人口・面積ともに県内2番目の規模を持つ鹿児島県・霧島市。国分市と姶良郡溝辺町・横川町・牧園町・霧島町・隼人町・福山町の1市6町の合併で2005年に誕生した経緯から各エリアに特産品があり、日本百名山の霧島山や温泉郷など九州屈指の観光資源に恵まれている。
一方で鹿児島空港を有し、薩摩地方と大隅地方、宮崎県を結ぶ同市はソニーや京セラなどハイテク企業の拠点を置く交通の要所で、鹿児島市などに比べてイメージが希薄なことから“スルー”されがちな地域でもあるようだ。
新型コロナの感染拡大で厳しい状況にある全国の観光産業だが、地方経済がコロナ禍から立ち直るためには、地方創生の牽引役となる観光地の再生が不可欠。コロナ収束後に向けて、歓迎の準備に力を入れる霧島市の名所を訪ねた。
焼酎王国・鹿児島の基礎となった麹
鹿児島空港に隣接する「バレル・バレー プラハ&GEN」は、コロナ前は年間50万人が訪れていたという霧島市を代表する観光スポット。焼酎用種麹の全国シェア80%を誇る老舗種麹屋「河内源一郎商店」グループが運営する麹のテーマパークだ。
麹菌は日本の食文化を支える存在として知られ、日本の“国菌”に指定されている。そもそもコウジカビ自体は世界中にあるのだが、その全てが毒性を持ち、この20年ほどのDNA解析などにより、日本でのみ毒性のない麹菌が培養されてきたことが判明。“麹1000年のミステリー”とも言われているそうだ。
「河内源一郎商店」の創業者・河内源一郎は、酒税を管轄していた当時の大蔵省の技術技官として鹿児島に赴任し、焼酎王国・鹿児島の基礎をつくった人物だ。当時の鹿児島の焼酎は不味く腐敗しやすく、日本酒などに使われる寒冷地向きの黄麹菌が原因であると考え、沖縄の泡盛の黒麹菌に注目。鹿児島での焼酎作りに最適な「河内菌」を発見・培養した。
麹は畜産業での活用も進められ、近年は人間への健康メリットがとくに注目されるようになっている。アレルギー反応を抑える効果や、河内菌を入れた生ゴミなどを飼料にすることで家畜の成長を促す効果、食肉の栄養価が増える効果などが学術的に認められている。
施設の敷地内には麹菌によって生産された畜産物などの食品を提供するレストランも運営されており、同社は麹を軸にしながらさまざまな商品や事業を展開している。
世界でも類を見ない黒酢の製法
霧島市福山町の伝統食品としてさまざまな認証を得ている黒酢。坂元醸造は“壺造り”という200年前から続く黒酢の伝統的な製法と味を頑なに守ってきた醸造所だ。
同地でその製造が始まったのは1800年頃。商業港で栄えた土地柄、原料の米や薩摩焼の壺が手に入りやすく、県内でも有数の名水地として知られるほど地下水が豊富で、温暖な気候が米酢造りに必要な微生物に最適だったようだ。
最盛期は24軒の醸造所が町内に存在していたが、大正から昭和にかけて安価な合成酢が普及。米の入手困難に陥った太平洋戦争中を経て、ほとんどの醸造所は廃業に追い込まれ、細々と操業を続けていた坂元醸造も戦後、存亡の危機を迎えた。
しかし、先代の息子で現会長の坂元昭夫氏が開業した薬局の店頭で米酢を販売したところ、五十肩や慢性肝炎の症状が改善するケースが報告されるように。増産体制を整備し、1975年に「黒酢」と命名して初の全国販売を開始した。
仕込み作業から半年ほどで米のデンプンが酢酸へと変化。そこから最低半年間の熟成させることで黒酢が完成する。原料を入れる仕込みから完成した黒酢を収穫するまで、壺を動かすことはない。
現在も福山町の地下水と鹿児島県産の米を使う坂元醸造は、黒酢造りにたずさわる職人15名が町内10ヶ所の“壺畑”にある5万2000本の壺を管理。音や香りを手がかりしながら発酵状態を見極め、熟成期間の攪拌作業などを行う。
春と秋に行われる黒酢の仕込みは福山町の風物詩となっており、その機能性が注目されて以来、同社は40年以上にわたって大学などと共同研究を進めてきた。原料は蒸し米と米麹と地下水の3つのみで、近年は壺に沈殿する副産物「もろみ」も健康素材として注目され、製造過程で食品廃棄物も出ない。
自然の力に委ねる世界的にも類を見ない製法でつくられた黒酢は、市場に多く出回る短期間に大量生産された黒酢とは成分内容が大きく異なり、血糖値や中性脂肪、コレステロール、免疫力、肝機能などを改善する研究結果が確認されているという。
定番商品はお酢らしい刺激があり、調味料として普段の米酢の代わりに使いやすい「1年熟成」で、併設レストランではこの1年熟成の黒酢が使われた料理も実際に堪能できる。
30代~40代女性をターゲットとするブランド「Kurozu Farm」では、より手軽に黒酢を楽しめる商品を展開。一部商品は松屋銀座でも取り扱いがあり、霧島市のふるさと納税の返礼品でも高い人気を誇る。
かめ壺文化は焼酎蔵にも
鹿児島に訪れた酒好きが真っ先に足を向けたくなるのが焼酎蔵である。「明るい農村」などの焼酎で知られる「霧島町蒸留所」を訪ねた。
機械化が進む焼酎蔵ではステンレスタンクを使われるが、三石甕というかめ壺で焼酎を仕込むかめ壷焼酎蔵で、予約不要で蔵見学が可能だ。
一回の焼酎の仕込みで使うお米は300キロ。蒸したお米に米麹をつけ、3日ほど経ったところで酵母と水を加え、“かめ壺”で約6日間かけて発酵。二次仕込みの過程では、お米300キロに対して1,500キロの蒸したサツマイモを加え、さらに8日間ほど発酵させた後、蒸留機で発酵させたもろみに蒸気を当てて蒸留を行う。
蒸気に当て30分ほどで焼酎が垂れ出し、約3時間かけて36~37度の原酒ができ上がる。半年から1年ほど貯蔵・熟成した原酒は、水で希釈する和水という工程を経て、瓶詰めされる。
焼酎の味わいは複雑な要素が組み合わさって決まり、和水は重要な工程のひとつ。日本酒の場合は軟水が使われることが一般的だが、「霧島町蒸留所」では霧島連山の麓から流れる中硬水の井戸水を使う。新陳代謝を促進する成分が多く含まれているという。
ご飯と一緒に焼酎を嗜む鹿児島人にとって「明るい農村」は、どんな食事にも合う定番中の定番。他にも焼き芋を使うことで香りを立たせた「農家の嫁」、「百姓百作」などの銘柄も展開している。
旧霧島町の特産品として盛んに栽培が進んだブルーベリーを焼酎に漬け込んだリキュールも販売中。夏の収穫時期は社員総出で400本以上のブルーベリー畑での収穫作業をするという。
ウイスキーとの兼ね合いで焼酎にはアルコール度数や色味について法的な規制があるそうだが、霧島町蒸留所では通年で原料が手に入りやすい麦焼酎も手がけており、昨年から樽貯蔵も始めた。樽の香りや法定範囲内の色味が高級感を醸す麦焼酎も最近とくにイチオシの商品だ。
今回訪れた3つの施設は、それぞれオンライン販売で取り扱っている商品もあるので、ぜひ参考にしてみてほしい。