図らずもコロナ禍によって普及が進んだキャッシュレス決済。その影響は地域振興券にまで及んでいる。あきる野商工会もまた、今年度「秋川渓谷プレミアム付デジタル商品券」を発行した。その背景と課題、そして採用されたプラットフォームについて伺ってみたい。
あきる野市と檜原村の事業者を支える「あきる野商工会」
東京都商工会連合会に属する27団体のひとつである「あきる野商工会」は、地域の経済団体。あきる野市および檜原村という2つの行政区画を管轄する唯一の商工会であり、その面積は連合会中でもトップクラスを誇る。会員数はおよそ1500人と中規模だが、加入率は約65%と非常に高く、まさに管内の小規模事業者を支える存在といえる。
近年はICTへの取り組みも行っており、コロナ禍においてはZoomを利用した商業部会やセミナーも開催。Web資料の普及にも取り組んでおり、テレワークやクラウド化も積極的に実行。50代以上の方も多い商工会のデジタル化推進を後押ししている。
そんな商工会の主な役割はふたつある。ひとつは経営改善普及事業と呼ばれ、小規模事業者の経営や技術の改善発達を図ること。つまりお店の経営指導を行って課題解決を助けたり、講習会やセミナーで情報を提供したりすることだ。
もうひとつは地域総合振興事業と呼ばれ、行政とともに地域を盛り上げその経済発展を目指すこと。例えば夏祭りや産業祭、抽選会などが代表的なこの活動に当たる。2021年10月15日から2022年2月14日にかけて発行された「秋川渓谷プレミアム付デジタル商品券」も、この地域総合振興事業だ。
あきる野商工会は、この「秋川渓谷プレミアム付デジタル商品券」を、「スマートフォン型商品券」と「プリペイドカード型商品券」の2つに分けて発行した。これを支えたのが、NTTカードソリューションの「おまかせeマネー」だ。
同会が従来の紙商品券型ではなくデジタル決済型に挑戦し、2種類の商品券を用意したのはなぜなのか。その経緯と効果について、あきる野商工会 会長の松村博文氏、事務局長の山口純氏、指導係長の渡部順一氏に伺ってみたい。
コロナ禍を機に商品券のデジタル化に踏み切る
地域振興券をこれまで紙で発行してきた、あきる野商工会。2014年ごろから10年近く続けている事業であり、その実績は十分だ。なにより紙は確実に発行でき、だれでも利用できるという大きな利点がある。だが、その事務負担は非常に大きいと山口氏は語る。
「紙の商品券の発行はお金を発行するのとほぼ同じですから、コストも手間も掛かります。信用を担保するために通し番号をつけ、それを販売して、使ってもらった商品券は金融機関で換金する必要があります。そして最後は、鮭のように我々の元へ戻ってこなければなりません。商工会、行政、金融機関、一箇所でも間違いが起こってはならないため、効果は大きくとも負担の大きな事業でした」(山口氏)
このような状況の中で、新型コロナウイルス感染症の流行により、3つの密を避ける新しい生活様式が突如始まる。
「コロナ禍では紙の商品券の販売は密、買い物も密、換金も密。密しかないんです。密を避けつつ、いままで通り商品券を発行しなければいけないとなると、電子化というキーワードが真っ先に浮かびました」(山口氏)
小規模事業者を支える信用金庫の存在
商品券の電子化を考える中で浮かび上がってきた課題は4つ。1つ目は「誰もが直感的に使えること」、2つ目は「システムに欠陥がないこと」、3つ目が「紙でも併用できること」、4つ目は「A券・B券の使い分けができること」。これらの条件を満たすべく、同会は2021年初めからプラットフォームの検討を始める。
「最初は都銀・地銀さんの商品券システムをいくつか見させてもらいましたが、実績が足りないという点、そして最終的にその金融機関の口座に入金されるという点で断念しました。商工会会員のみなさんが利用されているのは信用金庫がほとんどですし、これまでの商品券に全面的に協力してくれたのも信用金庫さんです。そんな信用金庫さんに背中を向けるわけにはいきませんから」(山口氏)
検討を続ける中、あきる野商工会が出会ったのが、NTTカードソリューションの「おまかせeマネー」だ。webブラウザ形式でアプリのインストールが不要、専用の決済端末が不要、紙カードに対応、カスタマイズ可能、高セキュリティ、そして導入実績もあるというおまかせeマネーは、同会の条件を満たすことができた。
2021年6月には議会の承認も下り、「秋川渓谷プレミアム付デジタル商品券」発行に向けた動きが本格的にスタート。
「あきる野市役所さんも檜原村役場さんもこの事業をすごく理解してくれて、我々から見えないところでも動いてくれていたと思います。大変ありがたいです」(渡部氏)
スマホ型/プリペイド型、A券/B券の使い分けに対応する「おまかせeマネー」
前述したとおり、「秋川渓谷プレミアム付デジタル商品券」は「スマートフォン型商品券」と「プリペイドカード型商品券」の2種類が存在する。また、すべての取扱店で利用できる「A券」と大型店で利用できない「B券」に分かれている。制度設計を担当した渡部氏は、その理由を次のように説明した。
「スマートフォン型と合わせてプリペイドカード型を採用したのは、幅広い世代にデジタル化に向き合ってもらい、その恩恵を受けてもらいたかったためです。スマホが広く普及した現在でも、まだスマホをうまく扱えない方は少なくありません。まずはカード型から使い方に慣れて欲しいと思いまして、デザインもアナログな雰囲気を残すようにしました」(渡部氏)
また、山口氏は「商工会の取り組みですから、当然、小さな事業者さんにメリットがないとやっても仕方がないわけです。一方で、商品券自体で魅力を担保できなければ売れませんので、大型店への反映度も考慮しなくてはなりません。そのためA券・B券に分けましたが、『おまかせeマネー』はこのシステムにスムーズに対応できました」と話す。
デジタル商品券に慣れていないのは、消費者だけではなく事業者も同じだ。渡部氏は「事業者さまの協力がない限り、決して実現できないものでした」と当時の状況を語る。あきる野商工会では、全体の説明会を8回、個別相談会を74コマ、加えて経営指導時のアドバイスを続け、導入にこぎ着けたという。NTTカードソリューションへの問い合わせも過去の事例より少なかったそうで、あきる野商工会の細やかな対応が想像できる。
小さなお店にまで広がりをみせる電子決済の波
こうして2021年10月15日に始まった「秋川渓谷プレミアム付デジタル商品券」は、無事に2022年2月14日まで続き、盛況のうちにその発行を終えた。
渡部氏は「一番良かったのは、やはり非接触かつ直感的に決済できたことでしょう。A券・B枚券それぞれの枚数を勘定したり、判子を押したりする必要なく、自動的に換金できるのは非常に良かったと思います」と、取り組みを振り返る。
「スマートフォン型は申し込みから購入、そして利用まで一元管理できますので、使える方にとっては非常に楽だったと思います。一方でプリペイドカード型は、お買い物をしなければ残高が分かりません。残高が少なくなったときにカードを変える手間もありました。そこで残高を書き込めるカード袋を配布したり、事業者さんには使った方に残高を伝えてもらえるようお願いしたりしました」(渡部氏)
ちょうど発行を終えた取材時には、アンケート結果の集計も始まっていた。最終的に、申し込みや購入の数はプリペイドカード型の方が多かったそうだ。事業者からは「初めて来店してくれたお客さまがいた」「若いお客さまが来てくれた」という声もあるという。デジタル決済の導入によって新規顧客の開拓ができたことは、大きな成果のひとつと言えるだろう。
さらに山口氏は「今回の取り組みによって『一回やってしまえばできる』と、みなさんの心理的な壁を下げることができたと感じました」と、その手応えを述べた。
「せっかくデジタル決済に慣れていただいたので、『電子化の流れを止めたくない』というのが一番の思いです。これからどういう形で進めるのかは大きな課題ですが、事業者の方にも住民の方にも、電子化の波を途切れさせない意識を持っていただければうれしいです」(山口氏)
最後に、あきる野商工会 会長の松村氏は、日本のキャッシュレス決済の今後と、小規模事業者の課題について次のように語った。
「日本銀行券は非常に信頼できる通貨であり、それが現金への信頼を生んできました。しかし国際的な情勢を見ても、マイナンバーとの紐付けなども踏まえ、日本はそろそろ現金主義を見直す時期が来ていると思います。このままでは、それこそ『じゃあいいです』という状況になりかねません。ですが、小規模事業者さんが電子化で一番気にしているのは手数料です。それを払拭するためにも便利さを実感いただかなければならないでしょうし、ある程度規格の統一も必要になるでしょう。今回の取り組みでは補助もいただけましたし、徐々にキャッシュレス化の方向に向かってくれればと願っています」(松村氏)