昭和世代の筆者にとって、「特撮」という言葉は子ども時代を強く思い出させる。とはいえ、幼くもあり、ゴジラ、ウルトラマンなど作品をきちんと理解できないまま見ていた記憶だ。そしていつしか特撮は「SFX」という言葉に変わり、表現方法もミニチュアからCGに置き換わった。
特撮は枯れた技術、そんな風に思っていたのは筆者だけだろうか?ところが、世間の目を再び「特撮」に向かせた一人が、エヴァンゲリオンで知られる庵野秀明氏だ。
同氏が館長となった、「特撮博物館 -ミニチュアで見る昭和平成の技」展が2012年に東京都現代美術博物館で開催され、さらに3月19日より「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」が同じ場所で開催されることに。
もしかしたら特撮に対する関心が、世の中には広まっているのかもしれない。この流れを自分の目でも見てみたく、展示会を事前内覧してきた。
「特撮の神様」を支えた
そもそもだが、井上氏はどのような人物、実績を持つのか? その生い立ち、家具デザイナー志望だった同氏が特撮美術の世界へ進んだ経緯など貴重な資料と共に展示・解説されている。
紹介は多岐にわたり、特撮文化の知識がない筆者でも十分に楽しめ、理解できる内容なので非常にありがたい。
ここで、なぜ井上氏に注目したのか、そもそも特撮が注目される流れはいつからか。本展示を企画し、同館で学芸員を務める森山朋絵氏による言葉からひも解いてみたい。
「日本の特撮界において2022年は特別な年です。まず井上泰幸さんが生誕され100年、没後10年にあたります。さらに10年前『特撮博物館展』を実施してから、さまざまなエポックメーキングな出来事が起こっています」
森山氏によると、庵野氏がアニメ特撮アーカイブ機構を2017年に設立し(理事長も務める)、2020年には福島県須賀川市に「須賀川特撮アーカイブセンター」も誕生した。なお、後者は筆者でも名前をよく知る「特撮の神様」円谷英二氏の出身地だ。こうして特撮に対する熱量が改めて広がってきたようだ。
そして井上氏だが、「初代ゴジラ」を契機に特撮美術スタッフの一員として円谷氏を支える重要な役割を果たすキャリアの持ち主だったのだ。その後、デザイナー、特撮美術監督として特撮映画のみならず、日本映画・TV史において重要な作品を数多く手がけたという。
森山氏はその人となりを「円谷監督の陰に隠れるような存在だったかもしれない井上さんは、『実装の人』です」と紹介する。
ここで言う「実装」には、さまざまな意味が込められているだろうが、筆者は「特撮技術に関してすべての領域に関わる人」という感想を持った。それは、会場の展示物を見て湧いてきた思いだった。
妥協しない仕事スタイル
例えば「モスラ対ゴジラ」(東宝)製作時の資料と思われる中に、怪獣の対比図を記した資料があった。そこには舞台となる名古屋テレビ塔や名古屋城も描かれている。寸法に間違いがないようにしたのだろうか。
また別の資料では、国会議事堂のミニチュアセットを制作するため、緻密なレイアウトを起こした資料もあった。
さらには調べた情報を踏まえミニチュアセットを製作後、撮影をどのように進めていくのがよいのか台本? へのメモ書きまで公開されていた。
これらの作業工程を経て、ディテールを追求したリアリティのある仕事に臨んでいた井上氏の仕事スタンスを筆者は感じ取ったのだ。
そのうえ、下調べは作品に登場する造形物だけにとどまらず、作品で描かれる世界そのものへの科学的知識や自然現状への自身の疑問、それを解消するための調査にまで及び、その思考過程を記した「独学ノート」も展示されていた。
自分の担当する「美術」という枠組みにとらわれず、作品をよくするために必要であればすべてをどん欲に学ぶ意識や努力、行動は、今でも通じる「仕事に対する姿勢」として見習うべきものだろう。
「特撮の神様」から信頼される
森山氏は井上氏の仕事の特徴に、「常ならぬ執念で追求したロケハンへの注力」「予算も含め制作情報を可視化した『井上式セット設計』」「職域を超えて作品にコミットするメタ的視点」の3つを挙げている。
当然かもしれないが、仕事へのこうした取り組み方が、円谷氏から高く評価されたようだ。それは書籍『特撮映画美術監督井上泰幸』(キネマ旬報社)に、
「『モスラ』でお互いに深い信頼関係を築くことができたようにも思います」(p98)
というコメントが残されていることからも裏付けされる。
特撮に強い関心を持たない筆者でも、仕事をする社会人の大先輩として、その膨大な仕事量や熱量、そこから生まれた成果を見るという視点で十分に楽しめる展示だった。
もちろん、特撮好きには言わずもがなであろう。展示の最後のパートではアニメ特撮アーカイブ機構協力、特撮研究所の三池敏夫氏の手による「『ラドン』の大型ミニチュアセット」も目にすることができる。
細かく作り込まれたミニチュアセットは圧巻の一言。その世界観を存分に堪能してほしい。
●information
展示名:「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」
会期:3月19日〜6月19日
会場:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1