富士通は1981年5月20日、同社初のパーソナルコンピュータ「FM-8」を発売。2021年5月20日で40年の節目を迎えた。FM-8以来、富士通のパソコンは常に最先端の技術を採用し続け、日本のユーザーに寄り添った製品を投入してきた。この連載では、日本のパソコン産業を支え、パソコン市場をリードしてきた富士通パソコンの40年間を振り返る。掲載済みの記事にも新たなエピソードなどを追加し、ユニークな製品にフォーカスしたスピンオフ記事も掲載していく予定だ。その点も含めてご期待いただきたい。

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LOOX Uの開発コンセプトは「持ち歩いて利用できるWindowsシステムを搭載したPC」

富士通のノートパソコン、その特徴には軽量化・薄型化・小型化がある。これらを実現した代表的な製品のひとつが、2007年6月に発売したLOOX Uだ。

約580gの超軽量ボディに5.6型ワイドスーパーファイン液晶を搭載。幅171×奥行き133mm×高さ26.5~32.0mmと、手のひらサイズの本体を実現した世界最小(当時)のパソコンだった。しかも、画面が回転するコンバーチブル型とし、タッチパネルによるペン入力も可能だ。キーピッチ14mm・キーストローク1.3mmを確保したキーボードは、キーボードライトや指紋センサー認証を標準装備。1.8インチの40GBハードディスクドライブもいち早く採用した。オプションの大容量バッテリーを利用すれば、最大約8時間のバッテリー駆動となり、家の中でも外出先でも、手軽にモバイルコンピューティングができるモデルだった。

  • 富士通の「LOOX U」

    2022年の今ではだいぶ広まったコンバーチブル2in1だが、2007年に同じスタイルで登場した「LOOX U」

「LOOX Uは、世界最小、世界最軽量を目指して開発したものだった」と語るのは、LOOX Uの開発をリードした五十嵐一浩氏(のちに富士通フロンテック社長)。「タッパネルを採用して、電車のなかでも立ったまま使えるパソコンを目指した」という。

当時の資料を見返すと、以下のようにある。

「通勤や通学の途中、旅行先などの屋外でも、手軽にインターネットや動画閲覧などを楽しむことができるほか、家の中では、ソファーに座ったり、ベッドに横になったり、リラックスした姿勢でPCを楽しむことができる。画面が小さかったり、表示レイアウトが見にくい場合があったりする携帯電話やPDAに比べて、フルWindows(Windows XP Professional)を搭載しているLOOX Uでは、インターネットの視認性も、使い勝手も優れており、好きなときにSNSやブログを投稿したり、閲覧したりできる」

LOOX Uはまず、2007年5月に企業向けの「FMV-U8240」として発売。6月には「FMV-BIBLO LOOX Uカスタムメイドモデル」として、富士通の直販サイト「WEB MART」限定で個人向けにも販売。その後、進化を遂げながら、量販店ルートなどでも販売されるようになった。

  • 画面を360°回してたたむとタブレットスタイルに。もちろんタッチパネル液晶(左)。クラムシェルスタイルの場合、携帯ゲーム機のような持ち方で使うシーンも多かった

2010年1月に発表した第3世代のLOOX Uは、モバイルノートパソコンとして、さらに大きな進化を遂げた。こだわったのは「Real Pocket Size PC」というコンセプト。

ジャケットの内ポケットに入る超小型化を目指し、「カバンなしでも持ち運んで歩けること、電車の中で立ったまま路線検索が可能なこと、街中で立ち止まってお店や地図の検索が可能なこと――といったように、いつも持ち歩いて使えるライフパートナーとしての要素を実現した」とする。

第3世代LOOX Uで開発チームが目指したのは、「スーツの内ポケットに入ること」だった。「持ち運べる」を超えた「持ち歩ける」を実現するためには、スーツの内ポケットに入ることが象徴的な考え方となったのだ。そこで開発チームは第一歩として、紳士服メーカーに内ポケットのサイズを確認するところから始めた。だが、その返答に驚いた。

  • 2010年1月発表の第3世代LOOX U

スーツの内ポケットサイズには標準規格がない

すべてのスーツで内ポケットのサイズがバラバラだということがわかったのだ。最初の一歩から予想外の出来事は、まさにその後の苦労を暗示するような出来事だった。

そこでまず、開発チームの2人が内ポケットの実測担当として紳士服店の協力を得て、内ポケットのサイズを一着ずつ計測。540着のスーツを調べた結果、奥行きと厚さをあわせた外周が130mm以下であれば、91%のスーツ(の内ポケット)に入ることがわかったという。

【動画】LOOX U発表時の記者会見から。スーツの内ポケットからLOOX Uを取り出す齋藤邦彰氏(現・富士通クライアントコンピューティング会長)
(音声が流れます。ご注意ください)

【動画】こちらは2021年10月のオンライン会見から。過去のシーンを再現した齋藤氏
(音声が流れます。ご注意ください)

また、内ポケットに入れたとき、左肩が下がらないようにするギリギリの重さとして500g以下であることも導き出す。財布や文庫本、デジタルカメラ、ペットボトルといった500g以下のものが、持ち歩くか持ち歩かないかの感覚的な境界線だった。そこで開発チームは、500gを切る495gの重さを目指したのだ。

小型パソコンとしてこのサイズと重さは、女性が持つ小さなバックにも入る。そして、本体の底面部にも同じ塗装を施す360度塗装とした点も、持ち歩きを強く意識したものだ。製品化までに開発チームが作ったモックアップは12種類。いずれも、異なる方向性を持ったデザインであったことからも、多くの試行錯誤が繰り返されたことがわかる。

  • 実測で494.9gまで軽量化した第3世代LOOX U

  • こんなデモンストレーションも

材料の変遷

富士通パソコンの薄型化や軽量化の歴史において、富士通グループで蓄積していた材料開発のノウハウが生かされている点も見逃せない。その技術を蓄積していたのが、当時の富士通化成だ。

1995年発売のFMV-BIBLO NL(B5サイズ)までは、A4サイズのノートパソコンと同じく、ポリカーボネート樹脂とABS樹脂の外装だったが、1996年発売のFMV-BIBLO NPではエンプラ系ポリマーアロイ材のガラス繊維強化樹脂を採用。これにより薄型化と軽量化を図り、本体の高さは28.2mmまで薄くなった。

続いて1998年に発売したFMV-BIBLO NSでは、チクソモールディング法によるマグネシウム合金を採用。2004年には、カーボン繊維強化樹脂のFMV-BIBLO MGHを発売。2007年発売のFMV-BIBLO MGでは、Mg+ガラス繊維強化樹脂を使用したハイブリッド筺体の開発によって、高さ24.3mmという薄型化を達成している。

  • 1998年に発売したA4サイズのFMV-BIBLO NS(右側)では、チクソモールディング法によるマグネシウム合金を外装に採用

とくに、チクソモールディング法によるマグネシウム合金は、富士通パソコンの薄型化と軽量化に大きく貢献。この技術では薄くて強度のある成形を実現でき、約600℃に熱したマグネシウムを約300℃の金型に流し込み、そこからマグネシウムをあふれ出させることによって、薄くて均一な筐体を成形できるという特徴もある。ダイカストに比べて溶融温度が低いため、成形の精度が高いこと、成形が精密なことも利点だ。さらに、マグネシウム合金への塗装技術も進化させ、高品位の筐体を生産できるようになった。

薄型化を追求した2012年6月発売のLIFEBOOK UH75/Hでは、ハードディスクを搭載しながらも15.6mmという世界最薄を実現。マグネシウム合金を活用したモノづくりの先進性を見せつけた。このように早い段階から、薄型化や軽量化に必要な素材にこだわってきたことが、富士通パソコンがモバイルノートパソコンで先行できた要因のひとつになっている。

  • 2012年6月発売の13.3型「LIFEBOOK UH75/H」

13.3型として世界最軽量を達成したマイルストーン「LIFEBOOK UH75/B1」

2017年1月に発表した13.3型のLIFEBOOK UH75/B1は、モバイルノートパソコンにおいて、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)がリーダーであることを改めて宣言する製品となった。

  • 現在(2022年1月時点)のFCCLが持つ「世界最軽量」モバイルノートパソコンの初代ともいえる「LIFEBOOK UH75/B1」

それまでの約5年間、富士通のモバイルノートパソコンは、世界最薄や世界最軽量を目指すモノづくりとは異なる路線を歩んでいた。モバイルノートパソコンであっても、1台にすべての機能を盛り込み、どこに行っても不自由のない環境を実現するという方向性が優先されていたからだ。いわば、オフィスのデスクトップパソコンと同じ環境のモバイルノートパソコン――というものに力を注いでいた5年間だった。

高機能を実装すれば、トレードオフとして軽量化や薄型化は妥協せざるを得ない。無理をして軽量化を図れば、高価な材料を使用することになり、価格上昇につながる。だが、開発チームは「モバイルノートパソコンであるからには、軽量化は重要な要素」として常に検討を続けていた。そして、軽量化に挑みたいと思っていても、フル機能を優先することで踏み出せなかった呪縛を解き放ったのが、LIFEBOOK UH75/B1だったのだ。

モバイルノートパソコンを本当の意味で外に持ちだすには、軽量化は最大の武器という認識のもと、開発チームは「世界最軽量」という高い目標に挑むことを決めた。当時、企業などから「1kgを切るモバイルノートパソコンが欲しい」という要望が高まっていたことも、開発を後押しした。

別の側面では、数年にわたって富士通パソコンとして尖った製品が登場していないという市場の厳しい声が届いていたことも、世界最軽量のモバイルノートパソコンを製品化する決断へとつながる。FCCLの竹田弘康副社長が話すこんな言葉からも明らかだった。

「軽くするためだったら、どれだけ資金を使ってもいい。主要な部品にも、汎用品を使わずに、ゼロから部品を選定してほしい」

  • 富士通クライアントコンピューティング 副社長 竹田弘康氏

竹田副社長がLIFEBOOK UH75/B1の開発チームに出した指示は、まさに異例。FCCLは2016年2月に富士通から分社化したが、新体制のもと最初の象徴的な製品を開発するという使命を持ちつつ、世界最軽量のモバイルノートパソコンとしてLIFEBOOK UH75/B1の開発がスタートしたことも見逃せない要素だろう。

開発チームが最初に掲げた目標は777g。当時の最軽量モバイルノートパソコンだったNECのLAVIE Hybrid ZEROの779gを下回ることを目標とし、開発陣には「チーム777」というプロジェクト名が与えられた。開発コードネームには、1gでも軽い製品を追求する姿勢を反映して「Gram」と命名。プロジェクト名にも開発コードネームにも、徹底した軽量化を追求する意思を込めた。

そのLIFEBOOK UH75/B1では、軽量化を図る材料として、天板にマグネシウムリチウム合金を採用。液晶パネルにおいては、重量増に大きく影響するガラスや、内部の偏光板を極限まで薄くした。キーボードは72本ものネジで固定して、強度とキータッチ時の剛性を確保。バッテリーセルまわりはハシゴ状のフレームで構成し、樹脂フレームの格子部を使ってネジ締めを行うことで、軽量化と強度を両立している。

特筆すべきはインタフェース類。基板面積を従来比で約2割減としながらも、USBポート×3基を配置。有線LANポート、SDメモリカードスロット、HDMI端子など、ビジネスシーンに必要とされるインタフェースはすべて搭載した。単に軽量化を図っただけでなく、必要な端子類を欠かさずに軽量化を実現したのだ。

2017年1月17日の製品発表時点では、LIFEBOOK UH75/B1の重さは開発目標とした777g。一度は世界最軽量を達成したが(13型クラスのノートパソコンにおいて。FCCL調べ)、20日後の2月7日にはNECパーソナルコンピュータが769gのモバイルノートパソコン「LAVIE Hybrid ZERO」を発表。するとFCCLは2月22日、「本格量産を開始した約300台の平均値では761g」と発表し、世界最軽量の座を奪い返した。

  • 最終的には761gまで軽くなったLIFEBOOK UH75/B1

それ以来、FCCLは一度も世界最軽量の座は譲っていない。2022年1月現在でも、13.3型の液晶ディスプレイを搭載したモバイルノートパソコン「LEFEBOOK UH-X」の最新モデルは、世界最軽量の634gだ。

  • これはLEFEBOOK UH-Xの特別モデル。赤い塗装のぶん重くなるはずだが、通常モデルの公表値である634gよりも軽い629gを示している