人口・面積ともに県内2番目の規模を持つ鹿児島県・霧島市。1市6町の合併で2005年に誕生した経緯から各エリアに特産品があり、日本百名山の霧島山や温泉郷など九州屈指の観光資源に恵まれている。
一方で鹿児島空港を有する同市はソニーや京セラなどハイテク企業が拠点を置く交通の要所で、鹿児島市などに比べて観光イメージが希薄なことから“スルー”されがちな地域でもあるようだ。
新型コロナの感染拡大で厳しい状況にある全国の観光産業だが、地方経済がコロナ禍から立ち直るためには、地方創生の牽引役となる観光地の再生が不可欠。コロナ収束後に向けて、観光事業に力を入れる霧島市の名所を訪ねた。今回は前編・中編で紹介しきれなかったスポットを紹介していく。
グラスだけじゃない薩摩切子、手に取りやすいアクセサリーも
2011年に開業した「ガラス工房 弟子丸」は、薩摩切子をつくる工程で必ず出てしまうガラス廃材を再活用する「ecoKIRI」という取り組みを行う薩摩切子のガラス工房だ。
19世紀の江戸時代に端を発した薩摩切子は、透明ガラスに色ガラスを被せた「色被せ(いろきせ)」という技法で作られることが江戸切子と共通している。 江戸切子は色被せの厚みが1ミリ以下と色ガラスの部分が薄く、鋭い角度でカットすることで色のコントラストを効かせ、カット面がシャープに輝く特徴を持つ。
対して、薩摩切子の色被せの厚みは2ミリ程度と色ガラスを厚く被せて生地を成形。緩やかな角度でカットを施すことで、色ガラスと透明ガラスの境目に「ぼかし」と呼ばれる独特な色のグラデーションを生み出す。
薩摩切子の歴史は島津家28代島津斉彬によって美術工芸品・海外交易品として誕生し、幕末に一度は途絶えてしまっていたが、1985年に復刻。世界のガラス工芸史上でも高い評価を得ている。
定番のお猪口などのグラス。購入者も幅広く、ふるさと納税の返礼品としても人気があるようだ。色味のある日本酒などが増えているトレンドを反映し、近年はよりお酒の色味などが映えやすいクリアなアイテムも増やしている。
薩摩切子の原料はクリスタルガラス。クリスタルガラスとは、24%以上の鉛が入ったガラスのことで、鉛の濃度が高いほど光の反射率が上がる。スワロフスキーなどが有名だが、国内では工業廃水の観点から食器用ガラスには25%以上の鉛を入れられないため、24〜25%未満でつくる必要があるという。
「ecoKIRI」ではデザインの下書きにあたる「割付」という工程前の検査で弾かれる不良生地を分割・カットし、電気炉で加熱形成。平均40〜60%の割合で発生するガラス廃材を使ってアクセサリーのほか、名刺入れやゴルフマーカーなどさまざまなアイテムに生まれ変わらせる。
薩摩切子は材料コストが高く、産業廃棄物として捨てていたガラス廃材のパーツを利用する「ecoKIRI」は、従来の半分から1/3程度の価格でアイテムを販売できるメリットもあるという。
地元民が愛する西郷どん湯
坂本龍馬が刀傷の治療やおりょうとの日本で初めての新婚旅行で訪れた地である妙見・安楽温泉郷の塩浸温泉など、霧島市には4つの温泉郷が存在している。なかでも古くから鹿児島の奥座敷として栄えたのが日当山温泉郷だ。
自然湧出温泉で泉質・湯量ともに抜群。万病に卓効のある湯として古来より地元の人々はもちろん、遠来の湯治客にも親しまれてきた。征韓論に破れて下野した西郷隆盛も日当山に遊来しており、西郷隆盛の愛用の湯として西郷どん湯・西郷湯と呼ばれるようになったという。
現在の日当山温泉は、天降川の清流の両岸に広がり、20数軒の旅館、公衆浴場、家族湯がある。近郷の住民に内湯として親しまれている。
泉質の違う多様な温泉がある霧島市だが、「西郷どん湯」の泉質は「美肌の湯」と呼ばれることもある「炭酸水素塩泉」と、湯冷めしにくいことから「熱の湯」といわれる「塩化物泉」。大人250円で立ち寄り入浴が満喫できる。
世界的にも稀有な市直営ミネラルウォーター
火山熱によって溶融した地中のミネラルをたっぷり含有して温泉水となった「関平鉱泉」。1832年にその源泉が発見されて以来、傷や湿疹、胃腸病、帯状疱疹などに効くとされ、「飲んでよし、入ってよし、の天下の名泉」として多くの人々に親しまれてきた。霧島市市営の関平鉱泉所では、製造工程見学やドライブスルー形式でミネラルウォーター「関平鉱泉水」を購入でき、温泉施設が隣接する。
同地の山々に降り注ぐ年間4500mmの雨は、溶岩や火山砕屑岩に浸みこんで地下水となり、70年前に降った雨水が湧き出しているという。
1リットルの中にカルシウム15.8mg、マグネシウム10.4mgと理想的なバランスで豊富なミネラルを含み、国内では希少な中硬水で、穏和でクセのないまろやかな味わいも魅力。ここ20年ほどで科学的なエビデンスが集まり、大手化粧品メーカーの化粧水の原料に選ばれるなど高い評価を受ける。
2003年、鹿児島大学との共同研究によって関平鉱泉水を飲み続けると、免疫力を高め、白血球に含まれるリンパ球のひとつで、がん細胞の増殖を防ぐとされるナチュラルキラー細胞(NK細胞)の働きが活性化する可能性が高いことが確認された。
さらに、コラーゲンの再生をサポートする「美のミネラル」として知られるシリカ(メタケイ酸)を1リットル中に205.2mgと世界でも有数の高濃度で含有。2020年には鹿児島純心女子大学で湿疹や火傷など皮膚に関する機能性のメカニズムについて試験を行い、皮膚の「バリア機能」を高めるセラミド成分をつくる遺伝子の発現量が増加する可能性が高いことも確認された。シリカは人工的に作ることができず、水に溶けた状態でしか吸収されないと言われている。
関平鉱泉水の湧出量は日量約45トンと限られ、関平鉱泉水は地域の宝として、国内で唯一自治体(霧島市)が経営するナチュラルミネラルウォーター工場で製造されている。関平鉱泉が湧出する霧島市は1934年、日本で最初の国立公園に指定された風光明媚な地。源泉の周辺105ヘクタールは自然保護と水源涵養のため霧島市が直営で管理するかたちだ。温泉として飲用水として大きな注目を浴びている。
県内60年ぶり2件目の国宝指定「霧島神宮」
2022年2月、社殿の一部が国宝に指定された「霧島神宮」は、市内随一のパワースポットだ。
南九州最古の龍柱を含め、本殿・幣殿・拝殿全体が彫刻や絵画で装飾され、漆塗り・朱塗りの豪華に彩りは、近世の建築装飾技術の集大成のひとつとして評価されている。東アジアで特徴的な色彩方法が使われ、文化史的なつながりを考える意義においても注目されているようだ。
霧島神宮は6世紀ごろの創建と言われ、1484年に現在の場所に移転。霧島山噴火や出火でこれまで三度焼失しているそうだが、人々の深い信仰心と努力によって再興されてきた歴史を持つ。
現在の姿は薩摩藩主・島津吉貴によって1715年に島津藩主によって造営され、1756年に完成した。
境内は花と紅葉の名所でもあり、例年の見ごろは桜が3月下旬〜4月初旬、紅葉は11月下旬となっている。