1969年の初演から50年以上にわたりミュージカル『ラ・マンチャの男』で主人公のドン・キホーテを演じてきた歌舞伎俳優の松本白鸚が16日、帝国ホテルで行われた同作の製作発表記者会見に出席。”最後の公演”に向けた意気込みを語った。この日は共演者で女優の松たか子、そして東宝株式会社の池田篤郎常務執行役員も出席した。
スペインの国民的小説「ドン・キホーテ」を原作としたミュージカル『ラ・マンチャの男』は、1965年にブロードウェイで初演。日本では1969年の初演より松本白鸚が主演。翌70年にはブロードウェイからも招待を受け、計60ステージを全編英語で行った。これまでの上演回数は1307回を数える不朽の名作だが、2022年の本公演をもって、松本白鸚の「ラ・マンチャの男」はついにファイナルを迎える。
会見に登場した白鸚は「初演の時は26歳。ブロードウェイに行ったのが27歳。あの時から50年以上になり、本当に感無量でございます。とにかく初日から千秋楽まで、皆さんにご迷惑をおかけしないようにと思っております」とあいさつすると、「自分は人間として、俳優として幸せ者でございます。2月の1カ月間という長期間ですが、無事に千秋楽を迎えられるよう、よろしくお願いします」と晴れやかな顔を見せた。
本公演で松が演じるのは、ドン・キホーテが想い姫と慕うアルドンザ。父・白鸚とは、2012年の公演以来の舞台共演を果たすこととなったが、「また、出演させていただくチャンスがくるとは思っていなかったので。できるのか、やっていいのかと自分なりに考えましたが、いただいたチャンスをなんとか使い切りたい。自分のベストを出し尽くして、この公演にのぞみたいという思いで出させていただくことになりました」とあいさつ。そしてひとりの俳優が半世紀以上にわたって同じ役に向き合ってきたという偉業に対しても「わたしのような、まだまだな人間から見ると、同じ役をやり続けるというのは恐怖でしかなくて。だからすごいなと思いますし、素直に尊敬します」と父への思いを語る。
さらに「50年以上演じてきたんで、作品のテーマと、俳優・白鸚の生き方が一緒になっちゃったんです。あるべき姿のために、戦う心を失わないように今までやってまいりました」と切り出した白鸚は、「思い出はいっぱいございます。このミュージカルのテーマである『見果てぬ夢』という歌は、わたしをミュージカル俳優として見いだしてくださった菊田一夫先生、それからこのミュージカルを向こうのアンタ・ワシントン・スクエアで観た父。(彼らの)レクイエムのために歌っておりました」とコメント。そして「レクイエムを歌う者がひとり増えてしまいましたね」とポツリ。11月28日に逝去した弟の中村吉右衛門さんについて「別れはいつでも悲しいものです。たったひとりの弟でしたから。でも、いつまでも悲しみに浸ってはいけないと思います。それを乗り越えて。『見果てぬ夢』を歌いたいと思います」と思いを馳せた。
白鸚としては、3年前の帝劇での公演で最後だと考えていたという。だが「この(コロナ禍で)混乱した状態でも、東宝さんが『ラマンチャの男』の2月の公演を維持してくれて。そしてわたしにお話をいただいたのでビックリしました。これが実現できたのは、東宝さんはもちろんのこと、歌舞伎俳優としての白鸚を貸し出してくれる松竹さんの、演劇人としての良心じゃないかと思います」と謝辞を述べるひと幕も。
そしてこの日の会見を振り返った白鸚は、「この記者会見では、皆さんとはじめから終わりまで夢の話をしていたと思います。『ラマンチャの男』で描かれている夢とはそういうものです。ただ夢を見るのではなく、夢を実現しようとする、その心意気だと思います」とかみ締めるように語った。
撮影:壬生智裕