかといえば、減速する直前に少しだけクルマが傾くからなのです(つんのめる感じのこと)。その時にタイヤをつまむから、摩擦力でクルマが止まります。その傾きを、電気の力で抑える技術があります。
編:後輪を上から押さえるんですか?
平工さん:前が下がりそうになったところを、後ろからポンと押す感じですかね。これで、スーッと車が止まるようになります。
編:クルマ全体が沈み込む感じ?
平工さん:ちょっとだけ沈んで、ふっと止まる感じ。そうすると、減速していることに気がつきません。
編:つんのめる感じがないのは、よさそうですね。
平工さん:そうなんです。それはモーターでしかできません。ガソリン車とか油圧のブレーキでは無理でも、EVだと回生ブレーキを活用し、4輪のバランスで制御を行えるので、すっと止められます。
編:加減速を意識せずに移動できた方が、移動空間としては楽しいんですか?
平工さん:移動空間としては、そうでしょうね。それに、加減速を意識したいときには、意識させるような制御にすることもできます。
日産公式Youtubeでは、先進技術の開発者がZ世代と語り合うインタビュームービー「#日産DNA」を公開中。インタビュアーはモデルや女優として活躍するZ世代代表の紺野彩夏さんだ。日産のDNAはZ世代にも響くのか、そのあたりは動画で確認してみていただきたい。