自己啓発本をはじめとした書籍、あるいはウェブニュースには「やる気」「モチベーション」をテーマとしたものが数限りなく存在します。それだけ、多くの人が「やる気が出ない」という悩みを持っていることの表れでしょう。
ところが、ベストセラーとなっている著書『神モチベーション 「やる気」しだいで人生は思い通り』(SBクリエイティブ)を上梓した星渉さんは、「行動するためにやる気の有無は重要ではない」といいます。その言葉の真意と併せて、「やる気の有無を問わず行動できるようになるためのトレーニグ」を教えてもらいました。
■「記憶と現実」のあいだの「ギャップ」が行動を促す
みなさんのなかに、こんなふうに思っている人はいませんか? 「やる気がないから行動できない」「行動するためにはやる気が絶対に必要だ」と。こうして、多くの人の行動が阻まれているという現実があります。つまり、自ら「やる気の壁」ともいえる障壁をわざわざつくってしまっているのです。
でも、「やる気がないから行動できない」ということは完全な思い込みであり、「やる気の壁」というものも存在しないとわたしは考えています。なぜなら、「やる気なんてあろうがなかろうが行動できてしまう」というケースも多々あるからです。
それは、わたしが「ギャップモチベーション」と名づけたものの力によります。ギャップモチベーションとは、「記憶と現実」のあいだにあるギャップを埋めようとしたときに自然に生まれるやる気のことを指します。この記憶には2種類あり、それぞれ「未来記憶」「過去記憶」というものです。
以前の記事(『羽生結弦選手に見た「ギャップモチベーション」の力—努力を続けられる理由』参照)でお話したように、終電間際のシチュエーションで解説しましょう。終電に乗ろうとしているときにホームに向かう途中で発車ベルが鳴ったとします。そのとき、「走らないと間に合わないから、走るためのやる気を出そう!」なんて考えるでしょうか? そうではないですよね。
そんなことを考えることもやる気なんてものを感じることもなく走りはじめる—つまり、行動できるはずです。なぜかというと、記憶と現実のあいだにギャップを感じたからです。
この例の人なら、「この時間に駅に行けば十分に終電に間に合うだろう」という予測による未来記憶を持っていました。ところが、現実には、ホームに向かう途中で発車ベルが鳴ってしまった。そうして生まれた未来記憶と現実のあいだのギャップを埋めようと、走るという行動につながったのです。
過去記憶の場合も同様です。過去に、ある工夫によってうまくいったなんらかのことがあったとします。その過去記憶に対して、「でも、今回はまだその工夫をしていない」という現実があったらどうでしょうか? 当然、「今回は失敗するかもしれない…」という思いを持ち、「今回もきちんとその工夫をしよう」というふうに行動につながるのです。
■電信柱の数を数えれば、やる気がみなぎる?
このギャップモチベーションをうまく活用できるようになるには、トレーニングをこなしたほうがよりスムーズです。そこで、「やる気の壁」を突破するためのトレーニング、略して「壁トレ」を紹介しましょう。壁トレには以下のような9つのレベルがあります。順にこなしていくことでギャップモチベーションを活用する力は高まっていきます。
【「やる気の壁」突破トレーニング】
レベル1:体調を整える
レベル2:いつも通る道の電信柱の数を数える
レベル3:「即」できた! のフィードバック3日間
レベル4:自分の仕事、職場への感謝のメッセージを探す
レベル5:最近連絡していない友だち3人に連絡をしてみる
レベル6:「はじめての店に入る」を3回経験する
レベル7:妄想日記を1週間書く
レベル8:自分で自分の目標を決めて小さくする
レベル9:最初の一歩を踏み出す
◆レベル1:体調を整える
それぞれ簡単に解説しましょう。まずは「体調を整える」。なぜなら、体の状態が、自分のやる気やパフォーマンスに直結するからです。運動不足で身体がなまっているなら運動をする、睡眠不足なら早く寝る、身体の不調があるならマッサージや病院に行くなど、できていそうでつい後まわしにしていることをきちんとやって、体調を万全に整えましょう。
◆レベル2:いつも通る道の電信柱の数を数える
ちょっと意外に感じた人もいるかもしれません。ポイントは、「いつも通る道の」ということ。これが「いつも目にしているのに気づいていないことに気づけるようになる」トレーニングになります。じつは、わたしたちは脳にある「RAS(網様体賦活系)」という部分の働きによって、多くのことを見逃しています。その見逃すことには、当然ながらチャンスも含まれます。
いつも気づいていないことに気づけるようになることで、これまで見逃していたチャンスをきっちりとらえることができるようになれば、「このチャンスを活かすぞ!」と、やる気も自然と湧いてくるというものです。
■仕事に対する感謝のメッセージが、未来記憶を生む
◆レベル3:「即」できた! のフィードバック3日間
これは、なんらかの行動をしたら、そのすべてに対して「できた! すごい!」と自分で自分にフィードバックするというもの。すると、なんとやる気が1.6倍になるという科学的な研究結果があるのです。「行動のすべて」ですから、「朝、起きられた!」「出勤できた!」「取引先にメールできた!」「電話対応できた! すごい!」という具合に、自分のあらゆる行動を認めてあげましょう。
◆レベル4:自分の仕事、職場への感謝のメッセージを探す
こちらのトレーニングにも科学的な裏づけがあります。「自分の仕事に誇りを持つと行動力が1.5倍になる」ことが研究でわかっているのです。これはとくに、若い世代の人にとって有用なことだと思います。
若い人の場合、目の前の仕事をこなすことで精一杯で、顧客からの声に目を向けるという意識をなかなか持てないからです。若いために、「まだ大きな成果も挙げられないし、感謝の言葉なんてそうはもらえない」という人もいるかもしれません。
でも、このトレーニングのポイントは、自分個人ではなく会社や業界に対する感謝のメッセージを探すだけでもいいということ。つまり、勤務先の会社はもちろん、同業他社に対する感謝のメッセージでもいいのです。それらを知れば、「自分の携わっている仕事は、こんなふうに社会の役に立っているんだ!」「自分もそんなふうに思われる人材になりたい!」というふうに未来記憶が刻まれ、ギャップモチベーションが生まれることにもなります。
◆レベル5:最近連絡していない友だち3人に連絡をしてみる
「友だち」としましたが、連絡をする相手は両親や兄弟姉妹、学生のときの同級生、お世話になった先輩や上司、前の職場で仲がよかった人など誰でも構いません。ここでのポイントは、「人とのつながりを感じる」ということ。
なぜなら、わたしたちは、人とのつながりを感じたり大切な人のことを思い出すだけでパフォーマンスが上がったりやる気が継続したりすることが研究でわかっているからです。
◆レベル6:「はじめての店に入る」を3回経験する
みなさんはランチの時間に決まった店ばかりに行っていませんか? このトレーニングの狙いは、「新しい選択をすることに慣れる」ことにあります。新しい選択をするというのは小さな挑戦でもあり、その挑戦によって自分自身の成長を感じられます。その成長がポジティブな感情の種となり、やる気を生むことにもつながります。そういう意味では、はじめての店であってもチェーン店はNG。店舗がちがっても以前に入ったことがあるチェーン店の場合、挑戦にはなり得ないからです。
■小さな目標を設定し、やるべきことを明確にする
◆レベル7:妄想日記を1週間書く
「妄想日記」とは、「明日こんなふうになったらいいな」という未来の日記を書くということ。これを手書きすると、未来記憶をよりつくりやすくなります。ただ、「そうなる可能性がある」という内容であることが大きなポイントです。「宝くじで3億円あたった」といった現実的でないことだとほとんど効果がありません。
「ぐっすり眠れた」「いつもより精力的に仕事ができた」「商談相手との会話が盛り上がった」「パートナーと楽しく食事をできた」など、「これくらいのことならあり得そう」という内容を書くことで、未来記憶をつくる癖がつき、ギャップモチベーションを生み出せるようになります。
◆レベル8:自分で自分の目標を決めて小さくする
目標を持つことが、やる気をつくるうえで重要であることはいうまでもないでしょう。「目標=未来の姿」を設定しなければ、現実とのギャップが生まれないからです。ここでのポイントはふたつ。ひとつは、会社や周囲から設定された目標ではなく、「自分で自分の目標をつくること」です。他者に目標を決められると、ギャップモチベーションを生み出すプロセスがカットされてしまうからです。
そして、ふたつ目のポイントが、「目標を小さくすること」です。先の「宝くじで3億円あたった」と同じように、大き過ぎる目標の場合だと実現しているイメージが湧かないからです。目標を小さくすることで実現イメージが湧くと同時にやるべきことが明確になり、行動につながりやすくなります。
◆レベル9:最初の一歩を踏み出す
いよいよ最後のレベル9です。レベル8では自分で自分の目標を設定し、そしてその目標を小さくしました。では、その小さな目標を実現するための最初の一歩を決めましょう。レベル8においてやるべきことが明確になっていますから、その一歩を決めることも難しくはないはずです。
あとはその一歩を踏み出すだけ。ここまでのトレーニングをこなしたみなさんのギャップモチベーションを活用する力は確実に高まっています。その力によって、すでに「やる気の有無を問わず行動できる人間」になっているのです。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/塚原孝顕