斎藤八段は全勝挑戦を逃す

渡辺明名人への挑戦権を争う第80期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)の最終局が3月3日に静岡市・浮月楼で一斉に行われました。

本日の組み合わせと対局開始時の状況は下記のとおりです。

▲糸谷 哲郎八段(5勝3敗・4位)-△斎藤慎太郎八段(8勝0敗・1位=挑戦)

▲佐藤 康光九段(4勝4敗・6位)-△佐藤 天彦九段(5勝3敗・7位)

▲豊島 将之九段(4勝4敗・2位)-△菅井 竜也八段(3勝5敗・5位)

▲広瀬 章人八段(4勝4敗・3位)-△羽生 善治九段(2勝6敗・8位=降級)

▲永瀬 拓矢王座(4勝4敗・9位)-△山崎 隆之八段(1勝7敗・10位=降級)

( )内は成績と今期順位

A級順位戦は1日制の対局としては最も長い6時間の持ち時間で、対局終了が深夜に及ぶことが日常です。最終局は5局一斉に対局が行われ、通例挑戦者と降級者がこの日に決まり、数多くのドラマが生まれることから、A級順位戦最終局は古くから「将棋界の一番長い日」と言われています。2018年の76期からは5年連続で静岡市の浮月楼で開催されています。

今期は前節8回戦までに斎藤八段の名人挑戦と羽生九段・山崎八段の降級が決まり、挑戦や降級に影響する対局がない最終局となりました。

■斎藤八段の全勝挑戦なるか

前節で名人挑戦を決めた斎藤八段は、全勝での名人挑戦を決められるかが懸かっています。過去に全勝で名人を決めたのは中原誠十六世名人、森内俊之九段、羽生九段、渡辺名人の4名でいずれも永世称号を持つ大棋士です。斎藤八段がこれらの面々に肩を並べることができるかどうかに注目が集まりました。対戦相手の糸谷八段とはともに関西棋界を牽引してきた間柄で、互いの将棋観をぶつけあう共著も刊行しています。斎藤八段は糸谷八段の人柄を「普段から猫とスイーツを好まれている印象だが、他にもおいしいお店、音楽、スポーツ、漫画、哲学、どんなジャンルでも最先端を知っておられて、他の人とは一日の長さが違うのだろうかと思ったこともある」(『糸谷&斎藤の現代将棋解体新書』マイナビ出版刊より)と評しています。

■一失を鋭く咎めて糸谷八段が快勝

本局は先手の糸谷八段が角換わり早繰り銀を選択しました。一触即発の開戦から一転、お互いの金銀を盛り上げて力比べの様相を呈してきた中、斎藤八段が△3六歩と手筋の垂れ歩を放った手を見て糸谷八段の目が光ります。対して▲3五歩△同金▲7三銀不成△同銀に▲4七桂と進めた手順が機敏でした。この手は相手の守備の要である金に働きかけるもの。後手が△3六歩と打ったために、金が3六に逃げる手がなくなっており、後手は対応に窮しました。以降わずか10手あまり、糸谷八段が電光石火の寄せを決めて87手で斎藤八段が投了。史上5人目の全勝挑戦は成りませんでした。

■「将棋界の一番長い日」にふさわしい死闘

▲豊島九段-△菅井八段戦は相穴熊の熱戦となりましたが、終盤戦でお互いの垂れ歩を払い合う珍しい手順で22時42分に千日手が成立。規定によりお互いの持ち時間が1時間程度での指し直し局が23時12分に始まりました。

この千日手局も二転三転の大熱戦になります。いっときは風前の灯に見えた豊島玉が手順を尽くして生き長らえ、その手番を生かした攻防手で菅井八段の攻め駒を刈り取ってついに逆転。最後は豊島玉に迫る手がなくなった菅井八段が166手で投了となりました。千日手局を合わせて総手数277手、終局は翌午前3時18分。まさに「将棋界の一番長い日」にふさわしい死闘となりました。

最終局の結果は下記のとおりです。

糸谷 哲郎八段(6勝3敗・2位)○-●斎藤慎太郎八段(8勝1敗・1位=挑戦)

佐藤 天彦九段(6勝3敗・3位)○-●佐藤 康光九段(4勝5敗・7位)

豊島 将之九段(5勝4敗・4位)○-●菅井 竜也八段(3勝6敗・8位)

広瀬 章人八段(5勝4敗・5位)○-●羽生 善治九段(2勝7敗・降級)

永瀬 拓矢王座(5勝4敗・6位)○-●山崎 隆之八段(1勝8敗・降級)

( )内は最終結果と来期順位

大石祐輝(将棋情報局)

死闘を制して勝ち越しを決めた豊島九段(写真はお~いお茶杯第62期王位戦七番勝負第1局のもの 提供:日本将棋連盟)
死闘を制して勝ち越しを決めた豊島九段(写真はお~いお茶杯第62期王位戦七番勝負第1局のもの 提供:日本将棋連盟)