「郷に入っては郷に従え」は、「よその土地に行ったときや、新しい組織の一員となったときには自分のやり方に固執せず、その場や組織のやり方に従うべきだ」という意味のことわざとして、長らく受け継がれてきました。現代でも使われる機会の多いことわざの一つです。
「郷に入っては郷に従え」は江戸時代、子どもたちが寺子屋で学ぶ教科書『童子教(どうじきょう)』に書かれていたことから、広く知られるようになりました。
本記事では、「郷に入っては郷に従え」の意味や使い方、類語、英語表現などを紹介します。
「郷に入っては郷に従え」とは
「郷に入っては郷に従え」の読み方や意味、由来を整理しておきましょう。
「郷に入っては郷に従え」の読み方
「郷に入っては郷に従え」は「ごうにいってはごうにしたがえ」と読みます。
注意したいのは「郷」と「入っては」の読み方です。「郷」は「故郷(こきょう)」や「郷里(きょうり)」のように「きょう」と読むことが一般的ですが、ここでは「ごう」と読みます。「入っては」は「はいっては」ではなく、「いっては」と読みます。
「郷に入っては郷に従え」の意味
「郷に入っては郷に従え」は、辞書には以下のように記載されています。
郷に入っては郷に従え(ごうにいってはごうにしたがえ)
【意味】
その土地に住むにはそこの風俗・習慣に従うのが処世の術である。
『デジタル大辞泉』
あるところに住むのであれば、その土地の風習ややり方に合わせた方がいい、という教えです。
「郷」とは?
古代中国では、人々の住んでいるところを「国」「郡」「里」という単位で管理していました。今の「都道府県」「市・郡」「町村」という単位とほぼ同じです。その中の「里」という単位が、後に「郷」に替わり、そこから転じて「住んでいるところ」という意味で使われるようになりました。
「郷に入りては郷に従え」とどちらが正しいの?
「郷に入りては郷に従え」ということわざを聞いたことがある人もいるかもしれません。「入っては」は「入りては」の音便化であるため、どちらも正しいことを押さえておきましょう。
「郷に入っては郷に従え」の由来
『童子教』の中に、以下のような一節があります。原文は漢文ですが、ここでは書き下し文で紹介します。
境(きょう)に入(い)っては禁(いましめ)を問い
国に入っては国を問い
郷に入っては郷に随(したが)い
俗に入っては俗に随い
『子どもと声に出して読みたい童子教』(齋藤孝 著 到知出版社)
異なる場所へ行ったら、そこで禁じられていることを聞き、別の国に行ったらそこの決まりを聞きなさい。その土地へ行けば土地のやり方に従い、世間ではその世間のやり方に従いなさい、という内容です。
『童子教』とは鎌倉末期に誕生して明治の初期まで使われた、子どものための教訓書です。仏教や論語などにある言葉を引用しながら、日常の礼儀作法やまじめに励むこと、親孝行など、この世に生きるうえで大切なことを教えています。
『童子教』を多くの子どもたちが学ぶようになったのは、江戸時代の寺子屋でした。生きていくための基本を、この本を通じて多くの子どもたちが学びました。
『童子教』が広く受け入れられていたのは、今より儒教道徳の厳しい社会だったために、今日ではこのことわざを「おかしい」と感じる人もいます。しかし、今ではそぐわない場面があったとしても、人付き合いの基本であることには変わりはありません。
「郷に入っては郷に従え」の使い方・例文
「郷に入っては郷に従え」の例文を見ながら使い方を押さえておきましょう。
【例文1】
「そのやり方はここではちょっと受け入れられないんじゃないかな? 郷に入っては郷に従えというだろう?」
人に注意する際に自分の言葉としてダイレクトに言うときつくなってしまう表現でも、「ことわざにもありますよね?」と「郷に入っては郷に従え」を引用することで、表現にワンクッション置くことができます。
【例文2】
「郷に入っては郷に従えというばかりでは、何の改善もできないじゃないか」
「郷に入っては郷に従え」は「真理」ではなく、処世術として受け入れられている教えです。そのため、例文1のように、このことわざに賛同する立場でも、例文2のように否定する立場でも、使うことができます。
例文2の使い方では、ことわざを批判することで、その場所や組織のあり方に対する批判を間接的に伝えています。
「郷に入っては郷に従え」の類語・言い換え表現
「郷に入っては郷に従え」と同じ意味を持つことわざを、例文とあわせて紹介します。
「人の踊るときは踊れ」
みんなが何かをしているときは協調して一緒にやるのがいい、という意味のことわざです。みんなが楽しんでいるときは、意地を張っていないで一緒に楽しみましょう、というニュアンスで使われる場合もあります。
【例文】
「ハロウィーンなんて日本には合わないと思っていたが、人の踊るときには踊ってみるもんだね。参加すると楽しいよ」
「所変われば品変わる」
土地ごとに習慣や風習、言葉などが異なり、それに合わせて品物や使い方、品物の名前なども異なる、という意味です。
【例文】
「関西のお餅は丸いのか。『所変われば品変わる』だね」
「所の法には矢は立たず」
「所の法」とは、その土地や場所の法や決まりごと、習慣などを指します。「矢は立たず」とは、「矢で射るようなことはできない」という意味です。
つまり、「所の法には矢は立たず」とは、「その土地の法や決まりごと、習慣などは、道理に合わない面があっても従わないわけにはいかない」という意味です。
【例文】
「確かにここのやり方はあまり合理的ではないし、気に入らないかもしれない。でも『所の法には矢は立たず』とも言うだろう? なんとか合わせてもらえないか?」
「郷に入っては郷に従え」の英語表現
「郷に入っては郷に従え」は世界中で使われていることわざです。英語表現では以下のようになります。
When in Rome do as the Romans do.(ローマではローマ人のするようにしなさい)
【例文】
Please sit in seiza in the tea room. The proverb says, When in Rome, do as the Romans do.(茶室に入ったら正座してください。ことわざでも「郷に入っては郷に従え」と言いますよね?)
「郷に入りては郷に従え」を念頭に置いておこう
「郷に入りては郷に従え」は、「住んでいる土地のやり方に従え」という意味のことわざです。このことわざを知っていれば、新しい環境に身を置いたときに、自分のやり方を押し通すことによって生じる無用の摩擦を避けられます。
「人の踊るときは踊れ」「所変われば品替わる」など、同じ内容を持つことわざが多く、また、この表現が世界中に広がっているのは、不要な衝突を避ける処世術として役に立つからではないでしょうか。さまざまなことわざを知って先人の知恵を学び、暮らしの中で役立てましょう。