ソニーとホンダが、2025年の発売を目指し、EV(電気自動車)の製造・販売を軸にした業務提携を行うと発表した。両社による合弁会社は2022年度中に設立を予定している。

  • ソニーとホンダがEVでの協業を発表。3月4日には、両社社長が参加しての記者会見も行われた

どちらも日本を代表する大企業であり、伝説的エピソードを持つ創業者がいる、という点でも共通項は多い。

  • ソニーとホンダは、それぞれカリスマ的創業者の逸話も多く、似た匂いを感じる人もいるだろう

では、両社はどのような事情でEVに関する提携に至ったのだろうか?

過去の取材や、3月4日に両社トップによって開かれた記者会見で得られた情報などから、それぞれの思惑を考えてみよう。

モビリティの変化をリードしたいソニー

「モビリティとは当社にとって新しい実績であり、学ぶ必要があった」

ソニーグループ(以下、ソニー)の吉田憲一郎・代表執行役 会長 兼 社長 CEOは、会見の冒頭でそう述べた。

過去30年、ソニーはITとモバイルに翻弄されてきた。PCやスマートフォン、ゲーム機といった事業を手がけているが、PC事業は結果的に自社の手を離れ、スマートフォンでも、シェアを追うトップグループには入れなかった。ゲーム機はヒットし、その結果としてPlayStation Networkを大きな存在に育て上げたものの、ソニーの手による映像配信・音楽配信の事業はうまくいかず、他社とのパートナーシップに依存する形になっている。

これらの変化になんとか対応し、イメージセンサーをソニーの柱となる事業まで育て上げたが、変化をリードしたわけではない。吉田社長は「エレクトロニクス事業を祖業とするソニーは、IT・通信といった技術や、サービスというビジネスモデルのメガトレンドにおいて、『リードしてきた』というより『対応してきた』会社」と話す。皮肉な見方をすれば、「ソニーはトレンドセッターではなかった」と告白しているようなものだ。

だからこそ彼らは「モビリティ」において、変化をリードする存在でありたいと考えているのだろう。経験を積むために作ったのが、2020年に発表した試作車「VISION-S」だ。

  • ソニーの試作車「VISION-S 01」。品川のソニーグループ本社1階に展示されている

当初はまさに「経験のため」だったのだろう。センサーを活用し、自社の考えるアーキテクチャによる「常時通信していることが前提の車」を作ってみることで、EVでソニーに何ができるのかを探っていた部分がある。そして、「これなら差別化できる」と思い、EV市場への参入を決めたと考えられる。

では、ソニーが打ち出したい部分はどこになるのか?

吉田社長は、「セーフティ・エンタテインメント・アダプタビリティ の3点でモビリティの進化に貢献できる」と話す。

  • ソニー・吉田社長は3つの点からモビリティの進化に貢献したい、と話す

最初の2つは分かりやすい。センサーの活用はEVの安全性向上につながるし、ソニーの持つエンターテインメント・コンテンツやAV機器開発ノウハウは、車内エンターテインメントの質・量の向上につながる。

  • ソニーの持つ武器の一つは、スマホでも評価されているCMOSセンサーの技術だ

では「アダプタビリティ」は?

日本語に直せば「適応性」といったところだが、状況に合わせた変化や進化、のような意味だと捉えればいいだろうか。

これは、具体的には「ソフトウエア・アップデート」のことを指すと思われる。今でも、テスラのEVはソフトウエア・アップデートで積極的に機能を追加しているが、ソニーも同様に、VISION-S開発当初から「ソフトウエアとクラウドで進化する車」を標榜していた。モビリティ・プラットフォームとして「アップデートで進化する領域」を作れるのなら、確かに大きな要素となるだろう。

この先を見据えて手を組むホンダ

一方のホンダは、今回の提携を「先を見据えたもの」と位置付けている。

本田技研工業(以下、ホンダ)の三部敏宏・取締役 代表執行役社長は、ソニーとの提携による成果について、「今までにない価値を生み出していくのが狙いであり、ホンダ単独のEV戦略は独自に進めていく。ホンダブランドのEVとは別のもの」と話す。

収益的にも、「従来の提携では台数規模を追って収益を上げていくことが目標だったけれど、今回は『そうではない』とはっきり言えます」(ホンダ・三部社長)としており、直接的な貢献は期待していないという。

それも当然かもしれない。

ソニーはEVの新興勢力。大手自動車メーカーであるホンダの業績に大きな変化をもたらすほどの台数が、2025年の段階で売れると考えるのは難しい。10年後はともかく、3年後の近い未来を考えると、ホンダにとってソニーとの合弁は「収益源」以外の形での貢献を狙ったもの、ということになるのだろう。

三部社長は、現状を次のように分析している。

「自動車を中心としたモビリティの事業が大きな変革期を迎えています。しかし、革新の担い手は従来の自動車メーカーではなく、新たな業界からのプレーヤーになっている」(ホンダ・三部社長)

  • ホンダ・三部社長は、デジタル技術がモビリティに与える変化が自動車業界を変えている、と強い危機感を語る

現在進んでいるEVによる業界構造の変化は、自動車会社にとって大きな波のような存在だ。だが、それを起こしているのは既存の自動車メーカーではない……という危機感が三部社長の中にあり、今回の提携はそこから生まれていることが分かる。

そこでソニーとの提携により化学変化を、ということなのだろうが、すでにEVシフトはヨーロッパを中心に急速に進みつつあり、自社がここまで進めてきたEV戦略ですぐに対応しないといけない時期でもある。

だが、モビリティの変化は10年単位で起きる大きなトレンドだ。

それならば、2025年に向けてソニーと共同でEVを作り、そこから得られるものがあれば自社の「先の世代のEV戦略」につなげていきたい……。ホンダの考える方向性は、こんなところではないだろうか。

パートナー求めたソニーと誘うホンダ。ユニークなEVは作れるか

一方、ソニーの側はもう少し切実だ。

ソニーは自動車生産のノウハウも、工場も持っていない。自動車に必要な品質管理やアフターサポートのノウハウもない。それらの能力を持つパートナーと組み、自社のセンサーやソフトウエア、サービスプラットフォームと組み合わせてEVを作る「アセットライト戦略」で臨む。

VISION-Sも、半導体はクアルコム、クラウドインフラはAWS(Amazon Web Services)、そして自動車の車体設計はオーストリアのマグナ・シュタイアとパートナーシップを組んで作られている。

「市販車を作ることになれば大きなパートナーが必要」というのは、2022年1月の「EV市場参入検討」発表の段階から予測されていたことだ。

ソニー・吉田社長も「パートナーを探していた」と認める。そこに、2021年夏、ホンダからの誘いもあり、まずは情報交換の形で協業がスタート。2021年末、トップ会談によって今回の合意へと至った……という流れのようだ。2022年1月の発表自体が、「ホンダとのパートナーシップに目処がついたために公表した」ものだった、ということになる。

  • ホンダの強みはまさに「自動車を作れること」。そのノウハウをソニーは欲した

新会社によるEVの初代モデルは、2025年中に発売予定とされている。

デジタル機器の感覚で言えば「3年も先」だが、自動車業界の常識で考えると「もう3年しかない」といったほうが良い。ホンダ・三部社長も「まずは2025年に出すこと」から始めたいとしており、その先の言及はなかった。ホンダとしては「話は決まったが、もう開発に残された時間は長くない」と考えていそうだ。

両社に若干の思惑違いも感じられるが、「今後の危機感からのパートナー提携」という点では、両社トップの意識が一致したものといえる。

限られた開発期間の中でどれだけ「いままでのEVと違うもの」を作ることができるのか。その実現性が、将来の提携の継続やビジネス拡大の可能性につながっている。