コミュニケーション障害を略した「コミュ障」という言葉が広く知られるようになり、とくにいまの若い世代には「知らない人に会うのが怖い…」「会社の電話に出られない…」といった人も多いという話も見聞きします。

  • 「わたしは対人恐怖症?」。知らない人に会うのが怖いと感じるあなたが知っておきたい心理学 /心理カウンセラー・中島輝

なぜ、若い人たちは生のコミュニケーションが苦手なのでしょう。新刊『あなたは、もう大丈夫。「幸せスイッチ」が入る77の言葉』(プレジデント社)も話題の、心理カウンセラーの中島輝さんが、心理学の見地から解説してくれました。

■「対人恐怖症」は、日本に固有の神経症?

——「対人恐怖症」についてはその字面からもどんなものかなんとなくイメージできますが、心理学的見地からはどのようなものになるのでしょうか。
中島 専門的には、「社交不安障害」といいます。その症状としては、他人の前での失敗経験などがきっかけとなり、人前に出ることを極端に恐れたり、他人の前で極度に緊張したりしてしまうことが挙げられます。そのために、社会生活になじみづらいということも対人恐怖症の症状と考えていいでしょう。

また、この対人恐怖症にはとても興味深い事実があります。じつは、対人恐怖症は日本に顕著な「文化的依存症候群」と呼ばれているということ。つまり、他の国では少ない、日本に固有の神経症なのです。

——それはまったく知りませんでした。なぜ、日本人に多く見られるのでしょう?
中島 やはり、いわゆる「恥の文化」の影響でしょう。対人恐怖症と深いつながりがあるのは、「公的自己意識」と呼ばれる「他人の目を気にする心理」です。「ばかにされたくない」「失敗して恥をかきたくない」といった心理がこれにあたりますが、恥の文化が浸透している日本社会ではこの公的自己意識、つまり恥に対する意識が非常に強いのです。

たとえば、赤ちゃんが他人に会ったときに顔をそむけたとします。その様子を見た日本人の多くは、「あら、恥ずかしいんだね」なんていいますよね? でも、欧米人の場合だと「うれしいんだね」「よろこんでるね」というのです。ひとつのしぐさのとらえ方も欧米人とは異なり、それだけ日本人は恥というものを強く意識していることの表れです。

いま、コミュニケーション障害を略して「コミュ障」なんて言葉が若い世代を中心に浸透していますが、それもやはり恥の文化がベースにある対人恐怖症がそれだけ多くの人に発症しているからなのだと思います。

■人と接する機会の総量が激減し、対人恐怖症が増加した

——それこそ、いまの若い世代の悩みには、「会社の電話にも出られない」といったこともあるようです。これもやはり対人恐怖症によるものでしょうか。
中島 いまの若い世代によく見られる傾向として、「いわれたことはきちんとやるけれど、いわれていないことはやらない」といったことがあります。

そのため、もし「会社の電話には出なさい」と指示されていなかったとしたら、「だって、いわれていないから」という考えで電話に出ないというケースも考えられます。でも、そうではなくて、それこそ電話そのものが苦手ということになると、やはり対人恐怖症に起因することなのだと思います。

——よくいわれる話だと、いまの若者は物心がついたときから友人たちともメールなどのテキストベースでのやり取りをしていたために直接電話するような機会が少なく、そのために生のコミュニケーションが苦手なのではないかということもあるようです。
中島 もちろん、そういうケースもあるでしょう。ただ、それも直接電話で話すようなことが少ないことなどをきっかけに、すでに対人恐怖症を発症していると見ることもできます。

——実際、対人恐怖症は増えているのでしょうか。
中島 カウンセリングを通じてのわたしの実感でいうと、確実に増えているように思います。その理由となると、やはり人と接する総量というものがかつてと比べて大きく減っているからでしょう。まず、家族単位で見ても核家族化がどんどん進んでいますから、祖父母など自分から遠い世代がいない家庭で育つことになります。

また、コロナ禍においては、法事などふだんはなかなか会わない親戚が集まるような行事を簡略化したりなくしたりする傾向も強まりました。

とくに都市部に住んでいる場合なら、人口は多くとも他人と接する機会はそう多くありません。地方の小さな街であれば、友だちのお父さんやお母さんはもちろん、近所の商店街のおじさんやおばさんだってみんな顔見知りということもあるかもしれません。でも、都市部の場合はちがいます。それこそいまならセルフレジも浸透し、買い物をするにも誰とも話すことなく済ませられますからね。

そんな環境で育ち、いざ社会に出たら赤の他人と会ったり電話で話したりすることを求められる。そのときになんらかの失敗をしてしまうと、その失敗がきっかけとなって対人恐怖症に陥ることになります。

■失敗をあえて振り返り、「できること」にフォーカスする

——しかしながら、社会人がスムーズに仕事をこなすには、電話をはじめとした他人とのコミュニケーションが欠かせません。コミュニケーションに対する苦手意識を払拭するにはどうすればいいでしょうか。
中島 わたしからは、5つのステップのワークをおすすめします。

【コミュニケーション能力向上のための5ステップ】
1. コミュニケーションにおいて不安や恐怖から失敗したことを紙に書き出す
2. 失敗の原因として巻き起こった感情や思考を紙に書き出す
3. 2.で挙げたことについて、「自分で変えられること」「変えられないこと」にわける
4. 3.で分類した「変えられないこと」について本当に変えられないかを検証し、「変えられること」があれば書き出す
5. 3.4.のステップによる分類により、行動できることを実践する
自分で変えられること⇒行動を実践する
自分で変えられないこと⇒潔くあきらめる

——具体的な内容について詳しく教えてください。
中島 まずは、コミュニケーションにおいて、不安や恐怖によって犯してしまった失敗を紙に書き出します。「会社の電話に出て何度も相手の名前を聞き返したら叱られた」というようなことです。そして、そのときの自分の感情や思考も振り返ってみましょう。たとえば、「怒り」や「恥ずかしさ」などになるでしょうか。

そして、その怒りや恥ずかしさというものは自分で変えられるものなのか、あるいは変えられないものなのかということを考えます。ただ、それを考えるのは一度では不十分。対人恐怖症の人に限らず、自分が苦手なことについては「どうせ無理だから…」というふうに決めつけていることが多いからです。

ですから、一度は「変えられないこと」に振り分けたものについても、再度あらためて「本当に変えられないことなのか」と考えてみてください。

そして、変えられることについては、そうするための具体的な方法を考えて紙に書き出します。たとえば、「1秒でいいから深呼吸をする」「『これはただの仕事だから大丈夫』と自分にいい聞かせる」といった具合です。もちろん、それを実行しても最初はうまくいかないこともあるかもしれません。

でも、人間は学習する生き物ですから、「こういうときは、こうすればいい」と条件づけする習慣を続けていけば、自分の感情をコントロールすることができるようになります。その結果として、コミュニケーションに対する苦手意識は徐々に減っていくでしょう。

一方、「自分で変えられないこと」に分類されたことについては、潔くあきらめてしまいましょう。「あきらめる」というと聞こえが悪いかもしれませんが、これも大切なこと。あたりまえですが、わたしたちは自分にできることしかできません。その自分ができることにフォーカスするためにできないことはあきらめるのであり、そのために事前に「変えられること」「変えられないこと」に分類したのですから。

ただ、あきらめてしまうことがあるなら、「結局、コミュニケーションに対する苦手意識を払拭できないのでは?」と思った人もいるかもしれません。でも、それも徐々に解消できるでしょう。できることにフォーカスして成功体験を積むうちに少しずつ自信を持つことができます。

そうして、最初はあきらめてしまったことに対しても、先の5ステップの分類における「これも『自分で変えられること』ではないか?」というふうに思えるようになるからです。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/川しまゆうこ