戦は男のもの。だが大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)はちょっと違う。戦は女たちが裏で動かしている。「踏み出せば二度と戻れない長く苦しい旅のはじまり」と長澤まさみが語るその戦いは、女たちの手によってはじまったと言っても過言ではない。
第4回「矢のゆくえ」(脚本:三谷幸喜 演出:末永創)では、八重(新垣結衣)、政子(小池栄子)、りく(宮沢りえ)、女たちの行動が描かれた。
まずはりく。みんなに後押しされて挙兵する気になった源頼朝(大泉洋)が治承4年、8月17日に挙兵することを決める。その日程は占いで決めるのだが、りくが細工をしていた。りくは夫の時政(坂東彌十郎)を焚き付け、頼朝が挙兵の日程に迷わないように占いに細工までする。その目的は夫が出世することである。そうすることで自身も安泰になるからだろう。
頼朝の妻・政子(小池栄子)も源氏のプリンスの妻になったことを誇りに思い、しきりに頼朝をやる気にさせている。だが、いざ戦が近づくと女性は手が出せない。末妹・実衣(宮澤エマ)は何も知らされないとむくれるほどだ。何もするなと頼朝に言われた政子はせめてもと仏様にお経をあげ続けるが、りくに「祈れば勝つというものではありません」と止められる。神様や夢のお告げを信じてしまいがちなこの時代の人たちのなかで、りくはとても合理的な考えを持っている。「我らはその先のことを考えていましょう」と勝ったら作ってもらえるはずの館のしつらえに思いを巡らせるのだ。この呑気さ、おおらかさこそが大事である。りくのおおらかさにそれまで眉間にシワを寄せて気難しい顔をしていた政子の顔も輝く。
義母の影響か、その後、政子は戦の間、前線に出ずに館に残っている頼朝に膝枕して落ち着かせるという柔らかい一面を見せる。女性の身としては、男性の視点を少しずらす役割を求められているようで、その捉え方は画一的ではないかという気もしないではない。でもそんな物足りなさは八重の活躍が払拭してくれる。
第4回で最も重要な仕事をしたのは八重(新垣結衣)であろう。サブタイトル「矢のゆくえ」の「矢」は源平合戦の物語が好きな人たちは戦の幕開けとなった佐々木経高(江澤大樹)が放った「矢」であると思ったことだろう。『吾妻鏡』にも書かれていることだ。ところが『鎌倉殿』では事前にもう一本矢が放たれたと書く。それを放ったのは八重だ。
八重は第3回に続き、じとっとした瞳で狩野川の向こうから北条の館を見つめている。政子は八重の眼が気になってならない。義時(小栗旬)は別の意味で八重が気になる。彼女に戦がはじまるのではないかとカマをかけられた義時は一度は誤魔化したものの、戦になればいつでも逃げられるよう支度をしておいたほうがいい「かも」とぼかして伝える。
八重はそれをさっそく父・伊東祐親(浅野和之)に報告する。彼女にとっては家が大事なのだ。そんなことをつゆ知らず、なぜか義時は「八重さんは我らの味方と思っています」と愚直に思い込み、敵の情報を聞こうとする。
女心を見事に刺激された八重は頼朝を助けたい一心で、北条家に矢を放つ。それには頼朝と八重しか知らない合図が込められていた。八重の「矢」がなかったら鎌倉幕府ができなかったかもしれない。『鎌倉殿』では、政子、りく、そして八重――女たちが源平合戦のきっかけを作ったようなものだ。
八重はダブルスパイの役割を担う。父に頼朝の動きを伝え、頼朝に伊東の動きを伝える。なんてスリリングな役割。狩野川越しに矢を放つ八重はかっこよく、ヒロイン感があった。女性が主役の大河ドラマ『おんな城主 直虎』の直虎(柴咲コウ)や『八重の桜』の八重(綾瀬はるか)のような女丈夫感。川を挟んで遠いところまであんなに勢いよく矢が飛んでいくとはどんな鍛錬をしてきたのか、八重は。
八重が新垣結衣で良かったと思うのは、頼朝に捨てられて、身分の低い江間次郎(芹澤興人)の家に嫁ぎ、内心、面白くないと思っているわけだが、新垣によってあまり惨めな印象がしない。むしろ、勝ち気でどんなときでも誇りを失っていないように見える。次郎に対しては失礼過ぎる気もしないではないが、その冷たさも意地悪に見えない新垣は得な人である。なによりダブルスパイを働いていても、ずるい印象がまるでない。いつだって本気で物事に向き合っている健気さに応援したい気持ちになる。お姫様ぽいけど活発そうなところも『鎌倉殿』の八重にはピッタリだと感じる。新垣だからこういう八重になったのかもしれないとさえ思う。
気になるのは、義時がそんな八重を利用しているのか、それともこのときはまだ義時も純粋に八重に頼っていたのかどちらなのかということだ。義時には八重が頼朝を忘れられないことを利用しようという邪念があったか。それとも素直に頼朝を助けたい者同士だよね~という仲間意識か……。事前に義時はやがてダークヒーロー化するとアナウンスされているため、この頃から他者をうまく操る術を身に着けているのではないかと疑ってしまう。頼朝が誰に対してもいい顔をして、戦に参加しに来た人たちにおまえだけが頼りだというようなことを言って喜ばせているのも、彼の八方美人なところを知った義時にそそのかされている節があるのではないか。
『鎌倉殿』は、登場人物たちのどの瞬間が本音で、どの瞬間が演技(嘘)か、その境界線を見極めるのが楽しみのひとつになっている。
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