藤井聡太竜王、最年少名人を目指し、いざA級へ
第80期順位戦B級1組(主催:朝日新聞社、毎日新聞社)13回戦、▲佐々木勇気七段―△藤井聡太竜王戦が3月9日に行われ、90手で藤井竜王が勝ちました。この勝利によって藤井竜王のA級昇級が決定、19歳7カ月でのA級昇級は、加藤一二三九段に次いで歴代2位の年少記録となりました。
本局の対戦相手の佐々木七段は藤井竜王が奨励会員時代に地元の将棋まつりの席上対局で敗れた相手であり、デビューからの連勝記録を29で止められた相手でもあります。藤井竜王に対して並々ならぬ闘志を燃やす佐々木七段との順位戦最終局、この大舞台で期待に違わぬ素晴らしい「盤上の物語」が生まれました。
■第1章 佐々木七段の秘手
本局で最初にリードを奪ったのは佐々木七段。「藤井さんとの対局は楽しみにしてたので、新しい試みで対局に臨んだ」と本人が語ったように角換わりからほとんど時間を使わずに速攻を仕掛けました。これが佐々木七段が用意していた研究手順で藤井陣に突き刺さります。藤井竜王も「速攻を警戒して駒組みしていたつもりだったんですけど▲3五歩で仕掛けられてしまっているようではこちらの考えが破綻してしまっている」と局後に振り返っていました。
■第2章 徐々に藤井ペースに
温めていた秘策でリードを奪った佐々木七段でしたが、一発のパンチで仕留められるような相手ではありません。また、佐々木七段が言うようにこの仕掛けは「戦いながら作りを厚くしていくという、けっこう難しい戦法」でもあったため、リードを保ち続けるのは容易ではありませんでした。中盤の難解な攻防の中で、藤井竜王が持ち前の読みの力を発揮して徐々に盛り返す展開に。佐々木七段が飛車で王手桂取りをしてきたのに対して、藤井竜王が香を打って受けた手がピッタリ。解説の棋士も「これで手がないのでは?」と見ていました。・・・が、ここで佐々木七段の目がギラリと光ります。
■第3章 天才の一撃
香を受けられた手に対して佐々木七段の▲同飛成!が解説の棋士も思いつかなかった天才的発想。普通は飛車と香の交換は飛車を失ったほうが大きな損になりますが、手にした香を玉のいる筋に設置するのが好手で、藤井竜王優位となっていた評価値が佐々木七段に振れました。トドメとばかりに佐々木七段は銀のタダ捨ての鬼手を放ちます。「自分の読みの中だとけっこう厳しいのかなと思っていた」という佐々木七段でしたが、ここから藤井竜王のしのぎが精緻を極めました。
■終章 最後は鮮やかな詰み
風前の灯に見えた後手玉でしたが、藤井竜王の受けは正確無比。玉が五段目に進出したところで完全に捕まらなくなりました。銀のタダ捨ての鬼手は不発に終わります。それでも佐々木七段は馬を使って最後まで藤井玉に迫りますが、85手目の局面で佐々木玉に詰みが生じました。詰みがあるならそれを逃す藤井竜王ではありません。最後は詰将棋のような銀捨てが盤上に現れ、佐々木七段の投了となりました。
総手数90手。将棋の初形から90回駒を動かしたわけですが、長編小説を読んだような充足感と感動を味わうことができました。素晴らしい「盤上の物語」でした。
局後のインタビューで藤井竜王が語った中で印象的だったのは
「自分の実力ではどうすればバランスを取れるのかわからなかった」という言葉。
佐々木七段の仕掛けに対するコメントですが、将棋8大タイトルのうち5冠を保持している王者の言葉とは思えないほどの謙虚さと自分への厳しさを感じます。そして、このスタンスが藤井竜王にとっての平常運転であり、多くのファンを魅了してやまない人間的な素晴らしさの一つでもあります。
来期、最年少名人を目指してトップリーグに乗り込む19歳の若者に慢心や油断は微塵も感じられません。
「A級だと名人への挑戦を目指す戦いになるので、そういった舞台で戦えることは楽しみです」と、彼は言いました。
A級順位戦で藤井竜王がどんな戦いを見せてくれるのか、ファンも楽しみにしています。
島田修二(将棋情報局)