動物は「口」を見るとおもしろい

生き物の図鑑というと、哺乳類、鳥類などの分類に基づいて生き物を紹介するものがほとんどだが、『口を開けたらすごいんです! いきもの口図鑑』(インプレス)は、ひと味違う。

生物分類をなくし、「かわいいお口」「オスは口で勝負!」などテーマで区切り、「生物どころか、理科も苦手」という人も楽しく読めるようにしてある。

  • 画像提供:岩間翠

本の著者は、北海道大学の大学院で生物学を学んだイラストレーターの岩間翠氏。総合研究大学院大学学長で、自然人類学者の長谷川眞理子氏が監修を行った。

発売後、特に歯科医師の間でちょっとした話題となり、本書の監修者で動物の口に詳しい(行動生態学や人類学が専門)長谷川氏と、人間の口に詳しい櫻井氏が、「口」についての講演と対談が開催。12月19日、すみだ産業会館で行われZOOMでも配信された。

また歯科医師向け情報サイトでもアーカイブ配信される予定だ。

口についておさらい&予習

学者や歯科医などでなければ、口について考えることは皆無だろう。しかし、考えてみれば、どんな動物にも口はあり、口は外部から食物を取り込む重要な器官である。

※例外的に、サツマハオリムシなど、口のない動物もいる。

最初に講演を行ったのは、長谷川氏。東京大学理学部・同大学院理学系研究科博士課程修了後、早稲田大学教授などを経て、総合研究大学院大学学長を務め……と、並べるとものものしい肩書きだが、プライベートでは常に複数のイヌと暮らす愛犬家。最近はヒトの思春期問題に注力しているそうだ。

講演では、口は採食だけでなく、声や表情のコミュニケーション、保育(子を口内で育てる種もいる)など、重要な役割を担っていることが紹介された。

聴衆の耳目を集めたのが、南米エクアドル沖のガラバゴス諸島とその北のココス島にいるダーウィンフィンチという鳥の話。博物学者ダーウィンが進化論を考えるきっかけのひとつとなったことから、この名前がある。

  • 画像提供:岩間翠

「南米からやってきた1種が、土地ごとの食べ物に合わせてくちばしの形が多様に進化し、14種に分化しました。木の中にいる虫をほじり出すために道具を使う種、吸血用の鋭いくちばしを持つ種がいたりと、多様です。くちばしが変わると鳴き声も変わります。食べ物は生き方に関わる重要な要素です」(長谷川氏)。

ダーウィンフィンチだけでなく、魚のシクリッドでも同様の現象がみられ、今この瞬間も進化を続けていると言う。

「約600万年前、ヒトの祖先はチンパンジーと別れ進化し、今に至ります。ヒトの脳は大きく進化しましたが、カギを握るのが食べ物。脳は摂取エネルギーの20%近くを使う臓器です。ヒトが火を利用し食品を煮炊きするようになったことにより、多大なエネルギーが必要な脳を発達させることができたのです。火を囲み、みんなで食事をし、コミュニケーションが発生することも社会の進化につながりました」と締めくくる。

しっかりかむことが健康長寿のカギ

続いて、櫻井薫氏が「ヒトの口・歯」について紹介。最近、口の衰えをきっかけに滑舌の低下、食べこぼし、ひいては誤嚥性肺炎などへと進むこともある「オーラルフレイル(口の衰え)」は、徐々に周知されるようになったと話す。

オーラルフレイル予防の要は、日々の食べ物の選択や食べ方である。以下が、櫻井氏が提示したチェックリストだ。

  1. 硬いものが食べにくくなった
  2. 汁物を飲むときに時々むせるようになった
  3. 口の中が乾くようになった
  4. 口臭があるようになった
  5. 薬を飲み込みにくくなった
  6. 滑舌が悪くなった
  7. 食べこぼしをするようになった
  8. 食事をするのに時間がかかるようになった
  9. 食後に口の中に食べ物が残るようになった

心当たりがあるなら歯科医受診をお勧めするが、未然に防ぐことこそ重要だ。やはり、ヒントは「かむこと」である。

「しっかりかむことは、消化吸収を助けるだけでなく、食べ物の中の異物を発見する、口内を清潔に保つ、口の発育を推進するなど、有用な働きがたくさんあります。食べやすく切ったトマトばかりでなく、時々は丸ごとのトマトを食べるなど、食事の工夫も重要です。前歯も使う、大きく口を開けるなどの動きが重要です」と櫻井氏。

生物進化のプロとヒトの口のプロが対談

2人それぞれの講演が終わると、対談となった。長谷川氏と櫻井氏とで活発に意見を交わした。

印象的なやり取りは、「ヒトは進化の過程で顎の骨が小さくなりましたが、歯も同様でしょうか?」という長谷川氏の問いに対し、「歯はそれほど小さくなったわけではありませんが、口を使わないことにより顎が発育せず、歯の入るスペースがなくなり、歯並びが悪くなりました」と櫻井氏が答えたもの。

大切なのは、人それぞれが顎を十分に「発達』させることである。そのためにも、食事の内容やかみ方を見直すことは重要だ。かたいものを食べる機会の少ない現代人は、かみ合わせの問題(不正咬合)と隣り合わせ。約80%の人が、かみ合わせに問題を抱えているという説もあるという。

「ロールパンよりバゲット、軟らかく煮込んだシチューより野菜ゴロゴロのポトフなど、同じ食材でも口を大きく開けて食べるもの、前歯でかみ切るものを選択することが、口や歯の健康を保つためには理想的なのである。

「かむこと」「人と楽しい食事をすること」はヒトの進化に重要という話だったが、幸せに生きることのヒントにもなりそうだ。