大分県は公式サイトで「東九州新幹線整備推進期成会シンポジウム」の動画と来場者アンケートの集計結果を公開した。このシンポジウムは2021年11月17日に大分県立芸術文化短期大学で開催され、参加者はおもに学生、経済団体などだったという。
東九州新幹線は、全国新幹線鉄道整備法にもとづく「基本計画路線」で、「福岡県福岡市を起点とし、大分市附近、宮崎市附近を通り、鹿児島県鹿児島市を終点とする路線」とされている。基本計画路線は国の優先度と建設条件を満たした路線から整備計画が決定され、整備新幹線に格上げされる。整備新幹線のうち、建設中の路線は北海道新幹線と北陸新幹線、西九州新幹線で、それぞれ開業時期が見えてきた。
そこで近年、基本計画路線沿線の地域は、整備新幹線への格上げをめざし、国やJRに対する要望活動を活発化させている。ただし、地域によって温度差があり、目下のところ「四国新幹線・四国中央新幹線」「奥羽新幹線」「羽越新幹線」「山陰新幹線」が東九州新幹線のライバルとなる。
2016年に東九州新幹線鉄道建設促進期成会が発表した「東九州新幹線調査結果」によると、東九州新幹線が開業した場合の所要時間は北九州(小倉)~大分間31分、大分~宮崎間48分、宮崎~鹿児島(鹿児島中央)間29分とのこと。現在の在来線特急列車はそれぞれ1時間32分、3時間9分、2時間9分で結んでいる。
大分県や宮崎県にとって、東九州新幹線は福岡市と中国地方、近畿圏に対する時間短縮効果が大きく、経済効果も期待できる。大分~広島間が3時間以内から2時間以内になるだけでなく、宮崎から山陽方面が5時間超から3時間以内、大阪方面が4時間以内に短縮される。
新幹線建設で重視される「費用便益比」は、「すう勢ケース」と「戦略ケース」について試算された。「すう勢ケース」は現状をもとに見通せる範囲で推移する。「戦略ケース」は大分県と宮崎県の経済、人口政策の成功を考慮して推移する。
試算結果は、「すう勢ケース」が50年間で1~1.12と1をクリア。「戦略ケース」が50年間で1.31~1.36という好成績だった。戦略ケースは国の人口減少傾向を見込み、2100年には日本の人口が6,000万人程度になるという予測を考慮して計算されている。それでも費用便益比が1.36となる点に注目したい。
■九州新幹線の成功も後押し
昨年11月に行われたシンポジウムでは、大分県知事の挨拶に続き、前半は基調講演、後半は地域を代表する人々によるパネルディスカッションという形式で進行した。動画は約1時間20分に編集されており、休憩時間を考慮するとほぼすべて収録されているようだ。
基調講演では、富山国際大学現代社会学部准教授の大谷友男氏が登壇し、「東九州新幹線整備により期待される効果 ~九州新幹線全線開業から10年を迎えて~」と題して、九州新幹線(博多~鹿児島中央間)の開業効果に触れつつ、「東九州新幹線に期待される効果」と「向き合うべき課題」を紹介した。
九州新幹線については、2010~2018年にかけて熊本~大阪間・鹿児島~大阪間のどちらも輸送人員総量が増加している。そのうちJRのシェアは横ばいで安定している。つまり、すべての輸送手段で増加となった。また、沿線の福岡県、熊本県、鹿児島県の企業1,200社にアンケートを採ったところ、九州新幹線開業によって企業活動が活発化しているという。4分の1の企業が支所機能の閉鎖や縮小を実施したが、九州新幹線の影響は約15%に過ぎなかった。
来訪者数について、2010年と2018年を比較したところ、熊本到着地・鹿児島到着地ともに増加しており、とくに関西・中国からの来訪者は200%以上の増加となった。ビジネス目的の来訪も増えている。一方で、「東九州新幹線が向き合うべき課題」として、並行在来線問題、人口減少、コロナ禍を経てビジネス需要が低迷するか、などがある。
後半のパネルディスカッションは、「東九州新幹線への期待と大分の未来」と題し、大分経済同友会常任幹事の古城一氏、大分まちなか倶楽部事業推進部長の吉田可愛氏、別府市観光協会専務理事の伊藤慶典氏、大分県立芸術文化短期大学国際総合学科の坂元里帆氏が登壇した。
古城一氏は、「北陸新幹線が開業した富山市を視察訪問したところ、市の担当者だけではなく、人々の表情が明るい。新幹線がビッグプライドをもたらしたようだ。国内外の有名ブランドもできる」と話した。大分市は富山市より人口が多いだけに、うらやましく思えたかもしれない。
伊藤慶典氏は、「別府温泉は年間850万が人訪れ、そのうち250万人が宿泊する。宿泊客を減らさないこと、新幹線駅から別府は離れているため、二次交通の整備が課題」と話す。とくに、隣県である宮崎市との相互交流に期待しているようで、「現在、宮崎と大分は在来線特急で3時間かかる。一方、大分~東京は空路で1時間半。宮崎は東京より遠い」とした上で、「新幹線で宮崎と約50分で往来できれば、宮崎県の人々も別府に訪れてくれる」と語った。
■大分県と宮崎県の温度差が気になる
シンポジウムのアンケート結果によると、東九州新幹線についてほぼ全員が理解を示し、9割以上の参加者が「必要」「どちらかといえば必要」と回答したという。期待することとして、「移動時間短縮」「観光誘客」「経済活性化」が多かった。一方、「整備費用」「並行在来線問題」を挙げて「不要」と感じた参加者もいた様子。いずれにしても、シンポジウムの目的である「東九州新幹線の機運醸成」は成功したようだ。
このシンポジウムは、大分県の「東九州新幹線整備推進期成会」が主催している。大分県により2016年10月に設立され、発起人は大分県議会議長、大分県市議会議長会会長、大分県町村議会議長会会長、大分県商工会議所連合会会長、大分県商工会連合会会長となっている。
これとは別に、調査資料を発表した「東九州新幹線鉄道建設促進期成会」がある。1971(昭和46)年に福岡県、大分県、宮崎県、鹿児島県、北九州市によって設立された。国への働きかけが実り、基本計画リストに入った。
ただし、大分県側の熱意が伝わってくる一方で、宮崎県側の熱が低いように見える。「東九州新幹線鉄道建設促進期成会」の会長は宮崎県知事だが、2016年に国土交通省へ要望活動を行って以降、目立った動きがない。四国では4県すべてが年間で複数回にわたる要望活動を実施している。それに比べて、東九州新幹線は各県の足並みがそろっていない。あるいは大分県の熱意が突出していると言うべきか。
福岡県と鹿児島県は、県民の移動需要のうち大分県・宮崎県への比率が少ないため、「県をあげて東九州新幹線に」という立場を取りづらいだろう。しかし、利点の多い宮崎県の動きが公式サイトや報道などから伝わってこない。宮崎県は2021年10月、「宮崎県鉄道整備促進期成同盟会要望活動」としてJR九州に要望活動を行ったが、要望項目のトップは「日南線の早期復旧」だった。
5番目に「吉都線、日南線の路線の維持及び活性化」、6番目に「日豊本線の高速化等による速達性の向上」ときて、9位に「東九州新幹線の整備計画路線への格上げ」、10位に「九州新幹線効果の宮崎県への波及のためのアクセス改善」がある。つまり、東九州新幹線よりも地域のローカル線と鹿児島中央駅へのアクセスを重視しているようだ。
この背景には、整備費用の負担割合があるかもしれない。整備費用総額の推計結果は2兆6,730億円。各県の負担額は、福岡県が3,050億円、大分県が9,000億円、宮崎県が1兆430億円、鹿児島県が4,210億円となっている。宮崎県の負担が最も多い。
宮崎県にも東九州新幹線の利点は多い。宮崎~博多間は最短で1時間程度となる。既存ルートの宮崎~博多間は空路で2時間17分。高速バスを利用して新八代駅で乗り換え、九州新幹線で約3時間半。鹿児島中央駅経由で特急列車と九州新幹線を乗りつぐと4時間前後になる。
しかし、宮崎~鹿児島間だけでも十分だろう。博多駅から鹿児島中央駅経由で宮崎まで、約2時間になる。小倉回りの2倍かかるが、航空便と同等だ。宮崎県は鉄道と空港アクセスが便利なだけに、関西・東京との結びつきは空路のほうが強い。一方、大分駅と大分空港は遠く、ホーバークラフトを復活させる計画が動いているほど。大分県は宮崎県に比べて鉄道の依存度が大きいといえる。
宮崎県が、並行在来線問題と費用対効果について前向きになれないとしたら残念だ。整備新幹線の費用分担については、今後、各自治体の線路の長さではなく、得られる利益で決めたほうがいいかもしれない。