「プリンセス・ミチコ」という言葉をご存知だろうか。上皇后美智子陛下が皇太子妃時代に、イギリス王室エリザベス女王より献上された朱色の美しいバラの品種名。多くのバラ園で植栽されているので、花好きならご存知かもしれないが、実は「プリンセス・ミチコ」は酒好きにも人気の名前だ。
「プリンセス・ミチコ」の花から分離した花酵母、その名も「東京農業大学バラ酵母PM-1」を使用して醸した日本酒が、毎年国内の限定した蔵で醸されている。生産量も限られるので非常に希少で、酒好きの間ではまさに“垂涎の酒”。2021年は従来の蔵に1蔵加わり、8蔵で醸された。
この大変貴重な「プリンセス・ミチコ」のお酒が、8本セットで購入できるのは500セットのみ(蔵の生産量により1本ずつバラ売りしているところもある)。その8種をまとめて飲み比べできる貴重な機会があったので、いざ!潜入取材へ。
予約の取れない人気教室&隠れ家レストラン「Salon de rouge」(サロンドルージュ、東京・駒澤大学)では、不定期でワインや日本酒のセミナーも開催しており、「プリンセス・ミチコ日本酒8種のセミナー」は当初、今年の6月に予定されていた。だが緊急事態宣言の影響で11月に延期に。筆者は6月から申込んでいたがキャンセル待ちが続き、運よく11月の会に参加できた。
教室にはスクリーンが設置されていて、まず日本酒の基礎知識から丁寧に説明してくれるので初心者でも安心だ。プリンセス・ミチコを醸している蔵元は、南部美人(岩手、南部美人)、一ノ蔵(宮城、一ノ蔵)、出羽桜(山形、出羽桜酒造)、八ッ場の風(やんばのかぜ、群馬、浅間酒造)、蓬莱泉(愛知、関谷醸造)、石鎚(いしづち、愛媛、石鎚酒造)、誠鏡(せいきょう、広島、中尾醸造)、東洋美人(山口、澄川酒造場)。北の蔵から順番に味わっていくので、「美人」ではじまり、「美人」で終わる口福の旅だ。
教室の主宰である料理研究家・かわごえ直子先生が作成してくれた資料には、お酒のスペック(原料米名、精米歩合、酸度など)や、先生が事前に蔵元へ独自に取材してくれた商品への想いや造りのポイントまでまとまっていた。それらに目を通して、蔵の想いを感じながらテイスティングしていくと、まるで全国の蔵巡りをしているかのような気分まで味わえた。
例えば南部美人からのメッセージは以下の通り。「プリンセス・ミチコの花酵母は、東京農業大学が学校をあげて取り組む一大プロジェクトです。酵母は目には見えませんが、自然の世界ではどこにでも存在しており、その中でも花酵母というジャンルは発酵の世界では大変珍しく、そういった希少価値や面白さを体験していただければ嬉しいです」。
お料理は金沢産のねっとりした食感がたまらない甘エビの刺身、酒粕わさびチーズ、べったらカマンベール手毬寿司、塩漬けしたボラの白子を大根にのせた珍味など全10種。お酒8種も入れて、受講料は税込6000円とかなりお得だ。
この日は特別に岩手県二戸市のブランド豚“佐助豚”とのコラボの日だったようで、佐助豚を使ったやさしい味わいの白すき焼き、しっとりやわらかい塩豚ヒレハム、梅煮の3品も用意されていた。梅煮はすりおろした梨と梅で佐助豚のうで肉を煮込んだもので、梨の自然な甘みと梅の酸味が絶妙な美味しさだった。
この日の生徒さんは5人で、飛沫防止パネルを隔てての会話なので比較的安心だった。岩手の「南部美人」には、やはり同じ二戸の佐助豚を合わせて“岩手テロワール”をみんなで堪能。お酒にとろりとした甘みがあり、佐助豚も後味に甘みがあるのでやさしいハーモニー。すき焼きは白だしで上品に味付けされて黄身味噌ソースがかけてあるので、佐助豚や舞茸など素材の繊細な旨味を堪能できた。
かなり盛り上がったのは、先生が毎年この時期にご自身で仕込まれるという自家製カラスミと「蓬莱泉」のペアリング(先生が塩漬けにしたばかりのボラの卵巣も見せてくれた)。「蓬莱泉」は8種の中でもやや酸味が感じられる、とんがったイメージのお酒なのだが、カラスミと一緒に味わうと、まるで生牡蠣とポン酢のような味わいになるから不思議。
隣の生徒さんが、「わぁ!このペアリングは本当に面白い!まるで生牡蠣。ぜひ試してみて!」と興奮気味に言うので、みんなでテイスティングしてみるとまさにミラクル! グルメな生徒さんが多いので、会話もとても楽しく勉強になった。
穏やかな香りの「八ッ場の風」には、べったら漬けの風味がとてもよく合い、やわらかい印象の「誠鏡」には甘エビの刺身が好相性。素朴な味わいの特製そば味噌には、ふくよかな旨味の「出羽桜」がぴったり。これらはあくまでも筆者の感想で、生徒さんごとに様々な感想があり、違う感想もまた一興に。
そして最後のデザートは、とろりとまろやかでボディ感のある「東洋美人」とのペアリング。東洋美人の酒粕で作ったマカロンやポルポローネ(ほろほろとした焼き菓子)を味わってみると、面白いほどにスルスルと瞬時に口の中でお酒と一体化し、原材料の部分でつながっていることがよく理解できて感動的だった。
先生の取材資料によると、どの蔵も上皇后美智子陛下の名に恥じぬよう使命感を持って醸しており、上皇后美智子陛下のイメージに合わせて、品格のある上質で華やかな香り、優雅で高貴な味わいに仕上げていた。お酒の量は60mlずつで8杯分なので、食べ終わる頃には気持ち良く酔いもまわり、ため息のもれる至福の時間はあっという間だった。
料理のことはもちろん、それぞれのお酒の特徴を理解した上で、様々なお料理とのペアリング体験が楽しめ、醸造家たちのこだわりや想いなどにも触れられ、これまで聞いたこともないお酒や佐助豚のような注目食材などとの出会いもあり、たった1回のセミナーでたくさんの美食を探究できた。
“国酒”である日本酒。中でも上皇后美智子陛下にちなんだ、華やかで貴重な「プリンセス・ミチコ」のお酒。年末年始の特別なディナーやお正月の家飲みなどで試してみてはいかがだろうか。「Salon de rouge」のお節料理はすでに完売、直近の料理教室もすでに満席になっているようだが、非常に有意義な時間を過ごせるので本当にオススメ。レッスンに空きがないかこまめに公式ホームページなどでチェックしてみよう。