明暗を分けた最終盤の逆転劇

2021年も残りわずかとなりました。将棋情報局では今年の八大タイトル戦の勝負の分かれ目となったシーンを棋戦ごとに振り返ってみたいと思います。まずは今年の1月に始まった第70期王将戦七番勝負。渡辺明王将に永瀬拓矢王座が挑戦したシリーズです。

■渡辺王将の先勝でスタート、そしてシリーズの流れを決定づけた第2局

第1局は渡辺王将の先手番で角換わりとなりました。1日目からのっぴきならない局面へと進みますが、封じ手が決断のよい歩の突き出しで、この手を境に流れが先手へ傾きました。以下は着実にリードを広げた渡辺王将が勝利し、幸先の良いスタートを切ります。

続く第2局。かつて大山康晴十五世名人は七番勝負の第2局を特に重視していたといいます。初戦を勝ってタイに持ち込まれるのと、初戦を負けてタイに持ち込むのではその後の流れが違うということでしょうか。現在は番勝負全体の流れをみるという風潮は以前と比較して薄くなっていると考えられますが、それでも本シリーズに関してはこの第2局の結果が大きかったようにも思います。

■渡辺勝勢、しかし大事件発生

第2局は永瀬王座の先手で相掛かりに。その一戦は前例のない形の中、互いに丁々発止の主張のぶつかり合いが長く続き、形勢も揺れ動きながら最終盤を迎えます。30分以上残している渡辺王将に対し、永瀬王座は2分しかありません。永瀬王座が後手玉に厳しく迫っているものの、攻めが届くかどうかギリギリの局面。渡辺王将は「自分のこれまでの指し手や直前の流れを思えば、先手は苦し紛れの最後の突撃のはずだから経験則からこの攻めは受かる」(『将棋世界』2021年4月号より)と信じていたといいます。事実この時点で、AIの評価値は1対99で後手勝勢と示していました。

しかし渡辺王将がわずか3分で指した△4一角と打った手で、AIの評価は99対1と大逆転します。角を手放したことにより、先手玉を詰ます変化がなくなってしまったのです。永瀬王座はすかさず▲4二金と退路封鎖の捨て駒を放ちます。金を捨てても自玉が詰まなくなったから生じた手です。以下△同金▲7二成桂△7三玉と進み運命の局面を迎えます。

■指運がなかった永瀬王座、勝利を呼び込んだ渡辺王将の勝負術

次の先手の手は▲7三成桂と▲7三歩成の2択。どちらも後手玉は受けなしに追い込まれますので、その局面で先手玉が詰むかどうかが焦点となります。永瀬王座は▲7三成桂を選択。しかしこの手により再びAIの評価は1対99と逆の数字を示し、永瀬王座の手から勝利がこぼれ落ちました。▲7三歩成と歩を成っておくことで、7筋に歩の合駒をできるようにしておくのが肝要だったのです。とはいえ▲7三歩成と指すと先ほど渡辺王将が打った△4一角が働いてくる変化がありこれはこれで危険。短い時間でこの判断を正確に行うことは困難です。永瀬王座にしてみれば指運がなかった結末でした。

振り返ってみると、△4一角のときに3分しか時間を使わなかったことがかえって渡辺王将に幸いしたかもしれません。もし渡辺王将がじっくりと時間を使って同じように△4一角と打てば、その間に永瀬王座が自身の勝ち筋を見つけ出す可能性がありました。盤上だけではなく、双方の持ち時間の使い方でも生じた勝負のアヤと言えそうです。

続く第3局は渡辺王将の完勝で、防衛に王手をかけました。第4、5局で永瀬王座が踏ん張ったのはさすがですが、「2日制の鬼」とも言われる渡辺王将に対する反撃はここまで。第6局は千日手指し直しの末に渡辺王将が勝利し、4勝2敗で王将を防衛。王将は3連覇、通算5期目の獲得となりました。またこの王将防衛で、自身の通算獲得タイトル数を27期として、谷川浩司九段と並ぶ第4位となりました。

年明けから始まる第71期ALSOK杯王将戦で渡辺王将に挑戦するのは藤井聡太竜王です。竜王・王位・叡王・棋聖の四冠を合わせ持つ最強の挑戦者とのシリーズはどうなるでしょうか。片時も目が離せません。

相崎修司(将棋情報局)

本シリーズを制した渡辺明王将は通算タイトル獲得数を27期として谷川九段に並んだ(写真は防衛を決めた第70期王将戦第6局のもの 提供:日本将棋連盟)
本シリーズを制した渡辺明王将は通算タイトル獲得数を27期として谷川九段に並んだ(写真は防衛を決めた第70期王将戦第6局のもの 提供:日本将棋連盟)