「クズ!」と番組共演者に罵られながらも多く人から愛される—。そんな不思議な魅力を持つ、お笑いコンビ・コロコロチキチキペッパーズのナダルさん。ある意味でリスキーな笑いに挑みその芸を成立させられている理由について、著書『いい人でいる必要なんてない』(KADOKAWA)では、家族と相方である西野創人さんの存在を挙げています。
もっとも近い場所に信頼できる人たちがいること—。それが、ナダルさんの芸に与えている影響は大きいようです。
■クズキャラは、「いまの環境」だから生まれた
——著書『いい人でいる必要なんてない』のクライマックスにあたるのは、家族と相方の西野さんへの感謝を述べているところだと感じました。かなりストレートに思いを書かれていますよね。
すいません…。そんな本のタイトルをつけながら、そのあたりはただのいい人として書いてしまいました(苦笑)。でも、みんなからクズだといわれるいまの自分の笑いは、家族が許してくれないと絶対できませんから。いまのようにある程度結果を出す前から支えてくれて、笑いにも理解のある妻には本当に感謝しています。
——奥様をはじめとした「守るもの」の存在は、やはりナダルさんにとって大きなものですか?
そうですね。ただ一方で、僕がいま結婚していなくて独り身だったらできた「笑い」もあるだろうなと考えたことはありますよ。それこそ、女の子絡みの話とかも使えたでしょうから。ただ、「いまの環境」のなかでのできることをやってきて、幸いにも受けて入れてもらえているのだから、これでいいのだと思っています。
なにか自分を押し殺しているわけではまったくないですし、家族という存在がある環境が、いまの自分にはちょうどいいということです。
——いまの環境がちょうどいいけれど、ひとりの芸人としてもっとぶっ飛んだことをしてみたいという思いもあったということですね。
それはありましたよ。一度、「クズキャラでテッペンまでいったろうか」と考えてみたことはあるんです。いまはギリギリでアウトにならない際どいラインを狙っていますけど、そういう配慮を一切しないという意味ですよね。でも、営業の仕事である芸人さんが、隣に座っていたグラビアアイドルのひざをずっと撫でているのを見てしまったんです。カメラが止まっていてもずっと撫でている姿を見て、「あ、これが本物のクズなんやな」と。
——(笑)。上には上がいるということですか。
あのシーンを見て、「自分にはクズキャラの頂点を極めるのは無理だな」と心から思いましたよね。だから、たとえ結婚をしていなかったとしても、自分がクズキャラを極めるのは無理だったということです。
■好感度の高い芸人は、好感度を意識していなかった
——そもそも、クズキャラ路線は相方の西野さんがきっかけをつくったんですよね。
そうです。西野が「アメトーーク!」(テレビ朝日系)のオーディションで「ナダルはやばい」ってエピソードを話して好評だったのがきっかけでした。そこから西野が僕のクズエピソードのメモを取るようになって、キャラクターが膨らんでいったという流れです。
それにつられて、先輩芸人のみなさんも僕をネタにしてくださいました。だからもう、これは偶然なんです。いっておきますけど、僕が進んでここ(クズキャラ)を目指したわけではない!(笑)。
——クズキャラにニーズがあったというのはご本人としては複雑ですよね。できることなら、その対極にある好感度が高い芸人さんを目指していきたいですよね?
でも、少しだけ好感度を意識して謙虚ないい人路線でいこうとした時期もありましたけど、仕事はまるで増えませんでした。そこで、好感度がすごく高いと評価されている芸人さんをじっくりと観察してみたのですが、それなりにきつい言葉も使っているんですよね。つまり、好感度が高い人たちは、好感度を変に意識してやっていないということ。
それならば、そこを考えても意味がないなと。みんなにいい顔をして好かれようとするのではなくて、家族が本当に嫌な思いをしないというラインを守りながら、あとは自由にやっていいのかなと思いました。そういう考え方もあって、周囲からのクズキャラというものを受け止められたのかもしれません。
——あくまでも「家族からの好感度」は守りつつ、クズキャラを進化させていく。
とはいえ、これからもずっとクズ路線だけだと、いつまでも「深夜とドッキリ」枠から抜け出せなくなりそうなので…(苦笑)、芸の幅を広げていかなければという思いは持っていますよ。それでも、クズキャラとしてテレビに出ることに対しての抵抗は一切ありませんね。
コンビのネタを考えてきてくれて、それこそバラエティ番組での立ち居振る舞いに師匠のような目線でアドバイスをくれるのは相方の西野です。西野のおかげで僕がここまでくることができたのは間違いないですし、その恩に応えるために、少しでも活躍してお笑いの世界でのコロコロチキチキペッパーズの存在感を出していきたいと思っています。
僕が本音を丸出しにして笑いをとっていくなかで、「嫌われたらどうしよう…」とビビらずにいられるのは、やっぱり大切な家族と相方がいるからこそ。家族と相方に必要とされる存在であり続けることは、いわば僕の人生の目的みたいなところでもありますし、頑張れている理由かもしれません。
■こだわりは絞る。できるだけ荷物を軽くして人生を歩いていきたい
——家族とコンビ。ナダルさんには、ふたつの守りたいものがあるということですね。本書のなかには、こんな一節がありました。「家族を失うことが怖い。相方を失うことが怖い。だから、どんな手段を使ってでもお笑いの世界で生き残らなければならない」。とても印象に残っています。
そこを拾われると、僕がめっちゃいい人みたいになってしまうやないですか(苦笑)。ただ、この本を出した時点でそう見えてしまうのは覚悟していたことでもありました。ある意味で、「お笑いの裏側」の種あかしで、プロレスのヒール役がどんな意識で悪役をやっているかをばらすようなものでしたからね。このキャラで売ってきて、そんな種あかしみたいなことをやっていいのかなとは考えました。
でも、僕たちがコンビでやっているYouTubeのコメントなんかを見ていると、クズキャラとしてのこちらの思惑なんかもう見抜かれているんですよ。なんだったら、コンビで本当に変わっているのは西野のほうだというのも、みんなわかってきている。だから、種あかしをしたうえで、いかに笑ってもらえるかを追求する段階にきているんですよね。
僕らをずっと応援してくれる人たちは、裏側をあかしたところでがっかりしたり、笑えなくなったりすることもないのだろうなと思うんです。むしろ、クズのナダルをダイレクトに受け止めて「ナダルは嫌い」といっている人たちに、笑ってもらえるようになる機会がつくれるかもしれないと考えたんです。
——なるほど。いろいろと考えたうえでの書籍の刊行だったのですね。ちなみに、西野さんってそんなに変わっているんですか?
あまり本人がいないところで話したくはないけれど…ほんとにやばいのはあいつですから(苦笑)。僕以上に人の評価を気にせず、自分が楽しいかどうかを基準にして生きているのが西野という人間です。番組でウケずにあかんかったときでも、自分が楽しかったらそれでいいやといえてしまう。そんなまったくひきずらない性格はすごいなって尊敬するし、そういうやつがそばにいてくれるのは心強いですよね。
——思ったことを忖度なくストレートに伝え、ときにはクズキャラを演じる。そして今度は、本でその裏側もさらけ出す。そうなると、ナダルさんにとっての隠しごとがどんどんなくなっていっている印象も受けます。
それはあるかもしれません(苦笑)。ただ僕は、できるだけ荷物を軽くして人生を歩いていきたいと思っているんです。以前は、「もっと多くの人に支持されたい」という気持ちが強くて、あれをしなきゃこれをしなきゃといろいろなことを考えて勝手にがんじがらめになっていた。でもいまは、シンプルに面白さだけに集中していれば、いいほうに向かっていくんだなと感じています。
だから、しっかりこだわるのは「守りたいものを守ること」と「芸人としての面白さ」くらいにして、ほかのものはどこかに置いていこうかなと。その結果、多少かっこ悪く見えたりクズだといわれたりしても、それはそれで別にいいかなと思っています。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/秋山健一郎 写真/塚原孝顕