メニューが松竹梅だと多くの人は、ついつい竹を選んでしまいがち。でもそれって本当に正しい選択でしょうか? また大中小の洗剤があったらつい「大きい方がコスパが良い」と思いがちですが、必ずしもそうではありません。こうした一見非合理的な行動を心理学で解き明かし、人の意思決定の仕組みなどを明らかにし、経済学に役立てるのが「行動経済学」です。
「行動経済学」は日々の生活や将来の自己実現にどう活用できるのか、東京大学教授の阿部誠さんに伺いました。
■どうして人は3択だとつい真ん中を選んでしまうのか
あなたが、たまのぜいたくにとランチで鰻を食べに来たとします。もしもそのお店のメニューが竹4000円、梅3000円だとしたら、よほど懐にゆとりがない限り3000円を選ぶでしょう。
では、松が5000円、竹が4000円、梅が3000円だったらどうでしょう? おそらく竹を選ぶ確率が高くなります。これは、松が追加されたことで松が極端に高く、竹が極端に安く感じられるようになるからで、実際に調査でもそういう結果が出ています。
同じようにカレーの「激辛」「ふつう」「甘口」の3種類があったとしたら、多くの人は「ふつう」を選びます。2択だとどちらにするか迷いがちですが、3択になると真ん中が選ばれやすくなります。これは人間が極端なものを回避する傾向(極端の回避効果)があるからです。
■洗剤は「大きいほどコスパがいい」のか?
お店側も「お客さんは真ん中を選びやすい」ということを知っているので、売りたいものを真ん中に据えようとします。ある調査では、学生にスーパーマーケットに実際に行ってもらい、大中小の洗剤の価格と内容量を調査しました。
単価を比較したところ、真ん中のサイズが、一番グラム単価が高いことがわかりました。販売店が意図的にそうしたかはわかりませんが、かなりのブランドで真ん中のサイズのグラム単価が一番高かったそうです。
最近はちゃんと単価を表示しているお店もありますが、小さくてよく見ないと気が付かなかったりします。ですから、「大きいほど単価も安い」と思い込んでいる人が多いと思いますが、実際はそうでないことも多いのです。
「極端の回避効果」にとらわれ過ぎず、損や後悔をしないためには、
・しっかり値札をチェックし、コスパを計算してから購入する
・自分が優先したいものは何かを明確にし、中庸にこだわらず意志をもって選択する
・時にはレギュラーから離れて高級なものやジャンクなものなど非日常を楽しむ余裕を持つ
といったことが大事です。
■「まな板には菌がウヨウヨ!!」どうしてCMはリスクをアピールする?
「極端の回避効果」に関連して紹介したいのが、人の「損失回避性」です。
例えば洗剤や消臭剤のCMでは、「まな板の上には菌がウヨウヨ!!」「体操着の汗の匂いがプンプン!!」といった具合に商品そのものの効果よりも、商品を使わないことのリスクをアピールするケースが多いことに気付きます。
同様にリフォーム会社の宣伝で「白アリが知らないうちに忍び込んでいるかも…」「耐震構造になっていないと倒壊の恐れがあるかも…」と恐怖心をあおるようなケースもよく見られます。
人はどうしてもポジティブな情報よりもネガティブな情報に敏感で、記憶にとどめる傾向があります。これは「損失はできるだけ回避したい」という人の性質と結びついており、行動経済学では人間の意思決定の仕組みを解明する「プロスペクト理論」で研究されています。
例えば、家電量販店などで通常1年保証のものを5年にする「延長保証」というサービスがあります。「故障しちゃうと修理代が痛いから…」と損失を回避しようと加入しがちですが、実際は日本製の家電だとそうそう簡単に壊れることはありません。
「損失回避性」のために逆に損をしてしまわないためには、
・リスクを過大に評価せず周囲の意見にも耳を傾けて判断する
・リスク回避の対策についても費用対効果を考慮し、無駄な出費をしないようにする
・100%のリスク回避は不可能という見地に立ち、ほどほどの対策を取る
といったことが大切です。
人間はまた、低い確率を過大に見積もる傾向があります。飛行機事故で死亡する確率は数百万分の1とされていて、自動車よりも圧倒的に低いのですが、「飛行機だけは乗らない」という人が出てきます。
また、手術の時に医者は告知義務があるので、「この手術の成功率は99%です」と言いますが、患者側としては「自分がその1%だったら…」と不安になります。こうした傾向を予め理解した上で、データに基づいた冷静な判断を行うことが大切です。
■「行動経済学」を知ると行動が変わる
行動経済学の応用領域は大きく分けて3つあります。
1つは「マーケティング」です。これは売り手側の立場に立った理論と、買い手もこういうことに気をつけたらいいという、両方の示唆が得られます。
2つ目が「マネジメント」。これは会社の経営者や管理職の方が、どうすれば従業員のモチベーションが上がるか、といったときに応用することができます。
そして3つ目が、個々人の「自己実現」です。例えば何か大きな目標があったときに、それを目先の誘惑に負けずに達成するにはどうすればいいか、といったシーンに使えるでしょう。
他にも大きな目標があったときに、それを分割して時間的にステップを設けて、「来週までにはここまで達成する」「2週間後にはここまで達成する」という計画を立てて、スモールステップで考えて達成していく方法などがあります。
ただやみくもに頑張るのではなく、行動経済学を応用することで、「自分を思う方向に導く」ということを考えてみてください。