勝負所で見られた渡辺棋王の強さ
2021年のタイトル戦名勝負総決算、本日は第79期名人戦七番勝負。渡辺明名人に斎藤慎太郎八段が挑戦したシリーズです。開幕の第1局は斎藤八段の先手番から相矢倉になりました。途中はハッキリと後手ペースになっていましたが、斎藤八段の驚異的な粘りが逆転を生み、挑戦者の先勝で始まります。
しかし続く第2局、第3局はいずれも渡辺名人の完勝で一気に流れを引き戻すと、第4局も難解な終盤を抜け出した渡辺名人が勝利して、防衛まであと一勝としました。斎藤八段は第79期のA級で初参加ながら8勝1敗の好成績で挑戦を決め、また他棋戦でもタイトル挑戦、獲得経験のある実力者ですが、どうにもこのシリーズでは大舞台での経験という視点で、渡辺名人に一日の長があったようです。
それが如実に表れたのが第5局だったのかもしれません。実は斎藤八段が2日制のタイトル戦を戦うのは、この名人戦が初めてでした。1日制と2日制の最大の違いは封じ手の有無でしょう。どちらが、どの局面で封じるかというのも勝負の大きな駆け引きとなります。第5局は角換わりを指向する出だしから、後手の渡辺名人が角交換を拒否し、先手右四間飛車対後手雁木の戦型に進みました。
■斉藤八段が勢いよく攻めてリードを奪う
中盤、果敢な仕掛けから斎藤八段がリードを奪います。居玉の後手玉頭に成桂を作れたのは大きいでしょう。対して渡辺名人は△7四桂~△8六桂と、先手の守備のかなめである7八金に狙いをつけました。ここが大きな勝負所だったのです。
斎藤八段はわずか1分の考慮で▲8八金とかわしました。この手自体は問題ありません。プロ棋士ならば100人が100人、この金寄りを指すでしょう。対して渡辺名人はノータイムで△8七歩とたたきました。これも逆に先手から▲8七歩と打たれたら困るので、まずはこう指すところです。△8七歩の局面で、斎藤八段は47分の考慮の末に次の手を封じました。
このたたきに対して先手は▲8七同金と取るか、▲8九金とかわすかの二択です。検討ではどちらでも先手がリードを保つとされていましたが、実は違いました。翌日、立会人の深浦九段が開封した着手は▲8九金。斎藤八段は安全策を選んだつもりでしたが、なんとこの瞬間に形勢は一気に互角にまで戻ってしまうのです。以下△3七角▲6九玉に△6二歩と受けたのが渡辺名人の異筋の好手でした。飛車の横利きを止めるので感覚が悪いとしたものですが、▲6四成桂を強要することで△同角成と要の成桂を外し、後手玉の安全度が段違いとなりました。では▲8七同金だと何が違うのか。後手はやはり△3七角と打ちますが、そこで▲8五歩△同飛▲7七銀という順があります。こうなると後手は8六の桂を助ける術がありません。これは先手優勢がはっきりしていました。
■2日制ならではの勝負のアヤ
勝負にタラレバは禁物ですが、もし当然の一手である▲8八金をすぐ指さずにここで封じ手にしていればどうだったか。この手に対しては△8七歩がほぼ一択なので、それに対する応手を一晩中考えることが出来たのです。▲8七同金を発見できていた可能性は低くないでしょう。斎藤八段自身も局後に「封じ手のタイミングを間違えたかもしれない」と悔やんでいます。
実戦の▲8九金で局面が後手よしになったわけではありませんが、勝負のアヤはここでひっくり返ったのかもしれません。果たして、一度つかんだ流れを渡辺名人は逃がさず、最後は先手玉を即詰みに打ち取って勝利。名人初防衛を果たしました。「第1局はきつい逆転負けでしたが、第2局まで間が開いたので、気持ちを切り替えやすかった」と振り返っています。
斎藤八段にとっては悔しいシリーズでしたが、それをバネにしたか、新しく始まった第80期のA級順位戦ではここまで6連勝とトップを走っています。他に全勝はおろか、1敗の棋士もいないので、やや気は早いですが、連続挑戦が濃厚と言えそうです。来年の4月から始まる新たな名人戦七番勝負にも注目です。
相崎修司(将棋情報局)