保険業界用語や金融用語として知られている「モラルハザード」について、正しい意味や使い方は把握しているでしょうか。

本記事ではモラルハザードの正しい意味について、保険や銀行、失業保険、コロナ禍における救済措置などの例を基に、具体的に解説します。経済学でのプリンシパル=エージェント理論についても簡単に紹介します。

  • モラル・ハザードとは?

    金融業界や保険業界でよく使われる、モラルハザードという言葉について学びましょう

モラルハザードとは? 意味をわかりやすく解説

モラルハザードとは、責任感や倫理観の欠如という意味です。モラルは「倫理・道徳意識」、ハザードは「危険・障害物・その原因となるもの」を意味しています。この2つの言葉が組み合わさることで、道徳を守らずに責任を放棄することを表現します。

保険業界におけるモラルハザードの意味

「モラルハザード」はもともと保険業界で使われていた言葉でした。保険業界でのモラルハザードは、保険に加入しているという安心感から注意を怠り、事故を起こす確率が高くなる現象のことを指します。つまり、リスクによる損害を補償する制度があることで、かえってリスク回避の意識を弱めてしまうこと意味しています。安心感や油断が生まれることで、保険加入をしていない人よりも運転が荒くなったり適当な判断をしたりすることが増えるそうです。

経済学におけるモラルハザードの意味(プリンシパル=エージェント理論)

経済学における意味も紹介します。モラルハザードは経済学において、プリンシパル=エージェント理論で、情報の非対称性、情報の偏在から起こるとされています。情報の非対称性や情報の偏在とは、取引を行う者同士が把握する情報の量に違いがあることをいいます。

例えば、あまり多くの情報を知らない株主(プリンシパル/依頼人)を、より多くの情報を持っている経営者(エージェント/代理人)がうまく利用して利益を得たり、株主にとって良くない行動を取ったりすることなどが挙げられます。これは労働者と使用者、患者と医療サービス提供者などの間でも成り立つ構図です。

  • モラルハザードの意味

    保険業界の用語でもあるモラルハザードは、倫理観やマナーの欠如を意味しています

モラルハザードの歴史

先述した通り「モラルハザード」という言葉が使われるようになったのは保険業界がきっかけです。しかし、もっと昔からモラルハザードという言葉は使われていたといわれています。その歴史についてご紹介します。

モラルハザードが使われるようになったのは1997年の秋ごろ

モラルハザードという言葉が実際に使われるようになったのは、1997年の秋ごろだと考えられています。1997年は次々に金融機関の経営破綻が起こり、日本の経済状況が落ち込んでいきました。

金融危機の対策を急いでいた政府がさまざまな政策を取る最中、アメリカの経済学者などから「モラルハザードに注意しなくてはならない」とのアドバイスがありました。

そして日本の官僚や評論家がその主張を取り入れて、「モラルハザードに注意すべきだ」と意見を述べるようになったといわれています。このことをきっかけに日本に「モラルハザード」が浸透し始めたのです。

保険業界から金融業界に移る

保険業界で使われていたモラルハザードですが、金融業界にも浸透します。1980年代の初め、アメリカでは中小金融機関の貯蓄金融機関(S&L)という会社が経営難に陥った際に、国の短期金利が急騰し、損失が膨らみました。このことを経て、金融業界でも「モラルハザード」が使われるようになります。

金融業界での具体的な意味は、国が危機に陥った金融機関に対し税金を使って損失を補填(ほてん)すると、預金者は金融機関を甘く見たり、銀行は融資をするときに厳しい審査を怠ったり、また経営者が責任を回避するようになったりと、悪循環に陥ってしまうことをいいます。

  • モラルハザードの歴史

    保険業界で使われていた言葉が、次第に金融業界にも浸透していきます

モラルハザードと呼ばれる事態の具体例

ここからはモラルハザードの具体的な例についてご紹介します。生活に密着した事例が多くあるので、身の回りのことを思い浮かべながら見てみてください。

自動車保険や医療保険

先述した通り自動車保険がモラルハザードの代表的な例です。医療保険も同様にモラルハザードの減少が起こりやすいといえるでしょう。

保険に入っていない場合、事故や病気など万が一のことがあった場合はかなりの額のお金を自分で用意しなくてはなりません。しかし、保険に加入していれば、事故や病気をしたときもお金の面ではそこまで心配がないでしょう。

そうなると、「事故を起こさないように安全運転をしよう」「健康体を維持しよう」という気持ちが薄くなってしまうのです。保険に入っているから油断が生まれてしまい、結果として事故や病気などの問題に直面してしまうことがあるというのがモラルハザードなのです。

ただ、モラルハザードを防止するための策も多く存在しています。例えば、事故や保険の利用回数によって保険料が変わるといったような制度が挙げられるでしょう。この制度があれば、保険料を下げるためにも事故は起こさないよう注意するはずです。

銀行の経営危機による救済

金融関連のモラルハザードは、銀行が経営危機に陥った場合の救済をするときに使われます。大規模な経済危機や金融危機が起こり銀行が経営困難状態になった場合、税金などを使って救済措置が取られることがあります。

銀行はこの救済措置があるからといってリスクの大きいやり取りをしたり無責任な行動をしたりする可能性があり、この状態のこともモラルハザードと呼びます。

モラルハザードの防止策として、日本ではリスクの大きいやり取りをする際や最後の貸し付けをする場合の原則や規則が決められています。これにのっとったやり方でないと認められない仕組みになっているのです。

失業保険

失業した際にもらえる手当金のことを失業保険といいますが、これもモラルハザードを引き起こす一因だと考えられています。たとえ失業したとしても生活に必要なお金がしばらく入ってくると考えて失業者が増えてしまう状態はモラルハザードです。

モラルハザードを引き起こさないために、失業保険がもらえる期間や条件が定められているのです。

  • モラルハザードの具体例

    モラルハザードと呼ばれる現象は保険や銀行など身近なところで起きているのです

コロナ禍におけるモラルハザードの事態

世界中に蔓延している新型コロナウイルス感染症の対策においても、モラルハザードといえる事例が起きてしまいました。ここからはコロナ禍におけるモラルハザードについて解説します。

感染防止に対する経済の停滞が背景にある

新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止する策として、飲食店や観光業は営業時間の制限などが設けられました。その他の事業でも、労働者の収入が下がってしまいました。

この状況に対して、国からの救済措置として金銭的な支援が行われました。支援があることで多くの人の経済状況が救われた半面、モラルハザードを引き起こしたとの指摘もあるのです。

新型コロナウイルス感染症によって影響を受けた人たちへの救済策

具体的には、救済措置があるから無理に働いたり事業拡大をしたりしなくてもいいと考え、収入回復のための意欲がなくなっている状態がモラルハザードです。例えば、救済措置があることで、事業拡大をしたら今までの収入を取り戻せる可能性があるのに踏み出さない、労働者は金銭的な保障があるから新たな働き先を探そうとしないなどが挙げられます。

国からの保証で多くの人々が救われたのは事実ですが、その反面で労働意欲や工夫しようとする積極性の低下を引き起こしたとも考えられています。救済措置があることで新たな事業が生まれなかったり他業種への転職をしなかったりするのは、日本全体だけでなく本人にとっても悪影響かもしれません。

  • コロナ禍におけるモラルハザード

    新型コロナウイルス感染症にまつわる救済措置でも、モラルハザードが起きてしまったという指摘もあります

モラルハザードは、リスク補償の制度が逆にリスクを増やすことを意味する用語

モラルハザードは保険業界で使われていた言葉でしたが、金融業界や経済学の世界でも広く使われるようになりました。具体的な例としては、自動車保険や国による救済措置などが挙げられます。

万が一のことがあっても大丈夫という気持ちが、油断を生み向上心を奪うのです。リスクを回避することは大事なことですが、あまりにそこに頼りすぎるのもよいとはいえないでしょう。