今期順位戦の掉尾を飾る大熱戦

渡辺明名人への挑戦権を争う第80期順位戦(主催、朝日新聞社・毎日新聞社)は、3月10日にC級2組の11回戦が一斉に行われました。本クラスは前節で西田拓也五段が昇級を決めており、残る昇級2枠を8勝1敗の服部慎一郎四段、渡辺和史四段、伊藤匠四段、7勝2敗の黒沢怜生六段と杉本和陽五段が争います。服部四段と渡辺四段が自力昇級の権利を有し、伊藤四段からは自身の勝利に加えて上位者の敗戦が求められるという、いわゆるキャンセル待ちの状況でした。特に服部四段は自身が敗れても渡辺四段か伊藤四段が敗れれば昇級となるので、有利な位置にありました。

ところが順位戦の魔物はどこに潜んでいるかわかりません。遠山雄亮六段と対戦した服部四段は、相掛かりの中盤で銀交換を挑んだ順が指し過ぎだったのか、苦戦を強いられることになります。

■伊藤四段の見事な切り返し

藤井聡太竜王と同学年で最年少棋士の伊藤四段は、キャンセル待ち一番手です。近藤正和七段の先手中飛車に急戦調の将棋で臨みます。中盤で伊藤四段の銀が捕獲されるのですが、その瞬間に打った38手目の△4五角がすごい切り返しでした。これは銀で取られる形ですが、△同銀と取り返すことで取られそうな銀が生還しつつ飛車当たりの先手になり、さらに△8八飛成と王手で竜を作る順も残っています。角と銀の交換になりますが、後手玉頭に迫っていた銀を引かせることも合わせて、駒損の代償は十分に取れます。実戦はこの角打ちに対して▲5七飛とかわしましたが、△8八飛成と王手で竜を作った後手が形勢をリードしました。最後はこの竜を自陣に引いて受け潰した伊藤四段が勝利し、他力一番手の地位を確保。同時に黒沢六段と杉本五段の昇級の可能性がなくなりました。

■服部四段は奮戦むなしく苦杯を喫す

近藤―伊藤戦が終局した時点で、服部四段は遠山六段に苦戦中。渡辺四段は長谷部浩平四段と熱戦を繰り広げていました。今期はここまで伊藤四段、藤井聡太竜王に続く勝率3位の好成績を残している服部四段は、さすがの頑張りを見せますが、98手目に遠山六段が放った△8四桂が厳しい一着でした。次に△7六桂と跳ねれば王手金取りなので、▲8五銀と「桂先の銀定跡なり」の格言通りの筋で受けますが、△9六桂と逆に跳ねたのがおもしろい継続手。▲同銀に△9五歩と突かれると銀が助かりません。金駒を持てば、敵陣に竜も作っている遠山六段の勝勢がはっきりします。服部四段は上部脱出に望みを託しますが、その望みも絶たれ134手目で投了。この瞬間、伊藤四段のC級1組昇級が確定しました。

■ドラマは最終盤に

残る昇級1枠は渡辺―長谷部戦にゆだねられました。C級2組11回戦で最後に残ったのが本局で、今期順位戦の最後の一局となりました。勝てば昇級の渡辺四段はもちろん、長谷部四段も負けると降級点がつくのでお互いが血で血を洗う勝負です。大一番は二転三転の末、最終盤の山場を迎えます。お互いに6時間の持ち時間はとうに使い切り、1分将棋が長く続いています。

先手玉を追い詰めた渡辺四段は150手目に△3三飛と質駒の銀を取ります。これは後手の切り札で、▲同馬と取れば取った銀を使って△7六銀以下の詰み。一見して決め手と思わせる手です。

なのですが、なんとこの局面では敗着になりかねない一着でした。

対して▲7四桂と金を取りながら自玉の逃げ道を広げて王手をかける手がありました。後手は▲7四桂に対して△同馬と取るしかありません。そこで▲3三馬と飛車を取っておけば先手玉は詰まず、先手に分があったでしょう。

実戦は▲8四金打。これも手厚い一着に見えますが、そこで△3二飛と馬を取った手が先手玉の詰めろになり、再逆転です。対して▲7四金と後手の馬を外しても、先手玉の詰めろは消えないので詰まされてしまいます。長谷部四段は▲8七銀と不屈の頑張りを見せますが、ここから渡辺四段は逃しませんでした。9勝1敗の好成績で、昇級枠をつかみ取りました。今期順位戦の掉尾を飾るにふさわしい大熱戦でした。

最終的な昇級者の結果は以下の通りです。

9勝1敗、西田拓也五段

9勝1敗、渡辺和史四段

9勝1敗、伊藤匠四段

また渡辺四段と伊藤四段は順位戦C級1組昇級の規定により、五段昇段となりました。

相崎修司(将棋情報局)

昇級を決めた伊藤四段(写真は第52期新人王戦三番勝負第2局のもの 提供:日本将棋連盟)
昇級を決めた伊藤四段(写真は第52期新人王戦三番勝負第2局のもの 提供:日本将棋連盟)