藤井竜王のコメントをもとに、藤井聡太の鬼手を振り返る
藤井聡太竜王の将棋の魅力は、ただ強いというだけにとどまるものではありません。藤井竜王の将棋を見た人は誰もが、その将棋が、強いだけではなく「魅せて勝つ」将棋であることを感じることと思います。
なぜ藤井竜王の将棋は「魅せる将棋」なのでしょう。
「なるべくカッコイイ手で勝ちたい」などと思っているわけがないことは、これまでの藤井竜王の数々の語録や姿勢を見る限り明らかでしょう。ありあまる向上心と「どこまでも強くなる」という使命感が、彼に「安全に勝つ手」「手数はかかるものの確実な手」を指させないのではと思います。妥協を排し、純粋に上を目指す彼の真摯な姿勢が盤上に現れるからこそ、我々はその一手一手に魅了されるのではないでしょうか。
藤井竜王の対局で現れた鬼手とコメントをもとに、その一端だけでもご紹介できればと思います。
(本稿は2022年2月に発売される『藤井聡太の鬼手 令和元年・2年度版』の予約特典の小冊子から一部を抜粋・編集したものです)
■綱渡りの綱が太い
令和2年は藤井聡太が初めてタイトルを獲得した年として、将棋界にとって重要な1年になりました。鬼手59はそのタイトル戦の初陣。渡辺明棋聖(当時)との棋聖戦五番勝負第1局です。
図から▲2二銀が驚愕の読み切り。対して△7九角から王手が延々と続くのでいかにも詰まされそうです。しかし現実は皆さんご存じの通り。藤井先生は渡辺先生の16連続王手に対して「この一手」の正解手を指し続け、最後は逆王手を掛けて勝つという美しすぎる終局図を残されたのでした。
特に△6八香成と香を成ってきたときには▲8八玉とかわすのが正解で、次に△7八成香と迫ってきたときは▲同玉が正解とは、もはやわけがわかりません。この時の映像はアベマTVで視聴することができますが、何度見ても、結果が分かっているのにドキドキしてしまいます。解説の本田奎五段も「めちゃめちゃ危ないですよね。危ないを極めている」とコメントされていました。
王手に対して1手しか正解がなく、それ以外を指すと即負け、しかもそういう王手が16回連続で現れる。そう聞くと、両サイドが断崖絶壁になっている綱渡りのような細い道を歩いているように見えますが、藤井先生にとっては、そうは見えていないんでしょうね。いくら細い道であっても渡りきれる自信があるから迷わずにその道を進む。これこそが「藤井聡太だけが見えている世界」です。
この鬼手とは直接関係ありませんが、私的に注目したいのはこの一局に対する藤井先生のコメントです。「結果として、最初のタイトル戦(第1局)で勝てたことによって気持ちが大分楽になりました」と述べられています。
藤井先生はこの「結果として」という言葉が好きでよく使われる、気がします。正直この言葉はなくても通じるのですが、なんとなく威張らない感じというか、「どちらが勝ってもおかしくない勝負でしたが、結果的に私が勝った」みたいなニュアンスを加えたいのかなと思っています。藤井先生の謙虚なお人柄が出ている感じがして好きです。
島田修二(将棋情報局)