「ワーク・ライフ・バランス」とは、文字どおり仕事と生活のバランスを意味します。仕事は生活を支え、やりがいや生きがいを感じさせてくれるものであり、一方のプライベートの時間もまた、充実した人生を送るうえで欠かせません。だからこそ、両者のバランスが重要だとされています。

  • あなたのタイプは融合型か、分離型か? いまこそ"睡眠"の重要性を意識してほしい /精神科専門医・穂積桜

しかし、「コロナ禍のいまはそのバランスが崩れやすくなっている」と語るのは、著書『朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別 睡眠レッスン』(KADOKAWA)を上梓した精神科医・産業医の穂積桜先生。そして、ワーク・ライフ・バランスが崩れたことで「睡眠」にも大きな悪影響が出ていると指摘します。

■「ワーク・ライフ・ブレンド」に陥る人が急増

人生を充実したものにするには、オンとオフの双方のバランス—いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」がとれていることが大切です。

ところが、コロナ禍によってリモートワークが広まったいまは、そのバランスを取ることがとても難しくなりました。時間的にも空間的にも仕事と生活の境界があいまいになり、いわば「ワーク・ライフ・ブレンド」という状況に陥っている人が急増しているのではないでしょうか。実は、コロナ禍によって自宅で仕事をするようになったわたし自身もそのひとりです。

こういう状況に対して、適応しやすいタイプとそうでないタイプがいることがわかっています。時間的にも空間的にも、仕事と生活の境界があいまいでも平気な「融合型」と呼ばれるタイプと、その境界をきっちりわけたいと考える「分離型」というタイプがあるのです。

コロナ禍以前のわたしは、たとえいまのような仕事の仕方をする状況になったとしても、「仕事も生活もうまくまわすことができるだろう」「自分は融合型だろう」と勝手に思っていました。ところが、実際に自宅で家事や育児をしながら仕事をするようになると、そうではありませんでした。わたしは、完全な分離型だったのです。

■ワーク・ライフ・ブレンドが睡眠の乱れを招く

最初の緊急事態宣言で保育所が休園になった時期には娘を保育所に預けることができませんでしたから、分離型のわたしとしては、娘がオンライン会議に乱入してくることなどは絶対に避けたいことでした。

そういうなかで、「家事や育児をきちんとこなしながら仕事のクオリティーもきちんと担保したいし…」というジレンマで、非常に大きなストレスを感じるようになってしまったのです。

しかも、同じように自宅で仕事をするようになった夫もまた分離型でした。新型コロナウイルス感染の波が大きくなるなか、ともに強いストレスを抱えている夫婦が娘を保育所に預けることもできず、常に顔を合わせていなければならない状況が続くうち、わたしの家庭の雰囲気は少なからず険悪なものになっていきました。

加えて、その時期にわたしの両親の体調不良も重なり、心身の疲労はピークに達します。

もちろん、そういった生活は「睡眠」にも影響を及ぼしました。仕事を中断して子どもをお風呂に入れたり寝かしつけたりして、そのあと昼間にできなかった仕事を夜中までするようになりました。そうして寝る直前まで仕事をすることになると、頭が冴えて眠れない、あるいはいったんは眠れても途中で何度も目が覚めてしまうということが頻繁に起きるようになったのです。

■格段に増えたデジタルデバイスに触れる時間

睡眠への影響の一因には、パソコンやスマホなどデジタルデバイスに触れる時間が伸びたこともあるでしょう。わたし自身もそうですが、対面で仕事をする場合と違って、リモートワークの場合はデジタルデバイスが欠かせません。

そのため、コロナ禍以前と比べてデジタルデバイスに触れる時間が増えたという研究データが数多く発表れています。下のグラフは、2020年にロート製薬が在宅勤務をしている10〜50代の男女を対象に行ったアンケートの結果です。

その結果は、本当に驚くべきものです。「コロナ禍において、以前と比較して1日あたりのデジタル機器との接触時間に変化はありますか?」との問いに対して、「短くなった」と回答した人はわずか1%でした。対して、「1時間以上長くなった」人が21%、「3時間以上長くなった」人が19%、さらには22%もの人が「5時間以上長くなった」と答えているのです。

また、デジタルデバイスに触れる時間が増えた要因はリモートワークばかりではありません。職業柄、コロナ禍以前と変わらないスタイルで仕事をしている人であっても、以前のように自由に友人と飲みに行ったり旅行を楽しんだりすることができなくなったことで、在宅時間が増えました。

そういう生活のなかで、夜遅くまでネットサーフィンをしたりSNSをチェックしたり動画サイトを見続けたりと、やはりデジタルデバイスに触れる時間が増えたのです。

■デジタルデバイスの「光」が睡眠の質を下げる

これは、大きな問題です。なぜなら、わたしたちが浴びる「光のコントロール」は、良質な睡眠を得るために絶対に欠かせない重要なことだからです。簡単にいうと、寝る直前までデジタルデバイスを通じて光を浴びているがために、睡眠の質が大きく下がっていると見ることができます。

そんな生活のなか、わたし自身、睡眠の質を確保するためにきちんと対処することができたかというと、そうではなかったように思います。できたといえるのは、睡眠の質を大きく下げてしまう飲酒をもっともハードな1カ月くらいのあいだは完全にやめたこと。

あとは、お風呂の時間の調整や、デジタルデバイスを寝室に持ち込まないといった、コロナ禍以前から日常的にやっていたことを続けたことくらいです。

むしろ、コロナ禍以前にはできていた1日30分、週5日の運動もできなくなりましたし、やはりわたし自身の睡眠の質も一時的に大きく低下した時期がありました。

このように、非常事態のなかで常に良質な睡眠を取ることは難しいかもしれませんが、体調への悪影響を少なくする工夫をちょっとだけプラスして、非常事態が明けるのを待つことは、長い視点で見てとても大事だと考えます。

■「働き方=生き方」を選ぶ際の指針として「睡眠」も意識する

もちろん、ここまで述べてきたわたしと同じような体験は、多くの人に共通してあるものだと推察します。しかし、わたし自身がそうだったように、多くの人がこの問題にうまく対処できていないのではないでしょうか。

わたしが産業医を務める企業の従業員たちに話を聞いてみると、確かにリモートワークによって通勤時間がなくなったことで楽になったという話もあります。

しかし、やはりわたしのように保育所に預けられない子どもを見ながら、あるいは親御さんの介護など家族のケアをしながら仕事をしなければならないといったケースも少なくなく、単純に労働時間だけでは測れない負担が増えたという人も多いのです。そういう人たちの睡眠の質も確実に低下しているでしょう。

ただ、幸いにして現在は多様な働き方を選べる時代になってきました。ここまで問題視してきたリモートワークも本来はそのひとつです。他にもフレックスタイム制やフリーランスなど働き方の自由度が高まり、睡眠に対する意識の持ち方次第では、より健康かつ快適に過ごせる環境が広まりつつあります。

わたしとしては、これまで多忙で睡眠を顧みず働いてきたみなさんが、お金をたくさんかけなくても健康で長く今後も活躍できるよう、精神科医・産業医の立場から睡眠をはじめとするセルフケアや職場でのメンタル問題の早期予防、女性の体調管理など、知識を広げる活動を行っていきたいと考えています。

「働き方を選ぶ」ということは、「生き方を選ぶ」ことに他なりません。その働き方、生き方を選ぶ際の指針のひとつとして、あらためて「睡眠」についても強く意識してもらいたいと思います。

※今コラムは、穂積桜 著『朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別 睡眠レッスン』(KADOKAWA)をアレンジしたものです。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/櫻井健司