ソニーグループのデザイン部門であるクリエイティブセンター、その60周年を記念するイベント「ONE DAY, 2022/2050 Sci-Fi Prototyping」が、ロームシアター京都 ノースホールで開催されています。
会場では、ソニーのデザイナーとエンジニアがAIロボティクスの領域を中心としながら、ソニーの最先端技術をベースに作り上げたプロダクトや、SF作家とデザイナーによるコラボレーションをベースに完成させた「2050年の未来のビジョン」を体験できます。2022年の開催期間は1月2日から1月9日まで。期間中は連日10時から18時まで入場無料で楽しめます。
今回はイベントの会場を訪ね、2021年10月からクリエイティブセンターのセンター長に就任した石井大輔氏に展示のコンセプトや見どころを聞いてきました。
ソニーのプロダクトやサービスに欠かせないクリエイティブセンターの仕事
ソニーのクリエイティブセンターは1961年に自社のデザイン室として誕生したのち、「人のやらないことをやる」というソニーのフィロソフィーを基点にエレクトロニクスのプロダクト、ユーザーインタフェース、商品パッケージなど多くの「ユーザー体験」をデザインしてきました。
2021年からソニーグループの組織に加わり、クリエイティブセンターは新しいスタートを切っています。従来よりもさらにエレクトロニクスの領域を超えて、ソニーのおもな事業領域であるセミコンダクター(半導体)、ファイナンス、ゲーム、ミュージック、ピクチャーを含むエンターテイメントにまで、「ソニーのデザイン」が幅広く浸透していると、石井氏は現況を説明してくれました。
筆者が訪れたソニー クリエイティブセンターのイベントは、同じ期間に京都市岡崎地域で開催される文化と芸術の祭典「KYOTO STEAMー世界文化交流祭ー」の一環でもあります。今回が2回目となるKYOTO STEAMですが、ソニーとして本格的に参加する機会はこれが初めてとのこと。コロナ禍の影響によって、イタリアのミラノサローネ、イギリスのロンドン・デザインフェスティバル、アメリカのSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)など、海外のイベントに出展する機会が失われたことから、「今回のイベントが国内で多くの方々にソニーのデザインやテクノロジーに触れていただく機会になってほしい」と、石井氏は願いを込めて呼びかけています。
なお、今回の展示テーマの一部である「2050年の東京」の姿を描いた「ONE DAY, 2050」は、2020年9月に閉園した東京の銀座ソニーパークにも出展され話題を呼びました。
aiboや初の飛行型ドローン「Airpeak」などソニーの最先端デザインが集結
イベントのテーマは大きく2つに分かれています。それぞれの内容を、写真を交えながら紹介しましょう。
「ONE DAY, 2022」と題した展示エリアには、「2022年のリアル」を集めています。いま現在で発売・発表されているソニーのプロダクトとサービス、その周辺に、石井氏が率いるソニーのクリエイティブセンターがどのように関わっているのかを一望できる、とても興味深い内容になっています。
石井氏によると、たとえば自律型エンターテイメントロボット「aibo(アイボ)」はプロダクトのデザインはもちろんのこと、かわいらしい「瞳の動き」や生命の躍動感を表すロゴマークも、クリエイティブセンターが手がけたそうです。
2020年のCESでお披露目した次世代の自動運転車「VISION-S」では、「ソニーが持つ最先端のセンシング技術が、ドライバーを360°周囲から包み込む安心感を『オーバルコンセプト』として表現している」とのこと。石井氏は、ソニーが本格的に「クルマをデザイン」する機会はVISION-Sが初めてだったことから、新たなチャレンジに身の引き締まる思いで挑んできたチームの歩みを振り返りました。
国内で販売を開始した映像製作のプロフェッショナル向け飛行型ドローン「Airpeak(エアピーク)S1」にもまた、ソニーのイメージングとセンシング、AIロボティクスの技術が集約されています。
「空気抵抗を抑えながら高速でも安定した飛行を可能にするプロダクトの形状、そして軽量化と剛性アップを両立させたパーツの素材を開発・選定する段階にも、クリエイティブセンターのデザイナーが深く関わっている」(石井氏)
Airpeak S1の場合、機体だけでなくプロポ(リモートコントローラー)の設計や操作性、飛行ルート設定などが行えるWebアプリの「Airpeak Base」、および現場での撮影用モバイルアプリ「Airpeak Flight」のユーザー体験もまた、インタフェースの隅々までクリエイティブセンターのデザイナーが手がけているところにも要注目です。
さらに、Airpeakのロゴタイプは「A」の文字をコンパスの矢に見立て、このブランドが目指すドローンの「頂点・成長・上昇」を表現しているそうです。クリエイティブセンターのデザイナーは初の飛行型ドローンとなるAirpeak S1だけでなく、これまでも多くのプロダクトやサービスのイメージ戦略、ブランディングの設計に携わってきたそうです。
初公開「ソニーのロボット」にも会える
実は今回のイベント、2つの新しい「ソニーのロボット」が初出展されています。
そのひとつ「Camera Robot」は、本体底面のホイールを動かして自由自在に移動しながら、カメラによる撮影をサポートするというクリエイター向けのロボット。人が操縦しながら撮影したり、ロボットを自律的に移動させたりもできます。アーティスト集団「HIxTO(ヒクト)」のパフォーマンスをCamera Robotで撮影した動画は、展示会場の中と、KYOTO STEAMのインスタグラムで公開されています。
もうひとつの「Guide Robot」は、自律走行できる名前通りのガイドロボット。ロームシアター京都のイベントホール正面では、本機が動きなら来場者を誘導する様子が見られます。
Guide Robotには、正面に人が立つとセンサーが検知して、速度を落としたり停止したりする安全サポート機能があります。指定された場所やルートをプログラムしてから、自律的に走行することも可能。今後も、人と共存するロボティクス技術の応用例として実証実験が進められるそうです。
2050年の東京を描いたデザインとSF小説を制作
もうひとつの大きなテーマは「ONE DAY, 2050」です。広いスペースに「Sci-Fiプロトタイピング」の手法を活かしたユニークな展示を集めています。
Sci-Fiプロトタイピングとは、SF(サイエンス・フィクション)の視点を採り入れながら未来の姿を描き、「いま、これから何をすべきか」をバックキャスティング的に振り返りつつ、考察を深めていくデザイン手法です。
今回の展示では「2050年の東京」という未来を描きながら、「WELL-BEING」「HABITAT」「SENSE」「LIFE」という4つの題材を柱に据え、ソニーのデザイナーと日本のSF作家(4人)によるコラボレーションを展開しています。ソニーのデザイナーは「デザインプロトタイピング」を、SF作家は「SF短編小説」の執筆を担当しました。
それぞれの成果にたどり着くまで、ソニーのデザイナーとSF作家の各氏は題材ごとにワークショップを繰り返し、世界観を共有しながらクリエーションを進めてきたそうです。
イベント会場には、デザイナーが制作した4つのデザインプロトタイピングよるコンセプトモデルがあります。いずれも今から約30年後の未来に存在するプロダクトやサービスを創造したフィクションですが、ソニーのデザイナーが考える未来のテクノロジーやライフスタイルが透けて見える、迫力あふれる展示です。
会場ではまた、4人のSF作家によるオリジナル作品をまとめた冊子を無料配布。いずれも読み応えのある短編小説がそろっています。
ソニーによる「未来のデザイン」はここが見どころ
では、ソニーのデザイナーが創った未来のプロトタイプをひとつずつ紹介しましょう。
「WELL-BEING」の展示は、人の心と身体の良好な状態を支えるソニーのセンシング技術に着目しています。首もとなど身体に貼り付けられる特殊なセンサー「Resilience Program」が、ストレスや感情の変化に関するデータを検知して、AIによるカウンセリングを施してくれます。今すぐにでも実現してほしい! 未来のアイテムの魅力に筆者も引き込まれました。
「HABITAT」のコーナーでは、未来の住居として「Floating Habitat」が紹介されています。「2050年には、気候変動の影響によって住む場所を失った『気候難民』が増える」という想定のもと、水上移動式住居のコンセプトがデザインされました。二枚貝のような住居のデザインが未来感にあふれています。
「SENSE」のコーナーでは、マスクのようなデザインプロトタイピングを展示しています。Sensorial Entertainmentと名付けられたコンセプトは、「嗅覚を用いたエンターテイメント体験」をかなえるというマスク。AIがユーザーの膨大な感情データを解析して、過去に感じた「香り」を再現しながら記憶のイメージを呼び覚まします。カウンセリングやマインドフルネスの実践にも一役買いそうなデバイスです。
そして「LIFE」のコーナーには、2050年に生きる人々のライフスタイルや人生設計をシミュレーションしてくれるという、AIライフプランナーのコンセプト「Life Simulator」を展示。イベントの来場者が自分の未来の人生計画をLife Simulatorに伝えて、最適な職業や働き方を相談できるという、簡単なデモンストレーションを体験できます。
SF的な視点にも、テクノロジーやデザインの進化を導く可能性がある
ソニーがなぜ今回、Sci-Fiプロトタイピングの手法に注目したのでしょうか。石井氏はその答えを次のように説明しています。
「2020年から続くコロナ禍による世界的なパンデミックは、今の延長線上から豊かな未来の姿を描くことを一時的に困難なものにしました。外に出かけて、多くの人に会うことが思うようにできない中、未来の姿を思い描き、違う世界に訪れることがある種の経験値の拡大につながるのではないかと考えました」(石井氏)
コロナ禍そのものが、日常生活の延長線上にない「非連続の変化」を多くの人々にもたらしています。予見が難しい非連続の変化を可能な限り先見したり、反対に仮想的ながらもあえてそこへ身を投じることによって経験値を得ることも、SFプロトタイピングの手法を使えばできるのではないかという声も、クリエイティブセンターのデザイナーから寄せられたそうです。
また、SF作家とのコラボレーションはどのような成果をもたらしたのでしょうか。
「ひとつのコンセプトを固めるためには、それが理にかなうものになるよう背後の設定も詳細を突き詰める必要があります。プロジェクトに参加いただいたSF作家の方々には、大胆な発想を持ちながら、リアリティを感じるディティールを掘りさげて世界観を固める手法を示していただきました」(石井氏)
クリエイティブセンターが「ソニーをデザイン」する
石井氏は、今回のコラボレーションを通じて得たものを今後のソニーのデザインにも活かしたいと語っています。
「現在のソニーが柱とする事業の延長線、あるいはリソースの範囲だけに思考を止めてしまうと、たとえば今回の展示でもお見せした海上浮遊型の住居といった新しい発想は生まれません。デザインプロトタイピングは既に成熟している手法ですが、これを活用しながらアイデアを具現化することは容易なことではないと考えます。ソニーのデザイナーならではのクリエイティブな視座に立ち、よりよい未来の可能性を具体的に描くことを、私たちの役割として探求していきたい」(石井氏)
石井氏は今後、「ソニーをデザイン」する組織としてクリエイティブセンターを位置付けながら、さまざまな事業領域においてソニー独自のビジョンを練り上げたいと意気込みを語っています。
「人のやらないことをやるという、ソニーが掲げるフィロソフィーの背景には多くの意味が込められています。人のやらないことを見つけて、そこにソニーならではの創意工夫を盛り込むチャレンジにこそ、意味があると私は思います。クリエイティブセンターの中では『Empathy=共感』という言葉を使っていますが、プロダクトやサービスに触れ、使っていただいた方々の心の琴線に触れる体験をこれからもデザインしたい」と話す、石井氏の自信に満ちた表情がとても深く印象に残りました。