Happy Hacking Keyboard(HHKB)といえば、打ち心地の良さや耐久性の高さ、無駄のないキー配列によるコンパクトサイズなどを理由に、エンジニアやキーボード愛好家から長年支持され続けている高級キーボードです。
3万円前後と比較的高価なキーボードですが、2020年に開催されたファンイベントで語られたところによれば、売れ筋は最も高価な最上位モデルだといいます(関連記事)。それだけ良い道具に妥協しない人々に愛されている証拠でしょう。
筆者も仕事道具としてある程度キーボードにこだわってはいるつもりですが、HHKBは恥ずかしながら未体験。最近は主に「ThinkPad トラックポイント キーボード II」ですが、以前「REALFORCE R2 PFU Limited Edition」を使っていたので、HHKBと同じ静電容量無接点方式のフィーリングは知っています。
やはり高級キーボードの代名詞ともいえるHHKBも一度は使ってみなくては……と思っていたら、最上位モデル「Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S」(35,200円)を試用する機会に恵まれました。今更ながら「HHKB初心者」目線でのレビューをお送りします。
さっそく外観からチェックしていきましょう。本機は2019年12月に発売された最新世代のモデルですが、外見上はそれ以前のモデルと大きく変わらない印象。幅294mmとコンパクトなボディーに、必要最低限のキーがぎっしりと詰め込まれています。
小さなキーボードを作る方法は、大ざっぱに言えばキーを小さくするか、キーを減らすかの二択です。HHKBの場合は後者で、無駄なキーを削ぎ落とし、すき間なく並べることでこのサイズに収めています。
目立つところで言えば、普通のキーボードなら最上段にあるはずのファンクションキーはなく、いらない子扱いされがちなCapsLockキーの位置にはCtrlキーがあります。さらに英語配列の場合はカーソルキーもありません。
はじめて使う人にとっては取っつきにくく感じるかもしれない独特のレイアウトですが、それこそがHHKBの肝でもあります。単なる小型化のための特殊配列というわけではなく、操作性にも寄与しているのです。
英数字以外の多くのキーはFnキーとの同時押しに割り振られており、はじめはキー側面の刻印を見ながら覚えていく必要がある一方、少し慣れてくると、指の移動距離を大幅に減らしてくれて疲れにくい、あるいはホームポジションを崩さずに素早く打てるといったメリットがあることに気付きます。
一見違和感のあるCtrlキーの位置も、手を自然にハの字に置いた状態で、無理に小指を伸ばさずともCtrl+C、Ctrl+Sなどのショートカットを打つことができ、理にかなっています。
それもそのはず、HHKBが生まれた理由のひとつに「UNIXエンジニアやプログラマーのための作業効率に優れたキーボードを作る」ということが挙げられ、キーレイアウトには並々ならぬこだわりがあります。単に小型化のために無理やり詰め込まれた配列ではないのです。
効率的で扱いやすいキーレイアウトの良さを実感するにはまず慣れる必要がありますが、キータッチの良さは使い始めた瞬間から伝わるもうひとつの魅力です。
HHKBのキースイッチは、一般的なメンブレン式やパンタグラフ式とも、高級キーボードの大半を占めるメカニカル式とも異なる、静電容量無接点方式を採用しています。
キーを最後まで押し込む必要がないので疲れにくい打ち方ができること、摩耗が少なく耐久性が高いことなどメリットの多い方式で、打鍵感もとてもスムーズ。HHKB以外では、キースイッチのOEM元でもある東プレのREALFORCEシリーズくらいでしか味わえない代物です。
さて、ここまではすべてのHHKBシリーズに共通する魅力です。現行のHYBRID/HYBRID Type-Sに世代交代した際の最大の変更点は、ワイヤレスモデルが主役になったことでした。
以前からワイヤレスモデルは存在しましたが、今世代ではBluetooth接続とUSB Type-C接続を切り替えられるハイブリッドモデルがラインアップの中心となり、有線モデルも残るものの主従が逆転しました。
無線接続でも目立った遅延や安定性の問題は感じず、多くの人は違和感なく使えるレベルだと思いますが、操作が速くレイテンシに敏感な人であったり、Bluetoothの利用を禁止されている業務環境などを考えると、あらゆる場面で使える選択肢が残されているのは安心感があります。
打鍵感にこだわった高級キーボードは、本体の歪みやたわみを抑えるためにメタルプレートなどを内蔵している場合が多く、持ち運びには適さない重量になりがちです。
HHKBも強くタイピングしてもビクともしない丈夫なボディを持っていますが、そもそもコンパクトなので約540gと無理なく持ち運べる範囲です。HHKB愛好家の間では、13インチノートPCとちょうど同じぐらいの幅という絶妙なサイズを生かし、内蔵キーボードの上にHHKBを置いて使うスタイルもよく知られています。
家でも外でもHHKBを使いたいヘビーユーザーにとっては、歴代初のワイヤレス+静音モデルという点で魅力的に映るはずです。
HHKBは長く使える道具だということを考慮すると、安価なキーボードを1~2年で使い潰すよりも、結果的には安い買い物だとも考えられます。
長く使える理由のひとつは、前述した静電容量無接点方式のキースイッチの耐久性が高いこと。HHKBではなくREALFORCEでしたが、やはり静電容量無接点方式のキーボードを十年以上大事に使い続けている方と出会ったことがあります。
そして、本機を含めてHHKBのワイヤレスモデルはすべて乾電池式です。リチウムイオン電池を内蔵した充電式の機器の多くは、バッテリーの膨張などが実質的な寿命となってしまいます。キーボード自体の寿命の長さを踏まえて、あえて外しているのでしょう。
また、キーボードを長い間酷使するとキーキャップの印字が消えてしまうというのもしばしば起こる問題ですが、HHKBのキーキャップは昇華印刷を採用しています。
昇華印刷とはインクを表面に乗せるだけではなく染み込ませる特殊な方法で、キーキャップのような絶えず擦れるパーツでも消えにくく、長く印字を保てる効果があります。もっともHHKBの場合、腕に自信がある方なら無刻印モデルという選択肢もありますが……。
Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-Sは35,200円と高価なキーボードではありますが、無線でも有線でも、家でも外でも、優れた打鍵感と効率的なキー配列で妥協のない道具を末永く使えると思えば、有線・非静音モデルとの差額10,000円の価値はあると筆者は思うのです。みなさんもぜひ一度試してみてはいかがでしょう。