朝日新聞、日本経済新聞、山陰中央日報電子版などの報道によると、JR西日本米子支社は2023年度で運行終了する観光列車「奥出雲おろち号」の代替案として、観光列車「あめつち」の木次線(宍道~出雲横田間)への乗入れを提案したという。前向きな提案に見えるが、「あめつち」は木次線の特徴である三段スイッチバック区間に入線できない。これでは木次線の魅力は伝わらない。出雲横田駅で接続する備後落合行の観光列車もほしいところだ。
「奥出雲おろち号」は木次線の木次~備後落合間を走る観光列車で、おもな運転日は4~11月の金・土・日曜日。夏休みや大型連休は平日も運行する。日曜日に延長運転を行い、出雲市駅発着の列車も設定される。小型ディーゼル機関車DE10形と12系客車2両の編成で、客車2両のうち1号車がトロッコ風に改造され、備後落合行の先頭車となり、車端部の運転台から後部の機関車を制御する。2号車は簡易リクライニングシートを備え、冷房・トイレ付きの車両となっている。
全車指定席で、基本的にはトロッコ風に改造された1号車の座席を販売し、荒天時などに2号車へ退避できるよう配慮されている。客車2両でも1両分しか売上がなく、利益は少ないかもしれないが、2009年から地元自治体が連携する「斐伊川サミット」が運行経費を補助している。
木次駅を出発すると、久野川に沿って谷間を走り、のどかな風景が車窓に広がる。中国山地へ分け入ると、長いトンネル区間は真夏でもひんやりとした風が吹く。松本清張の推理小説『砂の器』に登場する亀嵩駅のほか、車内販売とおもな駅で弁当や特産品が販売され、立ち売りさんからトロッコ風客車の窓越しに買える。このやりとりも楽しい。
出雲横田駅から先、出雲坂根~三井野原間に三段式スイッチバックがある。木次線の車窓で最も魅力的な区間だ。スイッチバックを行ったり来たりするうちに、車窓から小さくなった出雲坂根駅が見え、高度差を実感できる。勾配克服型で全列車が必ず使用するスイッチバックは、木次線出雲坂根~三井野原間の他に箱根登山鉄道塔ノ沢~宮ノ下間の3カ所と、豊肥本線立野~赤水間、肥薩線大畑~真幸間の計7カ所しかない。
トンネルを通り抜けると、国道314号の大型ループ橋「奥出雲おろちループ」が見える。ループ部は白い橋、直線部は赤い橋で、ヤマタノオロチが火を噴くイメージだという。その先の区間も、新緑・深緑・紅葉と季節によって表情を変える素晴らしい景色が続く。「奥出雲おろち号」では、出雲坂根駅から備後落合駅まで雄大な景色が続き、それをガラスのないトロッコ風の客車から眺められる。これが最高の楽しみとなる。
それにもかかわらず、JR西日本が提案する「あめつち」の木次線乗入れは、出雲坂根駅に到達せず、もっと手前の出雲横田駅止まりだという。「奥出雲おろち号」の代替案と言うには無理がある。木次線の魅力が伝わらない。
■キハ120形改造の観光列車に期待
代替案の観光列車「あめつち」は2018年に運行開始した。土曜日、日曜日と一部の月曜日に山陰本線鳥取~出雲市間を走る。車両はキハ47形を改造したキロ47形2両編成で、日本海側に向いたカウンター式座席と4人用の向かい合わせ座席を配置し、通路を介して山側は1段高い位置に2人用の向かい合わせ座席を配置している。報道によると、JR西日本米子支社の提案内容は、「行楽期を中心に週1回の運行」「宍道~出雲横田間」「スイッチバック区間は運行しない」だったという。
「行楽期を中心に週1回の運行」は、「奥出雲おろち号」の運行日(4~11月の週末および観光シーズンの平日)に比べると少なすぎる。その週1回も週末になるかどうか。「あめつち」の運行を妨げないなら平日になるかもしれない。スイッチバック区間を通らない理由は、「登坂能力がないため」と説明されている。
JR西日本からは、他に「宍道~備後落合間は現在の定期運行車両をラッビングした列車を走らせる」という提案もあった。こうした条件を考えると、JR西日本の提案内容は「ギリギリの譲歩」ともいえる。しかし客観的に見て、木次線の魅力維持には程遠い内容でもある。
「奥出雲おろち号」は車両の老朽化を理由に運行終了する。筆者が「木次線応援団」に参加した2016年の時点で、「修理部品の調達が難しく、どこか壊れたら終わり。次の全般検査を通せるかも危うい」と聞いていた。それから6年。なんとか持ちこたえたものの、早めに次の準備に取りかかる必要があった。そこで沿線のワイナリーと乳業会社の協力を得て、「奥出雲おろち号」で「ワイントレイン」を実施。その後は地元の若者が企画してキハ120形の内装を工夫し、「女子旅トレイン」などを実施してきた。
一刻も早く新たな観光列車を仕立て、当面は「奥出雲おろち号」と2本体制で木次線を盛り上げ、「奥出雲おろち号」の引退までに新観光列車のブランドを確立する。そんなプランも提案したが、その後の動きはなく、今日に至る。「奥出雲おろち号」の引退は予見できていたわけで、行政側が後手に回ってしまった。
昨年12月に開催された「第4回木次線観光列車検討会」で、木次線の沿線自治体のうち、雲南市と奥出雲町は「新たな観光列車導入のため財政支援も検討する」とJR西日本に伝えた。しかし、JR西日本は新たな車両の導入について、「木次線の利用低迷」「新造車の技術習得」「運転士の訓練」が必要になるとして、「財政支援の有無にかかわらず導入しない」と回答した。「とにかく木次線に新たなコストを掛けたくない」という強い意志を感じる。
ただし、新たな車両である必要はない。「宍道~備後落合間は現在の定期運行車両をラッビングした列車を走らせる」という提案があるなら、その上に財政支援で内装を一新させたい。「奥出雲おろちループ」が見える側の座席を「あめつち」と同様の窓向きカウンター席とし、他の座席もテーブルを付けて飲食可能にする。いうなれば「ミニあめつち」だ。キハ120形なら線路規格が低い他の路線も走行できる。芸備線への乗入れなど使い回しも効く。
沿線の木次酒造は、「ヤマタノオロチ伝説」でヤマタノオロチ退治に使われた酒をイメージした「おろち乃舌鼓」を販売している。洋菓子の簸上堂をはじめ、いくつかの菓子店で「たたら製鉄」にちなんだ「たたらカステラ」もある。その材料となる鶏卵も盛んで、TKG(たまごかけごはん)ブームの火付け役となった醤油「おたまはん」も木次線沿線の「吉田ふるさと村」で生まれた。ここで開催される「日本たまごかけごはんシンポジウム」は17年の歴史を持つ。食の観光資源がたくさんある。
JR西日本木次鉄道部と沿線との関係は良好で、今年から木次鉄道部の社員が雲南市観光協会に出向している。木次線の利用促進、観光活性化の連携が一歩進んだ。鉄道ファンとしては、「あめつち」の木次線乗入れも楽しみだが、もう一歩進んだ展開を期待する。