ダイソンの掃除機は、遠心分離を応用したサイクロン方式で知られています。そのダイソンは研究開発拠点の中に微生物研究所を持っており、ホコリや微生物の研究はダイソンの製品開発にどのように生かされているのでしょうか。オンライン取材でイギリス本社の微生物研究者とメカニカルエンジニアに話を聞きました。

  • 左がダイソン シニア メカニカル エンジニアのジェームズ・マクリー(James McCrea)氏、右がリサーチ サイエンティスト(微生物学)のデニス・マシュー(Dennis Mathews)氏

    左がダイソン シニア メカニカル エンジニアのジェームズ・マクリー(James McCrea)氏、右がリサーチ サイエンティスト(微生物学)のデニス・マシュー(Dennis Mathews)氏

社内に微生物研究所を持つメリット

ダイソン微生物研究所では、ホコリやハウスダストだけでなく、ダニや目に見えない小さなカビ菌といった微生物について、20年以上も研究を続けています。世界中の家屋にどのようなゴミ、微生物、アレル物質が存在するのか、それらはどうしたら効率よく取り除けるのか――。さらには、人々の掃除習慣、ゴミがライフスタイルに与える影響など、多角的に研究しているのです。

  • フラグシップの掃除機「dyson V12 detect slim」

こうした研究によって、静電気を使ってホコリを集める方法を開発したり、0.3μmまでの粒子を吸い込んで空気と分離するにはどれくらいのパワーが必要なのかを調べたりできました。ダイソンの微生物学者は、製品開発の初期段階からプロジェクトに参加し、技術開発やリサーチに貢献しています。

たとえばダイソンは2月15日に、ダイソン グローバル ダスト調査を発表しました。2021年11月に日本を含む世界11カ国、12,309人を対象に実施した意識調査をまとめたものです。新型コロナウイルス感染症のパンデミック初期、家庭では掃除の頻度が高まりましたが、その頻度が維持されている様子、国や地域ごとの掃除習慣の違いなどが見て取れます。

いくつかの傾向の中で目を引いたのは、日本を含む各国で掃除頻度が上がり、床だけでなくソファや寝具の掃除機会が前年より増えているのに対し、日本ではソファや寝具だけは掃除の機会が前年より減ってきているというデータです。

  • ダイソンの微生物研究所

日本、中国、韓国では、ホコリが目に付くと無意識的に掃除する傾向もあります。日本人は掃除をルーチンで行える民族性を持ちながら、なぜかソファや寝具が掃除ルーチンから抜けるというのは、なかなか興味深い結果ではないでしょうか。

自分自身の掃除スタイルを振り返っても、確かに床と同じ頻度では掃除していません。しかも日本では自分と似た傾向の人が多いのに世界全体ではイレギュラーなのだと思うと、なんだか不思議な気分です。ただ世界の平均的な状況を見ると、72%の人は寝具の掃除がけを定期的に行う習慣がないそうです。

  • 2020年に比べると、人々はより掃除をするようになったものの、床以外の場所はまだまだ意識から外れることが多いようです

ダイソン リサーチ サイエンティスト(微生物学)のデニス・マシュー氏は、こうしたユーザーの掃除傾向の変化やハウスダストの生活に与える影響を分析。「ユーザーの間でテクノロジーを使って掃除しようという意識が高まっている」と述べます。

開発の原点にあるサイエンティストとエンジニアのコミュニケーション

ダイソンのメカニカル エンジニアは、微生物学者と緊密に連携して、その知見を生かして製品の開発を進めています。いろいろな大きさや種類の粒子(ゴミ)に合わせて、最も効率的にゴミを取り除けるパフォーマンスを調べ、市場性も見ながら製品の仕様や盛り込む技術を吟味しています。

「開発で一番大変なのは、性能を維持したまま小型化することです」と、シニア メカニカル エンジニアのジェームズ・マクリー氏は言います。

パワフルにゴミを取り除ける掃除機が作れても、並外れて大きく重たい構造だったり、価格が高すぎたりすると、市場で売れません(事業として成立しません)。使いやすく魅力的な競争力のある製品にするには、性能を担保したまま小型化と省コスト化を実現する必要があります。どれくらいのパワーならどれくらいのゴミが取れるのか、正確に知ることが欠かせないのです。

「サイエンティストとのコミュニケーションはこまめに取っていますが、特に開発の初期段階や製品テストの前後は頻繁にやり取りします。コーヒーを飲みながらのカジュアルなやり取りも含めると、本当にしょっちゅう話し合っています」(マクリー氏)

最初の段階では、問題解決のための製品を作ります。フロアケアにおいてどんな問題を解決するのか、チーム間でコンセンサスを取り、マシュー氏らの研究チームは課題解決に必要なデータを提示。そのデータをもとに、課題解決に必要な掃除機のパワーを割り出し、省力化する工夫を盛り込んでブラッシュアップしていきます。設計とテストが繰り返されるわけです。

  • 「dyson V12 detect slim」における遠心分離の概念図。どれだけのゴミを取るのに、どれだけのパワーが必要か、細かなところまで計算してから設計しています

「私たちサイエンス部門にとって最も大変なのは、この初期段階でデータをそろえるところです。たとえば除菌の技術があったとして、それを製品に組み込みたいと考えたとしましょう。それがどんな細菌に対してどの程度の効果を発揮するのか、製品を作る前にデータで提示しなければならないのです。これは突き詰めていくと、最後はほとんど賭けになります。ものすごく頭を使って疲れますが、一番やりがいのある部分でもあります」(マシュー氏)

掃除に対するニーズをくみ取り、課題を解決していく

掃除機に盛り込む工夫は、モーターの強化だけではありません。dyson V12 detect slimでは、床をレーザー光で照らしてゴミを見つけやすくしたり、吸い取ったゴミの大きさと量をセンサーで検知して液晶に表示したりする機能も備えています。

これらはユーザーがよりゴミのある場所を重点的に掃除できるよう、掃除の効率化を促します。また、「いつもより砂ぼこりが多い」「花粉が増えてきた」といったことも分かって、ゴミを増やさないよう生活習慣上の注意につなげることもできます。


【動画】dyson V12 detect slimでソファーの下を掃除。レーザーの光が届いていない部分はゴミがほとんど目視できません。逆に、レーザー光が届いている場所は、ヘッドでゴミを吸引した跡までクッキリ

  • 「dyson V12 detect slim」は手元の液晶画面を見て、どんなゴミをどれくらい吸い取ったのか分かります

【動画】dyson V12 detect slimで実際に床のゴミを吸引し、手元の液晶画面がどう変化するかをチェック。10μmレベルの微細ゴミの数値がグングン上がります。「バッテリー残量を秒単位でカウント」する機能も健在!

「私が携わった開発の中で一番印象的だったのは、『毛絡み防止スクリューツール』です。開発の最初期から関われたので、市場調査の結果からブラシに長い髪の毛が絡まるのを嫌うユーザーが多く、絡み防止のニーズをどうやって解決するか、マーケットを理解する段階から始めることができました」(マクリー氏)

  • dyson V12 detect slimに付属する、ブラシが円錐形になっている毛絡み防止スクリューツール

  • 毛絡み防止スクリューツールの動作イメージ

【動画】毛絡み防止スクリューツールに、本当に長いゴミが絡まないかを実験。これだけ長いリボンも、ブラシに絡まることなく一瞬でクリアビンに到達しました

  • 毛絡み防止スクリューツールを手に「開発には18カ月もかかりました。自分が手がけた仕事の中で最も気に入っている商品です」と語るマクリー氏

目に見えない微細なゴミを取り除くことで、室内をよりクリーンで健康的な空間にするダイソンの技術や工夫の数々は、取り除きたい微粒子に対する深い理解から生まれています。「敵を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」という言葉が頭に浮かんだ取材でした。