マツダが「ロードスター」の商品改良を実施し、全グレードに新技術「KPC」を導入した。KPCとはどんな技術で、導入後のロードスターは何が変わったのか。「簡素であること」が伝統となっていたロードスターに電子制御の新技術を入れるのは、そもそもどうなのか。試乗して考えた。
KPCとは何か
マツダは2021年12月にロードスターの商品改良を行い、幌(ソフトトップ)のロードスターと鋼板製で自動開閉式の屋根を持つRF(リトラクタブルハードトップモデル)の双方に「KPC」(キネマティック・ポスチャー・コントロール)と呼ぶ電子制御機能を導入した。これにより、最も廉価なSがより大きく進化し、身近でありながら買い得感の高い車種として魅力が大いに増した。
KPCとは、アンチリフト機能を備える後輪サスペンションをいかし、後輪左右の速度差(回転数差)を検知して内輪側のブレーキを軽く掛けることにより、安定した旋回姿勢をもたらす機能だ。アンチリフトとは「持ち上がりを抑える」という意味で、後輪側のサスペンションにこの機能を与えると、ブレーキをかけ減速する際に車体が前のめりになりにくくなる。前輪だけでなく、後輪のブレーキ効果をよりいかせるようになり、4輪で安定した減速をもたらす。
そのアンチリフト力をカーブでもいかそうというのがKPCの狙いだ。カーブでは、遠心力によって車体が傾き、内輪側が浮き上がり気味になる。これを、ブレーキを使ったアンチリフトの効果により抑えることで、カーブでの車体の傾きを減らすことによって左右のタイヤ接地性を高く保持し、車体姿勢を安定させる。これがKPCの理屈だ。
実際にKPCを装備した車両を運転してみると、まず直進安定性が高まったのを実感する。
「KPCは旋回の安定性を保つ機能ではないのか」と思うかもしれない。しかし、まっすぐ走っているときも、路面の傾斜(たとえば雨水を溜めないためのカマボコ型の路面)や舗装のうねり、年月を経た舗装にできた轍などによって、左右のタイヤの回転数には若干の違いが生じており、それによって進路が乱れる。そこで運転者は、無意識のうちにわずかなハンドル操作で進路を修正している。それが運転の不安につながったり、疲れを呼んだりする。
KPCは直進時においても、左右のタイヤの回転差を検知して後輪ブレーキをわずかに掛け、内と外のタイヤ回転数を補正している。つまり、直進性を高める効果も得られるのだ。したがって、まっすぐ走っているときから肩の力が抜け、楽に運転できるようになる。
カーブへ向かってハンドル操作する際は、一発の切り込みで進路が定まり、ふらつかない。このため安心してカーブへ向かっていくことができる。カーブの途中も落ち着いた様子でクルマが旋回していくので、アクセルペダルを踏んで速度を維持できる。カーブ出口で直線路へ向かう際にも、ハンドルの戻し操作にあわせ的確に進路が定まるので、徐々にアクセルペダルを踏み込みながら加速体制に入っていくことができる。
そうした一連の運転操作のすべてにおいて、無駄な修正が省かれ、思い通りにクルマの進路を定めてゆけるので、快適な運転を味わえるのである。
特に、最も軽くて最も廉価な「S」グレードをベースとする特別仕様車「990S」の場合、990kgという1tを切った車両重量を保持したまま、1本あたり800g軽くなる(4本で3kg以上)レイズ製のアルミホイールを装着し、バネ定数をやや高めたスプリングと伸び側の減衰力をやや弱めたダンパーによる専用仕様、そしてブレンボ製フロントブレーキ、軽快なハンドル操作を促す電動パワーステアリング、応答性を高めたエンジン制御コンピュータ(ECU)などを採用することにより、安心感の高い安定した走行感覚のなかに、より手応えのよい素直な操作感覚がもたらされている。試乗ではKPCの有りと無しを乗り比べることができたのだが、その差は誰にでも体感できるほど明確だった。廉価車種とはいえ価値が大幅に向上していることを考えると、ロードスターの中でも買うべきは990Sだと思える。
KPC装着で再認識した本質的な価値
同時にまた、ロードスターはオープンカーであるにもかかわらず、車体剛性が高いことを改めて実感する試乗にもなった。
操縦安定性に関わるバネ下(タイヤやブレーキを含むバネより下の部品)の動きは、サスペンションが取り付けられる車体がいかに堅牢であるかで左右される。高度なサスペンション設計や高性能なブレーキとタイヤを用いても、それらが取り付けられる車体がしっかりしていなければ、車体側が変形することでバネ下部品の性能をいかせなくなってしまう。
その点で、屋根のないオープンカーは不利になりがちだ。例えば段ボールは、板状のままでは心もとないくらいに柔らかくても、箱状に組み立てると頑丈になる。昨年のオリンピックでは、選手村で段ボール製のベッドを使っていた。体格に優れるアスリートが安心して眠れたのも、段ボールを箱状に組み立てて使ったからだ。
クルマも屋根のある箱型ならがっちりとした剛性を出しやすい。しかし、屋根のないオープンカーは、箱形といっても天井部分が開いているので、そこが剛性の面で弱点になる。初代のロードスターには、それを感じる部分があったのも確かだ。ただ、マツダは30年以上にわたりロードスターの育成に注力し、改良を重ね、4世代にわたってモデルチェンジを繰り返してきたので、現行ロードスターの車体剛性は飛躍的に高まっている。KPCのような機能をサスペンションに追加した際に、成果を誰もが実感できるのは、優れた車体剛性があればこそのことだ。
KPCは後輪の制御機構だ。車種を問わず、クルマの走行安定性は後輪が担っている。後輪が安定して進路を保つからこそ、前輪の操舵によって進路を正しく導くことができるのである。
マツダによれば、基本に忠実で、かつ簡素であることが初代ロードスター以来の価値であり、電子制御で武装することについては良し悪しの論議があったそうだが、いってしまえば、今日のクルマは電子制御なしでは走れない。電子制御によるABS(アンチロック・ブレーキ・システム)や駆動力制御、姿勢安定制御は、標準装備が当たり前だ。そうした時代に、電子制御装置への依存を揶揄する考えは時代遅れというほかない。
電子制御も人工知能も、人が明確な目標を立てて利用すれば万人に役立つ優れた機能となる。手法ではなく、目的意識の問題だ。
そうした点においても、KPCを搭載したロードスターは、990Sはもとより、ほかの車種においても、高い満足を得られるライトウェイトスポーツカーの手本となっている。