大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第9回(脚本:三谷幸喜 演出:保坂慶太)は「決戦前夜」と勇ましいサブタイトルで有名な富士川の戦いが描かれた。稀代の喜劇作家・三谷の手にかかると富士川の戦いも神がかったものから愉快なものへ――。
時に治承4年(1180年)10月。歴史や文学好きな人なら知っている「富士川の戦い」は、無数の水鳥が一斉に羽ばたいた音を敵の奇襲と勘違いした平維盛軍が焦り、頼朝軍が勝利したと語り継がれている。これまで『鎌倉殿』で信心深い頼朝(大泉洋)が“持ってる”ふうに描かれていたが、この水鳥に関してはあまり神がかっていない。水鳥の羽ばたきは時政(坂東彌十郎)と三浦義澄(佐藤B作)のおじさんたちによるピタゴラスイッチ的なことだった。
河原で深刻に語らう2人→感情が昂ぶって俺を殴れという時政→自分で殴れといったのにカッとなって殴り返す→義澄が川にはまる→大きな音がする→馬が驚いていななく→水鳥が羽ばたく→平家騒然、という流れ。時政と義澄はいたって真剣なのでそれが微笑ましいし、すぐ頭に血がのぼりやすい時政のキャラが生かされていたとはいえ、阿鼻叫喚して総崩れする平軍がお気の毒。
最近、SNSで人気の『鎌倉殿』の楽しみ方のひとつに、アニメ『平家物語』と合わせて見ることがある。VODサービスで配信中の『平家物語』はタイトルのごとく平家視点で描かれている。富士川の戦いのエピソードがあるのは第6回(『鎌倉殿』第3回の文覚〈市川猿之助〉と頼朝の髑髏にまつわる会話も出てきた)。アニメだと川に水鳥がいる画があるが、ドラマでは夜だからか水鳥の姿はなく、驚いて空を舞う様子がCGになっていた。
『平家物語』でものすごく繊細な維盛が軍の総大将になったプレッシャーを抱えて苦悩している姿を見ると『鎌倉殿』が補完できる。アニメでは撤退したことで責任を問われた維盛が描かれている。それがおじさんたちの青春ドラマみたいなことでもたらされたと思うと切なくもある(2作はあくまで違う話なので混ぜるな危険)。
そんなこんなで富士川の戦いに勝ってどんどん駒を進めていく頼朝。今、頼朝が乗りに乗っているように見えるため兵も増えていく。ところが頼朝は不安にかられている。真の味方がいないと感じているからだ。時政は実戦以外では頼りにならないし、そもそも上総広常(佐藤浩市)を筆頭に坂東武者たちは一筋縄ではいかない。頼朝を担いで坂東を大きくしようとしていることに頼朝だって薄々気づいているのだろう。
「おまえはわしと坂東どちらをとる?」と頼朝に問われた義時(小栗旬)は困った顔になる。まだ完全に嘘をつく技術を体得できていないようだ。結局はひとりなのだと孤独を噛みしめる頼朝の前に、タイミングよく弟・義経(菅田将暉)が颯爽と現れる。どうせ偽物と思って相手にしなかったがちょうど孤独だったから身内が現れたことで少し心が動いたようで、「よう来てくれた」と強く抱きしめたその顔に涙が一筋。これまで頼朝は誰にでも調子よく「よう来てくれた」と歓迎し、義時には「弟」と言い、千葉常胤(岡本信人)には「親」と言って喜ばせていた。でもそれはすべて彼が生きていくためのお芝居であったわけだが、涙を流したのは初めてではないか。鬼の目にも涙というように本当に寂しかったのかもしれない。
これもお芝居だったらどうしようと疑心暗鬼にもなるが、この回は「家族」の繋がりのようなものが強調されていた。まず、敵に回った伊東祐親(浅野和之)の命を義時や三浦義村(山本耕史)は助けようとする。義村の「あんなじいさんでも俺の身内なんでね」というセリフがかっこよかった。
祐親の延命を頼朝に頼む義時と政子(小池栄子)は、姉弟ならではの楽しげなやりとりで、我々は家族なのだと言うことを強調する。また北条家が集まって仏像に拝むとき、北条家の人々は志半ばで亡くなった宗時(片岡愛之助)のことを思う。時政は口にはあまり出さないが宗時のことをすごく思っていることがわかる。極めつけは「坂東武者にとってなにより大事なのは所領と一族」と時政がはっきり頼朝に語るのだ。
北条と坂東武者は「家族」で結束している。政子と結婚して頼朝もその家族の一員になったはずが完全にその中には入れない。第1回放送のときに行われた伊豆の国市で北条家大集合会見で大泉洋が家族扱いされないことをぼやいていた。まさにそのとおりのことがドラマの中で繰り広げられている。「とどのつまりはわしはひとり……」とたそがれたとき、忠実な従者の安達盛長(野添義弘)が義経の来訪を告げにひょっこり現れる。「あれがおったか」と頼朝がつぶやいたところで、安達がきょとんとした顔をする間が印象的。血が繋がっていなくても信じるに値する人はいるのである。安達盛長、頼朝の浮気の手伝いもさせられているし、苦労人の雰囲気が滲む。こういう人を大事にしないといけない。
家族大事な人たちのなかで祐親だけは家族神話を大事にしていない。娘の八重(新垣結衣)を殺そうとする。善児(梶原善)に命じて八重を殺そうとするような父に「死んではなりません」と生かそうとする八重。彼女もまた「身内」ということで義時に助けられた。政子は「夫の前のあれ」と不機嫌だが、夫の前の“あれ”でも「身内」は「身内」(政子と八重は親戚)。家族のつながりはなかなか厄介だ。
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