2022年3月9日のオンラインイベントで発表され、同月18日に発売されたAppleの「Studio Display」――。既にネット上には多数の製品レビューも見られるが、「Mac Studio」とセットで発表されたこともあり、Studio Displayも動画編集など重めの作業をする文脈で語られがちだ。本稿では、あえて少し違う角度から同製品について考えてみたい。
“Appleのディスプレイ”が復活した
Appleのディスプレイ製品といえば、1999年に発売された「Apple Studio Display」や、その上位製品の「Apple Cinema Display」、2011年発売の「Apple Thunderbolt Display」などのシリーズが思い浮かぶ。「Studio Display」は、約23年越しに再登場したブランドとも言えるわけで、往年のファンにしてみれば胸が熱いことだろう。
一方、最近「アップルのディスプレイ」と言っても一般ユーザーにとってピンときづらいのは、2016年頃から純正のディスプレイ製品が鳴りを潜めだしていたからだ。代わりにApple Storeでは、LGの「UltraFine」シリーズのようなサードパーティ製ディスプレイが目立っていた。ちなみに、2015年は初代「iPad Pro」が発売された頃、2016年は「iPhone 7」が発売された頃だ。
Appleのディスプレイ製品が息を吹き返しだしたのは、2019年6月――。新型の「Mac Pro」とともに、プロフェッショナル仕様の「Pro Display XDR」が発表された時だろう。同製品は、現在も最上位のディスプレイ製品として販売されている。ただし、その価格は、最小構成でも58万2,780円~。決して素人がカジュアルに手を伸ばせる代物ではなかった。
そして、今回発売された「Studio Display」は19万9,800円~。Pro Display XDRの半額未満で入手できるわけだ。ディスプレイ市場の相場からすれば、まだまだ“お手頃”とは決して言えないが、それでも手を伸ばせるクリエーターの裾野は確実に広がったと言える。
同時に、これまでApple Storeオンラインで展開されていた27型の「LG UltraFine 5K Display」の取り扱いは終了し、執筆時点において、サードパーティ製品は23型の「LG UltraFine 4K Display」を残すのみになっている。
もし廉価帯の製品が出てくるまでは、多くの人にとって「Appleのディスプレイと言えば、Studio Displayだよね」という認識は続きそうだ。
Studio Displayの特徴とは?
アップルイベントにおいて、Mac StudioやStudio Displayは、「自分のスタジオで圧巻の創造力を発揮するための画期的なパフォーマンスと能力」、「自分のスタジオワークフローに欠かせない周辺機器のための幅広い接続性」、そして「完璧な環境を作れるようモジュラー式のシステムとディスプレイ」を求める人々のために――という文脈で紹介された。
Studio Displayについては、この“モジュラー式のディスプレイ”であるということが重要だ。当然、MacBookやMac miniでも使える前提という点で、Mac Studioそのものよりも間口は広い。
Studio Displayの仕様をおさらいしておくと、27インチ(対角)サイズの5K Retinaディスプレイを採用し、解像度は5,120×2,880ドット、画素密度は218ppiだ。ちなみに、この218ppiというのはiPadシリーズの264ppiより少し劣るものの、上位モデルのPro Display XDRと同じ数値である。
輝度は600ニトで、10億色表示に対応し、P3の広色域をサポート。環境光に応じて色味を自然に再現する「True Tone」機能にも対応する。HDRには非対応のため、動画クリエーターにとって最適かどうかはさておき、色の表現性という点では文句のないスペックだ(HDRは、Pro Display XDRと差別化したポイントでもあるのだろう)。
標準でも反射防止コーティングを備えるが、強い光源のあるスタジオでの利用を想定し、オプションとして「Nano-textureガラス」を選択できることもポイント。特殊な反射をする加工によって、写り込みを抑えられる表面の仕上げだ。
インターフェースは、USB-Cポートが3つ、Thunderbolt 3のUSB-Cポートが1つ、そして電源、というシンプルな構成だ。
すべて裏面に配置されており、USBハブとして周辺機器やストレージなどを直接接続できる。スタンド部にはケーブルを通す穴が空いており、なるべくケーブルが机上に散らばらないようまとめられることも、トレンドをしっかり抑えている。
スタンドは標準でも角度を調整できるが、オプションで、高さ調整機能ありの「カウンターバランスアーム」、アームなどに固定するための「VESAマウントアダプタ」なども選択可能。特に、縦向きのモニター用途で使いたい人ならば、VESAの選択肢は重要になる。
ちなみに、同梱品としては、Thunderboltケーブル(1m)が標準で備わっている。また、Nano-textureガラスのオプションをつけた場合には、ポリッシングクロスも付属する。
ディスプレイがカメラとスピーカーを備えるという点で、実は上位のPro Display XDRよりも使い勝手の良い部分も多い。本体にカメラやスピーカーがないMac miniやMac Studioなどと組み合わせる場合も、周辺機器なしで済むという点で、トータルコストを抑えやすいからだ。
しかも、音響については、6スピーカー(4つのフォースキャンセリングウーファーと2つの高性能ツイーター)で、空間オーディオをサポート。カメラも12MPと高解像度で、iPadシリーズなどでもお馴染みの「センターフレーム」機能までサポートする。
マイクについても、スタジオ品質の3マイクアレイを備え、Hey Siriの操作もサポートする。Web会議もライブ配信も怖いもんなし、という実にイマドキな仕様だ。ディスプレイながら「A13 Bionic」チップを搭載していることもあって、細々とした機能がスマートである。
イラスト・デザイン方面からみた魅力を考えてみる
筆者はApple製品ユーザーであり、仕事上クリエイティブツールを扱う機会も多い方だとは思う。しかし、毎日のように動画を編集することはなく、どちらかというと写真のレタッチやイラスト作成、デザインカンプづくりなどに取り組むことが多い。Macでの操作には板タブを、緻密なイラストを描くならiPad Proを使うというのが習慣になっている。
そんな視点からほかのディスプレイではなく、Studio Displayで良いな、と思ったポイントは、主に2つある。
1つ目は、“Appleの色”で表示できるモニターであるということだ。
例えば、SNS投稿などを想定した写真や、イラスト、デザインならば、ユーザー数の多い「iPhone」で表示したときに、画面でどう見えるか、という視点が重要になる。その点、Studio Displayならば、表現できる色数が多いのはもちろん、“Apple流の色表現”で確認できるはずだ。なお、単に色域が広いディスプレイというのは市場に多く存在するが、Appleの色表現で再現できるディスプレイはごく限られている。
ちなみに、多彩な「リファレンスモード」に対応していることも知っておきたい。仕様表では、利用可能なリファレンスモードとして、「Apple製ディスプレイ(P3-600ニト)」「HDTVビデオ(BT.709-BT.1886)」「NTSCビデオ(BT.601 SMPTE-C)」「PALおよびSECAMビデオ(BT.601 EBU)」「デジタルシネマ(P3-DCI)」「デジタルシネマ(P3-D65)」「デザインとプリント(P3-D50)」「写真(P3-D65)」「インターネットとウェブ(sRGB)」が記載されている。
要するに、標準では「Apple製ディスプレイ(P3-600ニト)」になっていて、Appleが一般使用ではこれが良い、と定めた色表現になっているが、何を目的とするかに合わせて色空間やホワイトポイント、ガンマ、輝度などの微調整が可能というわけである。
たとえば、動画関連以外のクリエーターでも、グラフィックデザインやプリント、出版のワークフローならば「デザインとプリント(P3-D50)」モードを選ぶことで、印刷物の評価をするのに適した色域の表現ができる。
なお、「リファレンスモード」の詳細については、こちらの公式ヘルプページにて概要が記載されているので、気になる場合は一読しておくとよい。
もう1点は、シンプルだがデスク周りをスッキリ整えやすいということだ。
キーボードやマウスはもちろん、液タブ、板タブ、スタイラスペン、左手デバイス――とクリエーターに必要となる周辺機器は多い。例えば、Mac miniとのセットで購入する際に、せめて外付けのWebカメラ、スピーカー・ヘッドセット、マイクなどだけでもディスプレイの機能としてまとめられれば、少しでも接続機器を減らせて、理想の“スタジオづくり”に近づきやすいだろう。
また、時間単価で働くフリーのクリエーターならば、周辺機器探しの手間・時間を大幅に省けるという点だけでも、とりあえずStudio Display買っておくか、という動機付けになるかもしれない。24回払いなら、月々8,325円だ。安くはないが、手は届く。