モノクロフィルムの代名詞というべきコダックの「Tri-X 400TX」を装填したレンズ付きフィルム「Kodak Professional Tri-X 400 Single Use Camera」が登場しました。レンズの性能はどれほどのものか、上手に撮影するポイントは何なのか、買う価値はあるカメラなのか、大浦カメラマンにいち早くレビューしてもらいました。
27枚撮りのTri-X 400TXを装填している
いまだに根強い人気を誇る、フィルムでの撮影。古くからフィルムでの撮影を楽しんできている写真愛好家のみならず、新たにフィルムカメラに興味を持ったカメラファンや、銀塩ならではの写りを新しいと思う若年層などその人気を支えているようです。
フィルムで撮影を楽しむには、いうまでもなくフィルムカメラが必要ですが、より手軽に楽しむ方法としてレンズ付きフィルムを使う方法もあります。現在、手軽で誰でも楽しめることなどから、10代20代の若年層を中心に支持されています。コダックからこの度発売された「Tri-X 400 Single Use Camera」は、レンズ付きフィルムでは珍しくモノクロフィルムを装填した製品です。
特に注目なのが、装填されているフィルムです。黒と白、そしてグレーの階調のみで表現するモノクロフィルムは、カラーフィルムとは違った魅力があります。色があると絵的にうるさく思える被写体をシンプルに見せることができたり、陰影やフォルムに目が行きやすくなるなど、モノクロ独自の表現が楽しめます。人によっては古くさく感じたり、物足りなく思えることがあるかもしれません。しかし、一度その魅力にハマると写真の表現手段のひとつとしてとても魅力的に感じられます。このデジタル時代に、新たにレンズ付きフィルム、しかもモノクロフィルムを装填したカメラをリリースしたことはある意味衝撃的です。
装填されるフィルムは、モノクロフィルムの代名詞というべきコダックの「Tri-X(トライX)」。フィルムとしては高感度な部類に入るISO400の感度を持ち、適度なコントラストと銀塩らしい粒状感などから、長年モノクロフィルムのスタンダード的な存在となっています。それゆえユーザーも多く、過去発表された国内外の著名な写真家のモノクロ作品の大半は、このTri-Xで撮影されたものと述べてもよいほど。もちろん、今でもこのフィルムで撮影を楽しむ写真愛好家も少なくありません。本カメラの撮影可能枚数は27枚。フィルムは一般的な35mmフィルムの容器(パトローネ)に装填されていますので、36枚撮りでもよさそうですが、同社のカラーネガフィルムを装填したレンズ付きフィルムや、ライバルである富士フイルムの「写ルンです」も27枚としているので、何か事情があるのかもしれません。なお、フォーマットは一般的な36×24mmとしています。
カメラとしてのスペックを見てみましょう。装着するレンズの焦点距離は30mm。適度に広い画角で、スナップ撮影などでは使いやすく思えます。レンズ自体はおそらくプラスチック製と思われますが、レンズ構成はメーカーからの発表はなく不明。光の乱反射を抑えて逆光でもクリアな写りの得られるレンズコーティングはとても弱いか、施されていないようです。絞りおよびシャッター速度については、当然ながらいずれも固定。ピント位置も同様となります。設定される絞り値はF11、シャッター速度は1/125秒で、快晴で真昼の屋外順光の撮影では若干露出オーバーに、同じ撮影条件での明るい日陰や薄曇り真昼の屋外などでは若干露出アンダーとなる値ですが、多少の露出不足や過多はフィルムの特性(ラチチュード)とプリントでカバー、ということでしょう。ピント位置については、3m前後を中心に無限遠から最短撮影距離である1.3mまで、絞りF11の被写界深度内に収まるよう設定されているようです。
カラーネガフィルムを装填する一般的なレンズ付きフィルムと同様に、ストロボを備えているのも注目点といえます。前述の通り、絞りもシャッタースピードも固定されているため、被写体の明るさによってはストロボの使用は必須。室内は当然ながら日陰や曇天、早朝夕刻の撮影などでもマストです。ちょっとでも暗いなと思ったら発光させるのが、このカメラの使い方の肝と述べてよいでしょう。ただし、このストロボの光量がもっとも適した被写体との距離は1m。人物など撮るときは、そのことを考慮したうえでアングルを決める必要があります。
このカメラなりの撮影や現像、レタッチを楽しみたい
使用した印象としては、シャッターボタンやフィルム巻き上げの感触などはよく、ファインダーの見え具合も良好に思えます。もちろん、それはレンズ付きフィルムとして考えたとき。ボディ本体はコンパクトに仕上がっているので、カメラバッグなどに忍ばせておくことも容易です。撮影済み枚数を表示するカウンターが比較的見やすいのもうれしい部分です。ただ、ほかのレンズ付きフィルムにもいえることですが、プラスチック製の軽いつくりゆえ、手ブレの発生が気になるところ。表現として画面をブラすなど特別な撮影意図がなければ、しっかり構えるよう留意したいところです。
写りは、カメラの価格や性格を考慮すると、細かく見ていくのは無粋というもの。ピントは甘いですし、当然シャープネスも低い。逆光にも弱く、太陽が画面のなかに入るとゴーストやフレアが盛大に現れることもあります。最新のデジタルカメラの写りに慣れてしまった目には、正直厳しく思えます。しかしながら、そんな写りこそがレンズ付フィルムの特性であり、そのことを受け入れる余裕さえあれば十分楽しめてしまいます。もちろん、最高の写りを得るには順光で撮ること、直射日光の当たってない被写体なら積極的にストロボを発光させることを意識して撮影するとよいでしょう。今回掲載した作例は、現像したフィルムをデジタルカメラで複写してデジタルデータ化(デジタイズ)しています。画像の濃度やコントラストなどをレタッチソフトで調整しました。フィルムならではの粒状感とともに、Tri-Xらしい写りになったかと思います。
モノクロ撮影が楽しめるレンズ付きフィルムとして現状唯一となる「Tri-X 400 Single Use Camera」。モノクロフィルム撮影に挑戦してみたい写真愛好家のファーストカメラとして、あるいは手軽なモノクロ撮影用のカメラとして、Tri-Xフィルムで撮影できるとても魅力的な製品だと感じました。
今回掲載した作例について
今回、フィルム現像は都内のプロラボ「ナショナル・フォート」にお願いしました。機械現像であるため現像ムラが発生しにくいうえ、長年プロのユーズに対応してきた信頼性の高さも外せません。今回掲載した作例は、デジタイズしたデータを元にしています。ワークフローしては、まずケンコー・トキナーの簡易型フィルムスキャナー「5インチ液晶フィルムスキャナーKFS-14WS」でネガをチェック。その後、焦点工房の「Camflix フィルムデジタイズアダプター」でスキャンし、モノクロネガフィルムをデジタルデータ化。最後に、Adobe Photoshopで濃度やコントラストなどの調整を行ったものを掲載しています。