富士通は1981年5月20日、同社初のパーソナルコンピュータ「FM-8」を発売。2021年5月20日で40年の節目を迎えた。FM-8以来、富士通のパソコンは常に最先端の技術を採用し続け、日本のユーザーに寄り添った製品を投入してきた。この連載では、日本のパソコン産業を支え、パソコン市場をリードしてきた富士通パソコンの40年間を振り返る。掲載済みの記事にも新たなエピソードなどを追加し、ユニークな製品にフォーカスしたスピンオフ記事も掲載していく予定だ。その点も含めてご期待いただきたい。
富士通がリリースしてきたパソコンの特徴のひとつに、特定ユーザーをターゲットにした製品がある。代表的な製品が2008年11月発売の「FMVらくらくパソコン」だ。シニア層をターゲットとし、ノートパソコン「BIBLO NF/B70」をベースにキーボード部などを専用化。シニア層が使いやすいパソコンを目指した。富士通はNTTドコモ向けの携帯電話「らくらくホン」でシニア向け製品の実績があったが、らくらくパソコンはまったく異なるチームによって開発された製品だった。
シニア向けパソコンはどのように開発されたか
らくらくパソコンの投入を前に、ウェブや電話による直販モデルとして「FMVらくらくパック」を2,000台限定で販売した経緯がある(2008年6月)。FMVらくらくパックでは、富士通の液晶一体型デスクトップパソコン「FMV DESKPOWER EKシリーズ」や、ノートパソコン「FMV-BIBLO NFシリーズ」をベースとした2機種3モデルを用意。画面文字やアイコンをあらかじめ大きいサイズに設定して出荷したり、起動すると表示される専用メニュー画面には「インターネット」「メール」「ハガキ作成」という3種類のアイコンだけを配置し、さらにパソコンの開梱から設定、キーボードの入力方法まで、約90分間の訪問セットアップサービスを標準で付属していた。
社内にはコンシューマ活性化プロジェクトが設置され、シニア層の利用拡大に向けて、「使いやすい」「おまかせ」「かんたん」「あんしん」の観点から製品化を進めた。購入者の75%が60歳以上を占め、最高齢は96歳。ウェブ販売を用意していたものの、購入者の9割が電話で注文しており、狙い通りパソコンやネットに慣れていないユーザーの購入が中心となったのも特徴のひとつだ。
FMVらくらくパックの販売実績と合わせて、シニア向けパソコン教室を訪問してらくらくパソコンの開発に反映した。ヒアリングしたのは、受講生や講師の約20人。1人あたり約2時間という徹底した調査を実施したのだ。
そこで開発チームが出した結論は「絞り込む」だった。たとえば、すべてのパソコン教室がローマ字入力で指導していたことから、カナ入力への対応を最小限とし、ローマ字入力しやすい工夫を凝らす。ローマ字入力で使用する英文字キーには白、そのうち母音となる「A」「I」「U」「E」「O」、および「っ」など小さい文字の入力に便利な「L」のキートップは青色にした。数字や記号などのキートップはグレーとしている(いずれもホワイトモデルの場合)。
ローマ字入力で使用されるキーは、基本的に白と青のキーだけ。これだけのキーで文字入力できると言われれば、初めてキーボードに触れるシニアにとってハードルは大きく下がる。また、Enterキーには「確定・改行」、スペースキーには「空白」と表記して、わかりやすいようにした。
さらに、キーボード面上部に設けたボタンは、サポートツールが立ち上がる「サポート」、専用メニューが起動する「メニュー」、ローマ字入力・カナ入力を切り替える「文字」、画面サイズを変更する「画面」、音量を操作する「音量」に限定。ボタンによる画面の切り替えも、「標準画面」(1,280×800ドット)と、「拡大画面」(1,024×640ドット)の2種類だけにした。
新開発した専用メニューの「らくらくメニュー」画面では、「インターネットを見る」「メールを読む・送る」「年賀状や暑中見舞いを作る」「時刻表や乗り換えを調べる」「地図を見る」の5つを大きいアイコンとして表示。これに「かんたん検索」「使い方を学ぶ」「困った! を解決する」という3つの小さなアイコンを加えるだけにした。
しかも、直接ウェブサイトやアプリを起動する動作ではない。たとえば「かんたん検索」でも、「食べる」「つくる・育てる」「医療・介護」といった10種類のカテゴリーに、20個ずつの検索メニューを用意。シニアが検索することが多いキーワードを選定し、優先的にメニュー化している。
ユニークなのは、電源ボタンにはスリープや休止状態を用意せず、押せばシャットダウンするようにした点だ。これもヒアリングの結果、シニア層の多くが電源ボタンを押したあとにACアダプタも抜いて、本体ごと片づけてしまうケースが多いことがわかったためだ。
スリープ状態でACアダプタを抜いたままにすると、いずれバッテリーが切れて保持していたデータが消えてしまう懸念がある。合わせて、電源ボタンの長押しによる強制電源オフの恐れを排除。ボタン上部には「電源ボタンは短く押してください。ポチッ」という表記も追加した。
当時、らくらくパソコンの実勢価格は180,000円前後。ベースモデルに比べて2~3万円ほど割高だったが、シニアだけでなく初心者に広く使ってもらうパソコンとしても提案していった。
大人世代向けノートパソコン「GRANNOTE(グランノート)」
らくらくパソコンはその後も進化を続け、2011年6月発売の「FMVらくらくパソコン4」を経て、2014年2月には大人世代向けパソコン「GRANNOTE(グランノート)」へと流れをつなげた。
GRANNOTEは「洗練された大人のパソコンで人生を豊かに」をコンセプトに開発された製品だ。「人生を豊かにするサービス」「使いやすく、疲れにくい」「満足させる感性品質」の3つに力を注いだという。
たとえば、スマホに搭載していた「ヒューマンセントリックエンジン」を初めてパソコンに採用。周囲の明るさに合わせて画面の色味を自動的に調整するほか、蛍光灯・電球・太陽光など、周囲の光の状態に合わせて画面の明るさを自動調整。加えて、利用者が事前に設定した年齢に合わせて識別しやすい配色に調整する「あわせるビュー」もある。同様に年齢に合わせて聞き取りにくくなる高音域を強調する「あわせるボイス」も搭載し、映画や動画、ネット通話など、人の話す言葉を格段に聞き取りやすくした。
キーボードは快適なタイピングに配慮。キーの重さを使う指の位置に合わせて3段階に調整し、小指で打つキーは弱い力でも押せるように軽く、親指で打つキーはクリック感を出すために重めにするなど、どの指でも心地良い打鍵感を得ながら、ストレスのない入力を実現した。このように「大人」が見やすい・聞き取りやすい・使いやすいを重視し、さらに疲れにくさに対しても科学的・医学的に追求したという。
女性が本当に使いたいと思えるノートパソコンを
もうひとつ、ユーザーターゲットを明確にした代表的製品が「Floral Kiss」(2012年11月発売)だ。「女性向けとうたっていても、欲しいと思えるパソコンがどうしても見当たらない」という富士通の女性社員が集まって開発した異色のパソコンだ。
「いつまでに商品化するという期限は設けない。その代わり、一切の妥協をしない女性向けのパソコンを作り上げてほしい」という上層部の指示をもとに、2011年6月、本社会議室に集まった8人の女性社員によって開発プロジェクトがスタート。
当初は「ガールズPCプロジェクト」と呼ばれていたが、女子高校生向けパソコンを企画しているとの誤解が生じるという理由から、途中で「エレガントPCプロジェクト」に名称を変更。年齢を問わず、かわいらしさやエレガントさを追求する「大人女子」「大人カワイイ」といった女性層をターゲットとしたパソコンの開発に取り組んだ。
「まるで部活動のような形でスタートした」というこのプロジェクトは、「女心をくすぐり、気分がアガるパソコン」を目指して、最初の2カ月間は女性の好みを分析する作業から始まったという。パソコンの好みに限定せず、女性の部屋の写真を見せあいながら、どんなものを女性は好むのか、かわいいと思うのはどういうものかという議論が中心だった。
2011年12月には約1,000人規模のアンケート調査を実施し、それらの声を反映。2012年4月に最初の企画書が提示された。ここで異例だったのは、通常のパソコンでは重視されるはずのスペックが、まったく盛り込まれなかったこと。とはいえスペックにこだわっていないわけではない。
「アンケートの結果では、女性はそれほど機能を追求しないこと、OSにはこだわりがないという結果が出ていたが、女性の視点からいえば、スペックに詳しくないからこそ、5~6年というPCの買い替えサイクルの間でも十分に使ってもらえる仕様にしたかった。デザインだけで選んでもらっても、安心して使えるのがFloral Kissというのが基本的な考え方だった」とする。
実際、1,366×768ドットの13.3型ディスプレイを搭載し、Ultrabookの仕様に準拠。CPUはIntel Core i5-3317U(1.70GHz、グラフィックス内蔵)、メモリは4GB、ストレージは500GBのHDDとキャッシュ用SSDを搭載した。Windows 8 64bitとOffice Home and Business 2010をプリインストールし、当時として最新スペックで発売された。インタフェースにも妥協せず、USB 3.0×2基(1つは電源OFF時の充電に対応)や、SDカードスロット、92万画素Webカメラを搭載した。
気分がアガる工夫を随所に
Floral Kissは、ネイルをした爪の長い女性でも開閉時にPCを開けやすいように、がま口型クラッチバッグ方式を採用(液晶ディスプレイを閉じたとき手前に位置する部分)。一般的なパソコンと比べてコストが10倍というキーボードには、キートップひとつひとつのまわりにリング状のゴールドカラーを配し、ジュエリーの雰囲気を表現していた。電源ボタンもパールを模したタッチ式だ。マウスやACアダプタといったアクセサリも、本体とのトータルデザインを意識した仕上がりとし、ワンポイントにダイヤモンドカットストーンを埋め込んだ。
注目はその天板。Floral Kissの天板には富士通のロゴマークがない。代わりに、富士通のロゴマークはクラッチバッグの金属部分に小さく刻み込まれ、まるでジュエリーブランドやファッションアイテムのようなイメージだ。ここでは、ブランド関連部門と何度も協議し、富士通のロゴマークには男性寄りで重厚なイメージがあるため、最終的に天板にはロゴマークを入れないことを決めたという。
ジュエリーブランド「agete」とのコラボレーションモデルを発表したのも異例の取り組みだった。「パソコンを使っている女性がカワイく見えること、使っている様子がエレガントであることの演出までを視野に入れて開発した」というのが、Floral Kissのこだわりだ。
保険のセールス現場で7割のシェアを持つ富士通のパソコン端末
ほかにも、富士通は特定分野向けのパソコンやタブレットを製品化しており、それが同社のパソコン事業を下支えしてきた。隠れたヒットといえる製品群だ。たとえば、保険のセールスレディが持つタブレットやパソコンでは、富士通が7割以上という圧倒的なシェアを持つ。大手生保各社が数万台単位で富士通のパソコンやタブレットを導入しており、この分野ではまさに標準機ともいえるほどの実績なのだ。
2010年にはコンバーチブル型パソコン、2011年にはタブレット型パソコンを生保向けの営業用・業務用端末として開発、生産したほか、2012年には第一生命向けにLTEを搭載したタブレットタイプの営業用・業務用端末を開発。こうした生保向けタブレットは、現場の声を反映して開発と設計を行い、継続的に改良を加えながら進化を遂げてきたのが特徴だ。
2019年4月には、生保最大手の日本生命が約1万人の職員向けに同タブレットを導入。ビジネス文書の基本サイズであるA4サイズの資料をそのまま表示できる12.3型WUXGA+(1,920×1,280ドット、アスペクト比3:2)の画面を採用。外出先で誰もが見やすい表示サイズで保険商品を紹介できる。端末の重さは800g、薄さは8.9mmという軽量薄型化によって携帯性を高め、グリップエッジをつけて持ちやすく落としにくくなるよう設計、ロケーションフリーの働き方を促進したという。高速起動も図り、生命保険会社の営業職が顧客と接するときに待たせず商品説明に入れる。
保険商品の契約時に写真撮影する場合も考慮し、撮影しやすくなる場所にカメラ(レンズ)を配置したり、撮影の解像度を高めたり、ななめに書類を撮影しても歪み補正する機能なども搭載。そして長時間のバッテリー駆動や予備バッテリーの装備によって、契約作業という大切なタイミングに電源が切れてしまうことがないようにした。
富士通はいわば、働く女性にとって最適なタブレットづくりにも長けたメーカーだ。富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の齋藤邦彰会長は、「保険セールス向けタブレットは、セールスレディがお客さまの前で軽やかに、凛と振る舞えることを目指した商品。出社から始まり、社内での作業、アポイントメント、事務処理など、一日の行動を見つめ直して開発した」と語る。
現場の声を反映して、その分野に特化したモノづくりは、教育分野向けタブレットでも同様だ。齋藤会長は、「教育現場での利用は想像以上に過酷なシーンが多く、教室内で座って利用するだけでなく、体育館に持ち運んで使ったり、立ったままで使われたりする。小学生向けタブレットは、何度も学校に足を運んで、子どもたちや先生から改良のヒントをもらって開発した」とする。
小学生向けタブレットの四隅には持ちやすいようにラバーグリップをつけ、仮に落としても衝撃を和らげるように工夫。机の上に教科書やノートと一緒に置いてもジャマにならないサイズと、机から少しはみ出しても落ちにくいような重心バランスにするなど、設計面でも配慮している。共通しているのは、開発者が現場に足を運び、それをもとに製品が生まれているという点だ。
齋藤会長もエンジニア時代に、利用現場や販売現場に足を運び、現場からヒントを得て製品化した経験が何度もある。ノートパソコンに初めて10キーを設けたのは富士通のパソコンであり、これは販売現場からの声をもとに齋藤会長が開発したものだ。
「万人受け」と「特定層向け」に挑戦を続ける富士通のパソコン
こうした取り組みは、国内に開発・生産拠点を持つ富士通クライアトンコンピューティングだからこそともいえる。日本のユーザーの声を反映したモノづくりが確立されていることによって、特定ニーズにも対応できるのだ。
一般的に、富士通のパソコンが持つイメージは、より多くの人に使ってもらえる「万人受け」ではないだろうか。国内のパソコンメーカーとして40年間、安心して使ってもらえるパソコンづくりと、多くの人にパソコンを使ってもらうことを目指した開発は、同義だ。一方で、今回の主題としてきたような、ターゲットを絞り込んだ製品づくりも得意技のひとつ。
最近では、富士通クライアントコンピューティングの大隈健史社長の肝入りで製品化した「FMV Zero LIFEBOOK WU4/F3」がある。2021年10月に発表したこのノートパソコンは、13.3型ノートパソコンとして世界最軽量の「LIFEBOOK UH」シリーズをベースに、ハイリテラシーユーザー向けと位置づけて開発したものだ。キーボードにはカナ無し印字を採用し、キーボードの印字シルクを黒文字化して、全体としてムダのないシンプルなデザインに仕上げている。バックライトも特別に搭載した。また、プリインストールソフトもハイリテラシーユーザー向けに厳選し、最低限のものに留めている。
大隈社長は、「パソコンのリテラシーが高く、道具としての機能価値やミニマルなデザインを好むユーザーを対象にしたモデル。ビジネスユーザーだけでなく、ライフスタイルに合理性を求めるZ世代の感性にも応えるポテンシャルがあると考えている」と語る。
その大隈社長がレノボグループからFCCLの社長に就任したのは2021年4月。以降、気になっていたのが「スターバックスなどのカフェでFMV(FCCLのノートパソコン)を使っている人が少ないこと」だったそうだ。「この状況を変えたいと考えた。本物志向やプロマインドの高いユーザー向けに、LIFEBOOK UHシリーズの派生モデルとして用意した」(大隈社長)とし、こうした挑戦を続けるところにも富士通のパソコンが持つ魅力がある。