いすゞ自動車の「ベレット1600GT」は、日本で初めて「GT」を名乗ったクルマとしても知られる昭和の名車だ。ベレGの愛称でもおなじみである。そのベレGの中でも最初期に生産された「PR90型」はかなり希少なのだが、先日の「Nostalgic 2days」でピカピカの個体に遭遇した。展示していたイスズスポーツに話を聞くと、かなり手のかかったクルマらしい。
発見時は最悪の状態だった?
いすゞが1960年代に作った上級セダン「ベレル」の小型版として登場したのが「ベレット」。その2ドアクーペ版が1964年にデビューした「ベレット1600GT」だ。「ベレG」とも呼ばれるクルマで、ユーミンの名曲『CABALT HOUR』には「海の匂いの冷い風が白いベレG包みはじめる」との歌詞がある。
先日の「Nostalgic 2days」でイスズスポーツのブースに展示されていたのは、ベレGの最初期型で「キューマル」と呼ばれている1965年製の「PR90型」。相当に希少なモデルだ。
担当の熊木諭巳さんに話を聞いてみると、「ベレGの最初期型ですね。マニアならすぐわかります。よくあるベレットとはいろいろなところが違っていて、まずフロントではグリルがフォグランプ埋め込み型の変形4灯タイプです。センターにはいすゞの旧社章であるさざなみマークが装着されています」とのこと。
このベレGは新潟県で見つかったもの。「『草ヒロ』もいいところで、土に還りかけていたひどい状態。もう終わっているというくらいのとんでもないクルマだったんです。最初の状態からすると、仕上がりは驚愕の出来です。普通なら諦めますけど、これは極初期型だったので、例外として無理をして修理しました」とのことだ。
全長4m、全幅1.5m弱のボディは本当に小さくて、グリルやバンパー、モールなどのメッキ部分はピカピカに再生されている。ルーフのセンターアンテナもオシャレな意匠で、いすゞのセンスの良さが伺える。
コンソールの美しいアルミパネルには燃料、時計、水温、電圧、オイルの丸型メーターを装着。ヒーター、フォグ、ライト、ワイパー、ウォッシャーなどのアナログスイッチがずらりと並ぶ。球形のシフトノブには全4速のゲートが描かれていて、エンジンルームにはツインキャブの1.6L OHVエンジンが収まっている。この日は偶然、いすゞの3代目「ジェミニ」をデザインした中村史郎氏が会場を訪れていて、このクルマを興味深そうに眺めていたのが印象的だった。
値段はどうなのか。そこまで状態の悪いクルマを復活させて、商売になるのか。熊木さんに聞いてみた。
「15年前だと180万円、10年前で250万円と上がってきて、今や600万、700万は当たり前になっています。ただの中古車でそのくらい。ここまで仕上げると、クルマ代くらいの修理コストは軽くかかっていますし、時間もかけているので、単純に“倍”の値段というわけではありません。このクルマは急いで仕上げたのですが1年半かかっています。ただ、付きっ切りでやってしまうと他のクルマに取り掛かれず、その間は何の収入もなくなってしまうので、店が潰れてしまいます。もう一般の零細企業では無理な領域になってきていまして、大規模な工場でなければ対応できないんです。このベレGも、そんな理由で利益効率が悪い。値段を見て『ぼったくっているだろう』といわれるとしたら、『だったらやりません』といいたくなるほどのクルマだったんです。職人さんやクオリティに対するプレッシャーも高く、再現は容易ではありませんでした」
レストア業界では古いクルマを修理する需要が高まっているものの、技術を持った職人が引退してしまえば後継者を探すのは困難だし、そもそも手がかかる割には儲からない。クルマ自体も変わってきているので、修理工場が減ってきているのが現状だそうだ。業者が減ってきた結果として、イスズスポーツに持ち込まれる件数も増えてきているそうだが、「ありがたい話なんですが、需要に応じて対応件数を単純に増やしていくのも難しいというのが本音」と熊木さんも悔しそうな表情だった。
内装関係は新品では出てこないので、クリーニングや仕上げ直し、張り替え修理、製作でリフレッシュしている。外装部品も当然ながら出てこないので修復する。ただし、ベレG-Rやハンドメイド「117」などの超稀少車ではなく、例えば角目の117あたりならまだリーズナブルな価格で手に入れることはできるそうなので、気になる方はHPを要チェックだ。